散々NGを出した後、もう何がいけないのか判らなくなった尚が相手役である京子に演技で引き摺られて緒方から漸くOKを貰えたのは、それから更に3時間の後のこと。
「…申し訳ありません、緒方監督。
うちの尚は次の仕事がそろそろ…。」
本当にたった1シーンに1日掛けてしまったと気まずそうに詫びる吉野の後ろで、流石の尚も何も言えずにただ頭を下げていた。
「…次はもう少し進められるようにお願いしますね、不破くん。
…お疲れ様でした。
では京子さん、そろそろ敦賀君が来る筈ですから、例のシーンの準備に入ってください。」
口元に笑みを履きながら、しかし眼は凍りつかんばかりに冷たい視線を尚に向けて挨拶した緒方は、もう用がないという様にフイと向きを変えて楽しそうに京子に話し掛けていた。
京子も他のスタッフも心得たもので、緒方に準じた振る舞いで尚に接し、サッサと次のシーンに向けての準備に入っていった。
「…お疲れ様でした。」
車の準備の為先にスタジオを出た吉野の後を追う様にして、尚は返す相手のいない挨拶を残して自分だけが除け者にされた気分で去っていった。
事務所の寮に帰っても状況は同じだった。
自分本位で同性の友人を作ることのなかった尚は、寮でもコミュニケーションを取ることが出来ず浮いていたのだ。
見かねた先輩が夜の空き時間に話をすると、納得したと盛大な溜め息を吐いた。
「成る程、事務所から此所に放り込まれる訳だよ。
お前根本的に人間関係の形成能力に欠けてるんだな。」
「…なんすかソレ。」
「そのまんまさ。
人が社会と関わらなきゃ生きていけない以上、円滑な人間関係の構築は必須だろうが。
だがお前にゃそれをするスキルそのものがないんだよ。
まるで幼稚園児だな。
普通は周りに併せるとか譲歩するとか、成長していく内に覚えるもんだが、お前自分本位すぎてそれがねぇもん。」
「…幼稚園児って…!!
俺高校通ってんスけど?」
そこまでガキじゃないと言いたげな尚に、不敗神話の尚ほどではないがそこそこ売れていて近々一人暮らしを始めようという先輩が首を振ってみせた。
「だからガキだっつーの。
歳のコト言ってんじゃねぇ、中身の話だよ。
お前確かに歌手としての才能は有るんだろうけどさ、今の心持ちじゃいずれは事務所に切られるぜ?
僻みとか妬みじゃ無しに俺が客観的に見た感想として、お前確かに売れてるけど、ただそれだけだ。
その時だけの曲って言やぁ解るか?
上っ面だけで心に残らないんだよなぁ。
見映えは良いが中身を伴ってない歌は、その時は売れても只の流行歌止まりだぜ?」
長くは生き残れないって事だと先輩に言われ、尚はパクられた時に似た戦慄を覚えた。
どうすればいいのかと問うた尚に先輩は呆れ顔でそんな事も分からないのかと言い残して自室へと帰っていってしまい、尚はまた独り取り残されたのだった。
プロモ撮影と映画の撮影が同時進行される中、尚は黒崎・緒方両監督から叩かれまくっていた。
「~~~シャンとしろや!!
お前この曲なんだと思ってやがるんだ!?
振られた男の哀愁を唄ってんじゃねぇんだぞ!?
お前のはただ置いてきぼり食らった迷子じゃねぇか!!
もっと良く考えろ!!」
「何度言えば解るんですか不破くん?
君の役は只の身勝手な男じゃ終わらないんですよ!?
そこを踏まえた演技をしてください。
テイク38、行けますか?」
プロモの現場でも映画の撮影現場でも散々ダメ出しされ、へとへとになりながらそれでも必死に尚は食らい付いていった。
さすがの尚もスタッフや他のキャストに迷惑をかけている自覚はあるのだろう、唇を噛みしめながら深々と頭を下げていた。
先輩から言われた言葉を思い起こしながら、尚はぐっと堪える気持ちで緒方の前に歩み出た。
「…すみません、緒方監督。
俺、どうしても恭太郎の気持ちが掴めないんです。
何がいけないのか、教えてください。」
教えを乞う、それはプライドの高い尚にしてみれば精一杯の譲歩。
逆にそこまで追い詰められたと言うべきかと緒方は思った。
…だがまだ弱い。
「…君は吉野さんの助言も聞いた筈ではなかったんじゃありませんか?
その上で僕からも訊きたいと?」
如何にも呆れたと言わんばかりの態度で尚に向き合って見せた啓文に、尚は今までに無いほど殊勝な様子を見せて頷いた。
「…いいでしょう。
少し休憩にします。
不破くん、君はこちらに。」
自分の事で手一杯の尚は気付かなかったが、緒方は密かに吉野とアイコンタクトを交わし、ニヤリと黒い笑みを浮かべながら尚を連れてスタジオを後にしたのだった。
…あんまり間を空けるもんじゃないと実感した“誰一”でした。
さぁ、次回は黒天使緒方、今までの地味な攻撃が直接攻撃に変化です!!