テレビモニター越しに二人の仲睦まじい姿を見ているしか出来ないもどかしさにじりじりと胸を焦がしながら、尚は作った曲に改めて歌詞を付けるべく文章と格闘していた。
しかし自分のものになる筈の女の気持ちが自分に向かないなど、自分中心でしか物事を考えられない尚にとっては不可解そのもの。
(俺みたいないいオトコが目の前にいるっつーのに目を向けねーなんざ、そもそもあり得ねーしそんなオンナ只の馬鹿だろ?)
結局浮かぶ歌詞は今までと大差ないものばかりで、ダメ出しされるのは目に見えて明らか。
尚は完全に行き詰まっていた。
渋々ながら吉野に頼み込み、スケジュールを調整して貰い漸く捻り出したオフ1日が何の成果も得られず終わるなど“不破 尚”にあるまじき失態で、己のプライドに賭けて赦せる筈もなかった。
…が、何度作り直そうが結果は同じ。
最終的に尚にとっては屈辱的な事だったが春樹の保険が採用される事になったのであった。
「…今日から宜しくお願いしますね、不破くん。
残念ながら歌詞は不破くんの気持ちが入らなかったみたいですが…僕は歌手であろうがタレントであろうが、撮影に入れば一人の役者として扱います。
僕の納得のいく演技が撮れるまで撮影は続きますから覚悟しておいて下さいね?」
クランクインしていたが出番とスケジュールの都合から撮影初日が他のキャストから遅れる事数日。
尚は吉野に連れられ、先ずは監督である緒方に挨拶に出向いていた。
柔和な雰囲気からはかけ離れた自らに向けられた鋭い視線に、以前会った時とはまるで別人だと思いながら尚は頭を下げた。
「…今は丁度昼の休憩時間なのでキャストもスタッフもばらけてて居ませんが、午後の撮影の時に改めて顔合わせをしましょう。
少し変更も出てますから。」
尚が変更点を聞こうと口を開きかけた矢先、初対面を装った吉野が監督に訊ねた。
実は宝田一味の会合が組まれた夜、後から麻生女史に緒方から連絡が入り、今後タッグを組むであろう吉野と顔合わせをしておきたい緒方が席を設ける形で既に挨拶は済ませていたのである。
当然ながらしっかり意気投合し、すっかり飲み友達としての地位をお互いに確立。
「緒方監督、変更点というのは…?」
実はこれこそが記者会見後の策略で、宝田一味の仕組んだ計画の一つであった。
「…ええ、実はオーディションで選んだ京子さんの相手役の新人俳優が交通事故に巻き込まれてしまいましてね、入院1ヶ月、全治3ヶ月の重傷を負ってしまったんです。
幸い命に別状はないと言いますし、後遺症も残らないそうですがこの映画の役は降板せざるを得なくなりましたので代役を立てることになったんですよ。」
尚に告げた表向きの理由はそれだったが、真相は全く別であった。
確かにオーディションは行われたが、実は別の役で、京子の相手役ではなかった。
先日の記者会見が終わった後に配役に変更があるとマスコミ各社にファックスで知らせておいてある事を唯一、尚だけが知らされていない。
それは災難でしたねと、とうの昔に知っていた事を今知ったかの様に驚いて見せる吉野は、そこいらの大根に拝ませたい役者振りだと緒方は思った。
「まあ、そんな訳で京子さんの相手役が代わりましたが、不幸中の幸いというかクランクイン前でしたからね。
大急ぎで代役を引き受けてくれる俳優さんを探して、どうにか予定通りのクランクインにこぎつけたって事なんです。
不破くんも知らない人じゃありませんし、気兼ね無く演技に集中出来る筈ですよ?」
丁度戻ってきたみたいですよと視線を向けた緒方に促される様に振り返った尚の目に飛び込んできたのは、自分が目の敵にしている芸能界一のいい男と称される俳優の姿だった。
「…カーット!!
不破くん、今の演技は違います。
君の役と敦賀くんの役は、立場は違えど仲の良い友人同士です。
そこを解っていればそんな目はしませんよ?
…もう一度いきましょう。」
「…っ、はい…。」
撮影が開始されて既に2時間。
蓮が演じる[昂(コウ)]と尚の演じる役[遼太郎(リョウタロウ)]のバーで酒を酌み交わすシーンからのスタートだったのだが、何とワンシーンすらOKが出ずに過ぎていた。
「……仕方ありません、不破くんは少し外れていて下さい。
これ以上タイムスケジュールをずらしたくないですし、別のシーンから撮っていきましょう。
敦賀くん。」
緒方の指示でセットから降りた尚とは対照的に堂々とライトを浴びる蓮に、尚は苛立ちと妬ましさで胸をジリジリさせていた。
「…おいコラ、自分の実力の無さに顔背けてんじゃねぇ。
ちゃんと見てろやこの大根。」
吉野に背けていた頭を鷲掴みされセットへと向き直させられて、尚は思わず振り払って睨み返したが、吉野はそんな尚などものともしなかった。