人の誕生日を真面目に祝えるほど
出来の良い人間ではないのだよ
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"いつかは枯れてしまう花のように
今だけは咲いていたい"
と2007年のノートに書いてある
後にそれを苗木として還元させることになる
(自画自賛)
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2008年5月27日
旧友を事故で喪う
それはどうでもいい
いや、どうでもは良くない
あいつの分まで
そんな偉そうなことは言えないが
咲かなければいけないのだと自惚れに浸る
あいつの名前は今は思い出せない
死との遭遇により自分の中で何かが変わったのだろうか
はたまた得意の自惚れなのか
白い闇の中で甘い蜜を求める
過剰なまでに
"いっときの『優しさ』は偽善を被る『過ち』"
であることを提唱する(してない)
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2009年3月3日
"私は全ての人間という存在に嫌悪しました"
と書かれている
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回想、終ワリ
過去を嫌い、過去を憎む
それ即ち、とんだ慈愛である
未来を望まないことが
どんなに未来を期待していることと同じ
と言えよう
そこで人間を放棄したとするなら
ここ数ヶ月は真っ当な人間だったのかもしれない
それこそイレギュラー
年が明けて朝起きて
気付いたら人間ではなくなっていた
そんな突飛な出来事があってなるものか
しかしそれがわかるのは自分だけなのだから
仕方の無いことである
つまり今は正常
年末年始にかけて生誕祭ラッシュが続く
昨日も誰かの誕生日
かける言葉が見つからず当日を迎え
その日を終えてしまった
文面だけで済ませるなんて
そんな語彙力も無ければ
律儀な計らいもできなかった
つまり何もしていない
サプライズでプレゼントが届いたりしないのも
そこまで出来の良い人間ではないからである
これから誕生日の人にはどうすべきかを考えた
お互いwin-winとかいう流行り言葉に当てはめるとするなら
つまりは何もしないという答えに行き着いた