待たせておいた車に着くまでに、マリアはサラに尋ねたい事があった。

「ねぇお姉様?
よくあの人が不破 尚だってお分かりになりましたわね。」

「ああ…うん、そうね。
キョーコが教えてくれたのよ。
あのヒト、昔の知り合いなんですって。」

「え?」

聞き返したマリアにほんの少し苦笑いするサラを見て、クーはドアを開けてやりながら“細かい話は車の中でしよう”と促し、車に乗り込む。

走り出した車の中で、ぽん、と軽く手を叩いたクーは、にっこり笑ってキョーコを見た。



「さ、もういいぞ。
説明したかったんだろう?」

手を叩かれてサラ魂の抜けたキョーコは、マリアにさっきと同じ苦笑いを見せた。



「あ~。あのね、マリアちゃん。
アイツ…不破 尚ってね、いわゆる幼なじみって奴なのよ。
 だけど、本当はその過去すら抹消したいのよ…ね。」

だからこれ以上聞かないで、とキョーコはマリアに手を合わせてお願いした。

マリアもキョーコの様子から、これ以上聞くまいと頷き、この話はここで打ち切りになった。



「…早いわぁ…。」

ジュリエナがぽつりと呟いた。
愛する妻の言葉は一言でも聞き逃したりはしない男、それがクー・ヒズリであった。

「ん?なんだい、ジュリ。
何が早いのかな?」

麗しき花の顔(かんばせ)を淋しげに曇らせ、サラに扮したキョーコを抱きしめる。

「こんっなに可愛いのに!!
もうおしまいなんて早過ぎるわ!
もういっその事、本当の娘にしたいわ!
キョーコさえよければ今すぐにでも養女に…!」


エスカレートするジュリを抑えるのは実はクーにも大変なのだった。


「まぁ待ちなさい、ジュリ。
キョーコは未成年だよ。
自分の意思で戸籍を自由にできる時まで待ってあげなさい、ね?
 第一キョーコは日本のタレントだよ。
仕事があるのに、アメリカに連れて帰る訳にはいかないだろう?」

必死の説得が効を奏し、クーは何とかジュリエナのクールダウンに成功した。


「…仕方ないわ。じゃあ明日の課題、私に決めさせて!」

娘を諦める代わりに、最終日の明日の配役は自分に決めさせて欲しいと、ジュリは言い出したのだった。


戸惑いながらもキョーコを見遣り、クーは快く頷いて見せた。


「分かったよ。
キョーコもいいな?
役者たるもの、ありとあらゆる役を体験しておいて損はない。
どんな役でも好き嫌いせずに演じる事を以前から課題にしてあったし、明日どんな役を演じるかはジュリに決めて貰おう。
明日の課題の発表は、キョーコの仕事が終わってからにしような。」


きっぱり言い切ったクーと、何にしようかうきうきしながら考えているジュリ、完全に傍観を決め込むマリアを横目に見ながら、おかしな役だけは勘弁して貰いたいと祈るキョーコであった…。






…というわけで、最終日の配役決定権はジュリエナさんのものになりました。
何をやる羽目になりますやら…。