言われた意味を反芻しつつ示された書面と緒方の顔とマネージャーの吉野の顔を順番に見て、尚の顔色は一気に蒼白なものへと変貌を遂げていた。
「君の演技にはもはや期待は出来ませんからね、それなりに対応させてもらうだけです。
何か訊きたいなら吉野さんに訊いておいてくださいね?
他のキャストの皆さんに説明しなきゃならないから、僕手が離せないので。」
反論したくとも言葉にならない状態の尚に背を向け、緒方はスタジオから出て行く。
交代する様に近付いて来た人の気配に尚が振り向くと、これまた凍りつくような怒りを纏った吉野が腰に手を当てこちらを睨み付けていた。
「……あ……。」
「まるっきり使えねぇんだとよ、お前は。
こうなったらどうにもしょうがない、緒方監督の仰る通り猿回しの猿になってもらうだけだ、覚悟しろ。」
「…分からねぇ…。
何がいけねぇんだよ!?
俺の持つ恭太郎のイメージと監督のイメージが合わないだけじゃねぇのかよ!?」
「…お前本当に解ってねぇんだな。
監督は当て書きしてこの映画にお前を起用してるんだって事、忘れたのか?
《恭太郎》は不破 尚自身なんだ、心の奥底まで恭太郎と同化するくらいに感情移入出来なきゃダメなんだとよ。
素人の俺ですら解る事が何故お前には解らないのか、そっちの方が俺は理解できないね。
はあ…それにしてもここまでダメダメだと契約続ける意味あるのか分からなくなってきたよ、俺。」
とにかく契約書を大幅に変更というかほぼ作り直しだし社長にも報告しとくから只で済むと思うなよと言い置いて吉野は緒方の後を追うようにスタジオから出ていった。
気が付けばスタジオには誰一人残っておらず、尚はただ呆然としたまま残される形になっていた。
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「…で、どうするのかしら?
監督としては。」
いつでも出番が来れば出られます状態で既に待機していた大女優の控え室にやって来た緒方は、事のあらましを報告し終えるなり質問で返された。
「…どうもこうもあそこまで役の気持ちが掴めないとなれば、共演者にお縋りするしかないでしょう?
ですので緋堂さんはじめ他の共演者の皆さんが、彼を引っ張って演技させてやってください。
幸い不破くん以外の役を演じる皆さんは実力派揃いですし、彼に演技をさせるのは難しい事ではないと思うのですが如何でしょう?」
その分、ダメ役者にはギャラ半分になってもらって皆さんの出演料は分配して上乗せって事で不破くんのマネージャーと話も着いてますよと綺羅綺羅しい笑顔で宣う緒方に、誓子は満足気に笑って承諾した。
「分かったわ、私たちの演技で“恭太郎”をあのボーヤから引きずり出してやろうじゃないの。
うふふ、腕が鳴るわ~。」
完全に弄る気満々の誓子に、心折られると撮影出来なくなりますから折らない程度で宜しくと苦笑しつつ緒方は他の共演者に同じ説明をして回るべく誓子の控え室を後にしたのである。
その後、クランクアップされるまで尚は悪夢と地獄のスパイラルに悩まされる日々を送る事になる。
何しろ残された撮影は尚の出番一色、共演者がことごとくその掌で転がす様に尚を手玉に取って演技を“させる”。
演技を“させる”側には当然尚が嫌う相手もいる訳だが、相手は己が仕事を全うすべくあくまで役者として対応するから尚としては堪ったものではない。
完璧に拷 問である。
彼ら実力派の共演者無くしては映画の完成はあり得ない事を痛いほど知っている緒方は、そんな尚の苦悩などお構いなしにスケジュールを調整し、一人一人が尚との共演に煩わされる時間を徹底的に短縮させるべく動くのであった。
「…以上を持ちまして、瀬良 明伸さんオールアップでーす!!
お疲れ様でした!!」
スタジオに拍手が沸き立つ中、花束を受け取るベテラン俳優を労う和やかな輪に加わる事もなく、独り離れた位置からその光景を明らかに疲弊した様子の尚がボンヤリと眺めていた。
「……………。」
「気ぃ抜いてんじゃねぇ、このボンクラアマチュア俳優擬き。
散々お世話になっておきながら礼の一つも言えねぇ様じゃ、ウチの事務所の恥にもなるんだ。
サッサと挨拶してきやがれ。」
吉野からの痛烈な言われようにも反論する気も起きないらしい尚は、押された背中の勢いそのままによろけながらもクランクアップの花束を抱えた共演者に近づいていった。
「…あっ…あの…おっ、お疲れ様でした!!
色々ご指導ありがとうございました。」
何を言って良いのか迷いながら共演者の瀬良に近づいて行った尚は、ありきたりとしか言えない社交辞令で挨拶した。
そんな尚に瀬良は、それはそれは痛烈な言葉を爽やかな笑顔を浮かべつつサラリと吐いて去っていった。
「いや~、本当にね、君の共演者するのは疲れたよ。
まぁこれっきりの事だろうし、これで会う事もなくなるだろうから清々するよ。
ま、元気でね。」
ベテランの域に入る共演者からの痛烈な感想に尚は足許が覚束無くなる程の衝撃を受けたのだが、その感想は異口同音に次々クランクアップしていく殆どの共演者から悉く言われる事となり、吉野からその内容を余す所なく報告を受けたアカトキでの尚の評価は更に悪化していくのであった。
う~、難産でした。(-_-;)
次回あたりオールアップといきたいですなぁ…。
でもまだまだボンボンには苦汁を舐める日々が続く…筈。
だってまだ新曲発表してないし?
映画完成披露試写会やら全国舞台挨拶もあるもんね~。(´ψψ`)