たまに父の仕事について行ったことがあった。

それは決まって父一人きりでちょっぴり遠くに仕事しに行くとき(仲間がいないとき)だった。

次男も一緒に行った。

すごくワクワクした。

父と一緒にこんなに大きなトラックに乗ってどこか知らない町に行く・・・

なんて、幼い私にとってとても刺激的だった。

ある日父の仕事に次男も一緒についていったことで覚えてることがある。

あれはたしか父のトラックで芸術の森に行ったときのこと。

暑い夏の日で、父が外で仕事をしていて次男と二人でトラックの中で待ってるとき、

開けていた窓から馬鹿デカイ蜂が入ってきちゃったこと。

すっごく怖かったから記憶に残ってるのかな。

ある日の夜、父が夜道を運転中に「ここはね~幽霊が出るんだよ」なんて言っていたのを思い出す。

父が仕事をしているとき、回りの大人の人がたまに私たちのことを気にしていて

「お兄ちゃんより妹のほうが背大きいんじゃないのかい」なんて

言っていた記憶がある。

たまにヤンチャな次男がトラックの積荷のところに乗りたいなんて言い出して

ふざけて乗ったりしてた記憶もある。


ご近所で家の裏に大崎さんというよく喋るおばさんがいた。

おばさんはとにかく猫と子供が大好きだった。

おばさんは猫を二匹と犬を外に1匹飼っていた。

猫はトラみたいな茶シマのイクラと、アメショーのちゃっき。

犬は雑種で茶色くて大きなテツ。

おばさんはよく家にきた。

決まってピンポーンとならしてすぐにドアを開けて大きな声で「こんち~」って言うから、すぐにわかる。

いつも玄関で母と長話をしていた。

おばさんはたまに私を連れて街に連れて行ってくれたりした。

次男と一緒に泊まりに行った事もあった。

私はこのあたりから動物が大好きになっていた。

本当に本当に猫や犬がたまらなく大好きだった。

兄は犬が苦手だったみたい。

その晩私は猫のちゃっきと一緒におばさん家のベッドで寝たんだ。

猫と一緒に寝るのなんて初めてだった。


今思えば田舎のじいちゃんばあちゃあん家以外で外泊したのはあれが初めてだったかな。


あとおばさんの旦那さんと一緒に、すぐそばの公園でトンボ取りをしたことがあった。

おじさんとはあまり話したこととかはなかったし会う機会もなかったけど、

なぜか一回トンボ取りを一緒にしたんだ。

そのときのことはあまりはっきりと覚えてないけど、おじさんはすごく優しかった。

ニコニコしていて、たまに私がいうことに笑いながら

淡い夕焼けの中飛び交うトンボを追いかけていた記憶。

おじさんとはあまり関わりはなかったけどあの日一緒にやったトンボ取りは

私の心の中ですごく温かくて優しい思い出として記憶に残ってる。


田舎のじいちゃんばあちゃん家に家族でいくときは、私はちょっとしたアイドルだった。

なぜか小森家の家系は男系で、なかなか女の子が生まれなかった。

だから親戚の子供の中でも女の子はたいてい私一人。

父の兄にあたるおじちゃんは恐持てだけど、私が来たら「お~かなえ~おいで~」

なんて言ってかわいがってくれた。

その田舎であるお盆の時、従兄弟のお兄ちゃんたちと次男と一緒に公園に遊びにいったのを覚えてる。

私はそのとき従兄弟のお兄ちゃんにおんぶをしてもらったんだ。

すごく楽しかった記憶がある。

私は田舎のじいちゃんもばあちゃんも優しくて大好きだった。

そして次郎(犬)。

動物大好きな私は次郎をとてもかわいがった。

そして帰るときはいつも車から外の次郎を見つめて「またね・・」なんて寂しがった。


今思えばすごく平凡で幸せな幼児期だった。

夏は海水浴に連れてってもらったし、毎日のように外で友達と遊んだ。

チョークでコンクリートに絵を描いたり、なわとびをしたり。

風邪を引いたときは母がずっと寄り添って、額に手をあてておかゆを食べさせてくれた。

冬は雪遊びをしてクリスマスにはツリーを飾った。

家族みんなでテーブルを囲んでクラッカーを鳴らしたり、いつもより豪華な食事をしたりした。

枕元にはお菓子の詰め合わせがあったりした。

誕生日には父がおいしそうなケーキを持って仕事から帰ってくる。


今思えば幸せってそうゆうことなのかなって思える。


私が三歳くらいだったある夏の日、リビングの窓から大崎さんが覗いていた。

母が顔を出すと何やら話をしていて次男と私は駆け寄った。

大崎さんは小さな猫を抱いていた。

飼わないかと言っていた。

私と次男は飛び跳ねた。

「飼う!飼う!飼うーーー!!!!」

私はすっごくワクワクした。

絶対に飼いたかった。

母は渋い顔をして断っていた。

どうゆう流れだったかは忘れたが、その日から子猫は家に来た。

ものすごく可愛かった。

私は子猫をまるで人形のように抱きしめた。


なぜか子猫の名前はマイケルになった。


たぶん父がつけたのだと思う。


私はマイケルを見つめて話しかけたりした。

彼と目を合わせていれば会話さえ出来るような気がした。

子猫なのに親猫はどうしたのだろう、寂しくないのだろうか

なんて考えたりした。


あの日の大崎さんのおかげで私はマイケルと出会えた。




















1989年9月7日に札幌で私は生まれた。

父は運送業、母は専業主婦。

私より二歳上の次男と10歳上の長男がいる。

