「この子の親はうちらです。
こないな阿呆にそちらさんの手ぇを煩わすなんて恥知らずな真似、うちらには出来しまへん。
これまで甘やかしてしもた分、きぃっちりしごいてご迷惑の無いように育て直しますよって…一度こちらに帰しておくれやす。
この子の音楽の才能を買ってくれはるのは親として嬉しくないわけやあらしまへんが、このまんまお委せする訳にもいきまへんし。
…なぁ、あんた。」



「そうやな。
子供の躾は親の責任ですよって、先ずはわしらが鍛え直します。
ほんま、こいつを送ってきて下さってありがとうございます。
そちらの社長さんにはうちからお電話しますよって、今日はゆっくりしていって下さい。
…取り敢えず失礼いたします。
ほれ、松太郎!!
さっさと来んか、このど阿呆がっ!!」



深々と頭を下げた板長である松太郎の父は、ふてくされた息子の首根っこをぎっちり掴んで引き摺る様にして部屋から出ていった。



「いててっ、痛ぇよっ!!
  放せよ、何しやがるんだよこのくそ親父っ!!」



「…喧しいわ!!
  お前にゃこれでも全然足らんわこのボケがっ!!
  きぃっちりその根性叩き直したるよって、覚悟せいや!?」



…とまぁその間も尚は親に向かって喚き散らし、その都度雷を落とされていた。


そんな様子を唖然として見送っていた田口に、女将は居住まいを正してお辞儀をした。



「先程うちの人が言いましたように、そちらの会社のお偉いさんにはうちからお電話しますよって、今日はゆっくりしていっておくれやす。
ほんならうちもこれで…。
何か不都合がありましたら何なりと申し付けてくださいな。
…では。」



流石は老舗料亭旅館の女将。


最後は流麗な仕草で深々と一礼し、田口一人を残して去っていった。



あまりにも呆気なく事が運んでしまった為暫し茫然としていた田口だったが、とにかく報告だけはしなければと慌てて携帯で上司に連絡を取ると、既に不破の両親から息子は暫く家で叩き直すと言われたとの事で、契約は保留にして戻る様に言われ、田口は身支度を調えて挨拶を済ませると尚を置いて東京へ帰っていった。




「…ふむ。
流石に観光都市京都で老舗料亭旅館を切り盛りしているだけに一般常識はあるか。
まぁその多忙さ故とはいえ教育不足の理由にはならんがな。」



数日後、尚の処遇をどうしたかをアカトキが文書化して送ってきた書類を見てローリィは一人ごちた。



「さて、と…。」



おもむろに派手派手しい携帯を取り出したローリィは、一応知らせてやるかと一斉通知で呼び出しメールを送った。



「…という訳で、不破は今活動停止の上、実家で躾直され中だとさ。
一応現状を知らせておいてやろうとお前らにこうして集まってもらったわけだが…この後どうするつもりだ?」



業務終了後、再びローリィ宅に集められたキョーコファンクラブLME支部(別名:守護隊)の面々に、これまでの経過を報告したローリィだったが、彼らのその表情が芳しく無い事には直ぐに気が付いた。



「…確認までにお伺いしますが、彼の両親は東京に出てきてからの彼の所業についてしか知らないんでしょうか?」



すっと手を挙げ発言を始めた広報部の守護隊メンバーに、ローリィは暫く考えた後首肯して返した。



「恐らくな。
彼女が京都に住んでいた頃、奴の所業で何れだけの目に遭っていたか知る由もあるまいよ。」



それが何なんだと思うより先に、顔を見合せあっていた守護隊女性陣の口角が妖しく上がった。



「…社長、近いうちに私たち守護隊女性メンバー、有給休暇3日ほど頂きます。」



和泉の発言に女性陣が同意する。



「…どうするつもりだ?
奴は親元で躾直され中だぞ?
直接攻撃は難しいだろうが。」



「間接攻撃します。
躾直しているのは両親なんですから、彼らの耳に子供の頃のキョーコちゃんの生活と周りの環境の劣悪さを再認識させればいいんですもの。
…簡単ですよ。」



ついでにあんな馬鹿をくっ付けておいた事を親として少しは反省して貰わないと駄目でしょ、とクスクス笑いながら言う女性陣に、男性陣の背筋が凍りかけたのはいうまでもない。



ではその間に自分達も通常業務で頑張って、奴が帰った時音楽業界で居心地悪くなるようにうちのアーティストの奴らに発破かけておきましょうと男性陣が清々しい笑顔で言ってくれた事に、ローリィが内心胸を撫で下ろしていたことは秘密である。




結局リーダー格の和泉は京都に行く事はマネージャーという立場上不可能であったため、他の女性陣が行く事になったが、事前にじっくり話を詰めておいた事もあり、何の問題もなくしっかりと尚の母に情報を送り込むことに成功したらしい。



どういう手段を取ったかは謎ではあるのだが…彼女たちが松之園から帰った後、暫くしてから態々女将がLMEを訪れ直接キョーコに詫びを入れていた。



尤もキョーコ本人はいきなり女将が自分の前に現れ、頭を下げたことに混乱するばかりでわたわたしていたのだが…。




「…勝手にそちらを出てしまって、お詫びしなければならないのは私の方なのに…。
あの、女将さんが頭を下げる理由が私には解らないんですけど?」



「…うちの松太郎が今、活動停止しとるんは知ってはる?
あの子なぁ、今はうちに戻って勉強中なんよ。
そやから先ずは何処があかんかったんか調べよ思て洗いざらいみいっちり調べた訳や。
そぉしたらまぁ、情けないほど前からあんたに酷い事しとったことに今頃気付いてしもて…。
うちらかてあんたがいい子なんをいい事に松太郎のお守りを押し付けて…ほんまに馬鹿な事してしもうたわ。
堪忍え、キョーコちゃん。
あないに松太郎が阿呆に育ってしもたんもみぃんなうちらが悪いんや。
だからこそきちんと謝らんといかん思うてな、こうしてここまで来た訳や。
ほんま、堪忍な。」



再び深々と頭を下げた女将に、キョーコは慌ててそれを制止にかかった。



「止めてください、女将さん。
私が馬鹿だっただけですから。
それに…今は感謝してるんですよ?
やり方はどうあれ、ショータローは私に別の世界を見せるきっかけをくれたんです。
自分の眼で見て、自分の世界を自分で創る、きっかけを…。」



だから今、私凄く充実していますと京都にいた頃とはまた違う明るい笑顔で自分と向き合っているキョーコを、女将は眩しく思えた。










裏話ですが、守護隊女性メンバーはそれとなく女将に接触し、調査書のコピーを宿泊した部屋に態と置いてきております。


それを見た女将が改めて調べ直し、キョーコに詫びに来た、という形になってます。




いや~、切りのいいトコが無くていつもよりぐっと長めです。


長さが安定しなくて申し訳ないです。m(__)m