「……お…親…父…。」



蒼白な顔で漸く絞り出した松太郎の声に耳を傾ける事を拒むかのように、父親である板長は縋るように伸ばされた手からも顔を背けたままサッと立ち上がると、仕込みに戻ると言い残して部屋を出て行った。



母である女将もまた、涙に濡れた頬を拭くと見苦しく無いように化粧を直しながら勘当予定の息子にこう声を掛けた。



「…ええか、よぉくお聞き。
  アンタはうちらだけやない、大勢の人生に陰を落としたんや。
キョーコちゃんは勿論やけど、この前暇出した従業員にも、お世話してくれはったご住職にも。
東京の芸能事務所の方々にもや。
その事よーく胆に命じて、これから生きておいきやす。
うちかて腹を痛めて産んだ子や、アンタが可愛くない訳やない。
けどな、子ぉがしでかしてしもうた事は親として責任取らないけまへんの。
アンタがこれからの人生、せめて人様に迷惑懸けずに生きて行けるように、厚かましいようやけどご住職からのご厚意に甘えさせてもらう事にしたのや。
ご住職もなぁ、自分のことまだまだ未熟ものや言うて、お師匠はんのとこで修行し直す言わはってな。
お父ちゃんがうちに着く前ご住職に連絡しはったから、じきに迎えが来る筈や。
…ほな、あんじょうお気張りやす。
あの人はああ言うたけどな、うちはアンタが心の底から性根を入れ換えて、人様に迷惑懸けた事を悔いてこれからの人生生きてってくれたら、きっといつかは許してくれるんやないかと思うてる。
あの人かてたった一人の息子と本気で縁切りたいなんて思うてへん筈やもの。
そこんとこ、間違えたらあきまへんえ。」



身支度を整え終え、すっかりいつもの凛とした女将姿に戻った母はへたり込んだままの松太郎の肩にポン、と手を置くと一つ頷き、そのまま部屋を出て行った。



一人ポツンと部屋に取り残された松太郎は迎えが来るまで放心したように身動ぎ一つせずに俯いたままでいた。




それ以後、彼はぱったりと消息を絶つ。



不破の両親がLMEに報告の名目で知らせたのは、以前松太郎を預かった住職が彼を連れて師匠の寺に再修行に入ったという事と、二度と芸能界には関われないだろうという事だけだった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「………案外呆気無かったわね~。
もうちょっと何か出来ると思ってたのに…。」



「…仕方ないんじゃないか?
守護者全員参加で不破一人に制裁だからな、一人当たりの突っつきなんざ可愛いモンになるってことで。」



「…そうそう、不破が復帰してから追放されるまでの短期間に不破の一番の理解者で庇護者になる筈の両親と預かってた住職も守護者に引っ張り込んだんだから凄いよな、京都支部のメンバー。」



挙げ句どういう伝(ツテ)か知らないけど再修行先の坊さんにまであいつの悪行吹き込んどいたって、守護者の掲示板に活動報告入ってたしな、と大活躍の京都支部を誉め称える彼らが見つめる先には、カメラの向こうでディレクターやスタッフと歓談しながら笑顔で打ち合わせする京子の姿があった。



「……彼女の笑顔と優しい心を護るのが、俺達守護者の務めだな。」



「…いつか彼女が誰かを選ぶ時が来るだろうけど、そいつが彼女を哀しませるような真似した時には、また全国の守護者が黙っちゃいないだろうな。」



スポットライトの下耀く笑顔を遠巻きに眺めながら囁き合う彼等は、守護者としての使命感に満ちた満足げな笑みを交わしあっていた。



それは膨大なネットワークによって繋がれた名も無き守護者たち全ての願い。



【我らが天使の笑顔を護れ】



このスローガンの下、この後彼らは表立ってはスポンサーとなり、裏からは名も無き支援者として京子を支え続ける。



それは何年経とうが変わることなく続けられ、京子が大女優と呼ばれる立場になっても変わりはしなかった。



京子もまた彼らの存在に支えられていることに日々感謝することを忘れず、精進努力を怠ることはなかったという。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



~数年後の夫婦の会話~




「…なぁ、あんた。
あの子どうしてるやろ…。」



「……キョーコは頑張っとるな。
もうすっかり新進気鋭の実力派女優仲間入りしとるしなぁ。」


こないだもうちに顔出してくれたやろがと夜の一時に出された茶を啜りながら何処か満足げな壮年の男に、女将は溜め息を溢さずにはいられなかった。



「………せやのうて…あの…。」



「…お前からしたら気にかけずには居られんやろが、仏心はあいつのためにはならん。
心配せんでもあちらでようしてもろうとる。
…人伝に聞いた話では、お師匠はんについて修行であちこちの寺を巡っとるらしいな。
冬は半分凍結した滝で滝行らしいし。
…まぁ、まともに修行に励む様になったんはこの2年ばかりらしいがの。」



「……あんた、あの子を許してくれる気ぃは…あらしまへんの?」



「……まだあかんな。
あいつはまだ修行中の身ぃや。
あいつが心根入れ替えてわしらのまえで土下座して謝る事が出来たなら少しは考えんでもないが、今はまだ…無理やな。」



第一お師匠はんからのお許し無しに寺からは出られんやろしな、と何処か遠くを見るような寂しげな風情の夫に、女将は何も返すことはできなかった。




彼らの前に一人の青年僧が現れるのは、それから更に十年の歳月が流れた後となる…。











………すっごい尻切れトンボ感が…(-_-;)


で、でも終わりにしちゃうもんっ!!(>_<)