長男はよく喋る子供だったようだが、次男と私はそんなにペラペラと喋る子供ではなかったようだが、

次男はものすごくヤンチャで、近所でも評判だった。

私も家ではやはり歳の近い次男と遊ぶことが多く、それもあってかややお転婆ではあった。

幼稚園にあがるまで私は保育園や他人に預けられることもなく、ずっと家で母に甘えながら過ごした。

今思えば幼いうちから保育園や他人に預けられる子供が多い中、幸せな子供だったと思える。

母が言っていたが二歳ごろまで乳離れしなかったとか。


昔家に古いホームビデオのテープが残っていて、中島公園(札幌市の遊園地があったが今はない)の遊園地で

レジャーシートを敷いて幼い私を抱いている若かった母の姿や、はしゃぐ兄たちの様子が残っていた。

すごく晴れていて絵に描いたような幸せな家族の一日だった。

その他にも幼いころのさりげない日常の写真が、たくさん残っている。


幼稚園に入った。

制服がかわいい幼稚園だった。

私が入園した日のことで覚えているのは、制服の襟が変に折れてしまっているのを異常に気にしてたこと。

それがなんだかとっても嫌で一生懸命手で押さえて伸ばしていた気がする。

私は格好を気にする傾向があった。

このあたりから母の手編みの帽子なんかに平仮名のアップリケで『か な え』なんて縫いつけてあったりするのが、たまらなく恥ずかしかった覚えがある。

このころは特に父が大好きだった気がする。

たぶん幼稚園にあがって母のしつけが厳しくなってきたせいだと思う。

今思えばこのころなんて特に、幼稚園児の私、小学生の次男、受験生の長男の同時の子育てで母は本当に大変な時期だったのだろうと想像できる。


今この文章を打ちながらこのころの母の大変さを思うと、涙が出そうだ。


幼稚園の親子レクなんかで遠くに父の姿を見つけて走ってかけよって抱きついたり、仕事から帰ってきてリビングで横になりTVを見ている父によしかかっていつも甘えていた。

父の仕事休みが日曜だけで、朝から晩までだから合える時間がいとおしかったのだと思う。

私と父がそうしている間に母が何をしていたか私は覚えていない。

でも多分、皿洗いや布団の用意や洗濯をしていたのだと思う。


当時シュワちゃんやスタローン、ジャッキーチェンのアクション映画が流行っていて、よくビデオ屋にみんなで借りにいっては見ていた。

とくに次男は夢中になっていてこの影響でさらにヤンチャさに磨きがかかっていたと思う。

私もアクション映画が幼いながらに大好きだった。

あと当時の女児にとってセーラームーンは一番の憧れだった。


近所のお友達の女の子と遊ぶときはセーラームーンの着せ替え人形や、セーラームーンの武器のようなおもちゃをよく使った。

セーラームーンが頭に付けているアクセサリーがあって、それに付いている赤い石を取ると本物のセーラームーンになれる。なんて噂を本気で信じていて、一生懸命取ろうとしていた記憶がある。


幼稚園の七夕の短冊には『セーラームーンジュピターになりたい』とか書いていたと思う。


幼稚園での私はカバンをちゃんとかけないで先生に怒られたりとか、だらしなかったと思う。

幼稚園での女の子同士の興味というか対抗心というのは絵が上手であったりなんかすると、すご~い!あれ書いて! なんて言われたりして人気者になりやすかった。

私もどちらかと言うと絵は描くのが好きで上手いほうだった。

でももっと上手な子がいたりすると、子供ながらに嫉妬したりしたものだった。

いつもみんなと遊んだりはしていたが、誰か特定の子とベタベタすることはなかった気がする。

あと大人に対しての人見知りの傾向はあったみたいであまり先生に懐いて甘えるタイプではなかった。

普段から次男と絡んでるせいか、男の子とは憎まれ口をたたきあって喧嘩したりもしたような気がする。

プール学習とやらでプールにいったときに誰か女の子に『友達になろう』って声をかけた記憶がある。

なんだかんだ言って幼稚園は楽しかったと思う。


しかし幼稚園の年長くらいになると女児は男児を意識し始めるものだろうか。

短いキュロットのようなものを履いていった日にわざと後ろの男の子にパンツが見えるようにジャンプしてみたりしていた覚えがある。

クラスの中にタイプの子がいたり。


私は近所の自分より年下の女の子と物置の中でエッチなことをしていたことがある。

エッチなことと言っても何かその場にドラマのような設定をしたくらいにして、どっちかがどうとかは覚えてないが、パンツを脱いでお尻を舐めたりして『あ~ん』とか言ってみたり、ぺたんこのおっぱいを揉むような仕草をしてみたり、なんだかそうゆうことをしていた。


私は今思えばそうゆう傾向が出始めたのは、TVや映画の影響だったと思う。

別に私は特殊な性体験やトラウマはなかったし。

ただ家族で映画を見ているときにSEXシーンや裸の女性が登場することもあった。

母はたいてい早送りをしたり、見ないように仕向けたりしたが、父はそのまま何も気にしていない様子で見続けていた。

当然幼い私もそういったシーンを見て、なんとも言えない大人の女性の妖艶さに、もやもやした感情を覚えてしまったのだろうと思う。

たぶんこの頃からもやもやしたときになんとなく自慰(自覚はしてないけど)的なことはしてたんだと思う。

女の子なんてそんなものなのかな。