いつも見ている釣人ブロガーさんの猫が亡くなったらしい。
猫と言えば我が家も、長い間につぬけするほど猫がいた。
そして皆旅立っていった。
最後の白い猫は我が手の上で、遠吠えをするが如く「ニャー!」「ニャー!」と二度鳴いて息絶えた。
その頃もおっさんだけど、バカじゃねーの?ってくらい泣いた。
他から見てドン引きされるくらい、職務質問されるんじゃね?ってくらい泣いた、あの時は。
もう生き物を飼うのをやめようと固く誓った。
いや、この世に生を受けたら必ず滅びるのである。
この宇宙でさえ、最終的には陽子も壊れちまって物質が存在出来なくなっちゃう、って想像する意味がない先のことなんだけどね。
時間があるから滅びるのであろう、この宇宙。
でも宇宙は『無』から始まってるんでね?時間って何よ?…
「そう言えばアイツ何やってんだろう?」
「アイツならとっくに亡くなってるぞ!」
「えぇっ!」
こんな話しをたまに聞く。
事実を知るまでその人は自分のなかで生きているわけである。
遠く離れて暮らしてたりすると生きてても死んでてもあまり変わらない。
そう考えると、人ってのは『二度死ぬ』ってことだな。
その人が亡くなると肉体的な死。
で、その人の事を覚えてる人がすべて亡くなってからが本当の死。
自分が死んだときに、その人と共に死んでいく。
精神的?心理的?ぶっちゃけ生前を忘れられてからが本当の死ってこと。
そうすると偉人ってのはいつまでたっても死なないんだね、ずっと…
いや、知ってる関係者が亡くなってるので、やっぱり過去の人か。
この世に、宇宙に『時間』ってモノが在るからそうなんでねーの?
でも時間があるからまた新たな生があるのだ。
また愛しいモノが亡くなった悲しみも、時間と言う名の魔法がやがて思い出に変えてくれる。
嫌なこともそのうち忘れちゃうし、時間ってある意味優しいのだな。
この先はSFチック。
よく言うあの世ってトコロはその時間が無い世界なんでないかなと思う。時間って言う次元が無いとでも言うのかな?
あの世では輝いていた頃の姿に戻れるとか言うし。
死んではないけど幽体離脱した人なんて未来の自分を見てきたなんて言ってたし…
もっとも本当に亡くなって帰ってきた人はいないだろうので、そのへんはムフフだ。
で、仮にあの世が在るのなら、この世ってのは思い出作りの世界なんでないかな。
だからどんなに悲しいことがあろうが、とんでもない失敗をしようが、精一杯生きて楽しい思い出を作って、先に逝った人達に「お待たせ!ではその後の話を聞かせてあげようではないか!」ってことになるのではないか、と。
ま、死んだそんときにならないとわからないけどね。
さいきん飲み屋の帰りによく見ていた猫が姿を現さない。
その猫も長いこと僕のなかで生きていくことであろう。そしていつまでも忘れることはないだろう。
ただその猫は人懐っこいので、保護されたって意見が多数だったのは言うまでもないけどね。
猫と言えば我が家も、長い間につぬけするほど猫がいた。
そして皆旅立っていった。
最後の白い猫は我が手の上で、遠吠えをするが如く「ニャー!」「ニャー!」と二度鳴いて息絶えた。
その頃もおっさんだけど、バカじゃねーの?ってくらい泣いた。
他から見てドン引きされるくらい、職務質問されるんじゃね?ってくらい泣いた、あの時は。
もう生き物を飼うのをやめようと固く誓った。
いや、この世に生を受けたら必ず滅びるのである。
この宇宙でさえ、最終的には陽子も壊れちまって物質が存在出来なくなっちゃう、って想像する意味がない先のことなんだけどね。
時間があるから滅びるのであろう、この宇宙。
でも宇宙は『無』から始まってるんでね?時間って何よ?…
「そう言えばアイツ何やってんだろう?」
「アイツならとっくに亡くなってるぞ!」
「えぇっ!」
こんな話しをたまに聞く。
事実を知るまでその人は自分のなかで生きているわけである。
遠く離れて暮らしてたりすると生きてても死んでてもあまり変わらない。
そう考えると、人ってのは『二度死ぬ』ってことだな。
その人が亡くなると肉体的な死。
で、その人の事を覚えてる人がすべて亡くなってからが本当の死。
自分が死んだときに、その人と共に死んでいく。
精神的?心理的?ぶっちゃけ生前を忘れられてからが本当の死ってこと。
そうすると偉人ってのはいつまでたっても死なないんだね、ずっと…
いや、知ってる関係者が亡くなってるので、やっぱり過去の人か。
この世に、宇宙に『時間』ってモノが在るからそうなんでねーの?
でも時間があるからまた新たな生があるのだ。
また愛しいモノが亡くなった悲しみも、時間と言う名の魔法がやがて思い出に変えてくれる。
嫌なこともそのうち忘れちゃうし、時間ってある意味優しいのだな。
この先はSFチック。
よく言うあの世ってトコロはその時間が無い世界なんでないかなと思う。時間って言う次元が無いとでも言うのかな?
あの世では輝いていた頃の姿に戻れるとか言うし。
死んではないけど幽体離脱した人なんて未来の自分を見てきたなんて言ってたし…
もっとも本当に亡くなって帰ってきた人はいないだろうので、そのへんはムフフだ。
で、仮にあの世が在るのなら、この世ってのは思い出作りの世界なんでないかな。
だからどんなに悲しいことがあろうが、とんでもない失敗をしようが、精一杯生きて楽しい思い出を作って、先に逝った人達に「お待たせ!ではその後の話を聞かせてあげようではないか!」ってことになるのではないか、と。
ま、死んだそんときにならないとわからないけどね。
さいきん飲み屋の帰りによく見ていた猫が姿を現さない。
その猫も長いこと僕のなかで生きていくことであろう。そしていつまでも忘れることはないだろう。
ただその猫は人懐っこいので、保護されたって意見が多数だったのは言うまでもないけどね。