受検ネタではありませんが、教育という視点から
皆さんのお子さんの学校では、朝の読書の時間や読み聞かせの時間はありますか?
平成13年12月に文部科学省より『子どもの読書活動の推進に関する法律』が交付・施行されたことにより
小学校・中学校・高校で朝の読書活動や父兄やボランティアによる読み語り・読み聞かせがさかんに行われるようになりました。
「読み聞かせ」というと、お子さんが小さいときにしていた方も多いと思いますが
学校で行う「読み聞かせ」には、親が読んであげるのとはまた違った意味合いが含まれます。
実は私も読み聞かせボランティアをしています。
娘の学校では低学年(1-3年生)は月3~4回・高学年(4-6年生)は月1回読み聞かせの時間があり
15分間、絵本の読み聞かせや昔語り・推薦の本の紹介などを行います。
こんなことを書くのは、つい先日違う小学校で読み聞かせをしている方との交流会があった際
まだ読み聞かせを始めて間もない男性(子どもの祖父の年代の方)から
「5・6年生に絵本を読むのはおかしいのではないか?」
「学校では読み聞かせの時間は計算問題や漢字学習にあてたほうが有意義と言われている」という話があったからです。
皆さんはどう思われますか?
朝の10分、15分それも月に1回ほどの時間でも勉強から離れる時間は惜しいですか?
私も受験生をもつ母として、そう思う気持ちをまったく理解できないとは言いません。
でも、学校生活の目的は知識のみを得る事ではありません。
今、教育の場で盛んに言われているのは、活用力のある子・生き抜く力のある子に育てよう
ということではないですか?
知恵は学問のみではなく、人とのつながりや経験から育つものだと思います。
そして、経験できないことを疑似体験できるのが本の世界です。
高学年になれば、もちろん自分から進んで本を読む、読めるようになります。
それでも読み聞かせをする意味とはなにか?
実際に読んでいて思うのですが、一人で本の世界に入り込むのではなく
30人なりで一緒に同じ話を聞く空気感を感じる事で一体感を感じたり
本の隠されたテーマ(もちろん読み手は余計な解釈はしません)を感じたり
高学年だから理解できるユーモアを楽しんだり
意外とつまらなそうにしている子はいないんです。
もちろん本選びには気を使います。
低学年に選ぶような素直に笑ったり、喜んだりする本とはちがって
言葉遊びが楽しいものや少し複雑な気持ちを経験した話、科学的なテーマの本など
時には人を好きになるくすぐったい気持ちがテーマの本も選びます。
文字だけでは伝わらない言い回しや絵を見て感じる事を楽しむ場でもあるのです。
せっかく国がそういう場を子供たちに与えましょうと言っているのに
うちの学校では不要だ!と言われてしまう
その学校に行っている子どもにはせっかくの機会が与えられないことが
もったいないなぁ と思うのは私見ですが
どうですか?
皆さんのご意見を聞かせていただけたら と思い書かせていただきました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
