おはよう、こんにちは、こんばんは。
此処は今年で18に成る高校三年生、詰まりバリバリの受験生でも週に数本は映画を見ないと気が済まないと言う変わり者の案山子が実際に見た映画の感想乃至評価を不定期に書き込んでいく場に成っております。
追伸
このブログ内では極力ネタバレは控える様にしますが、話を語る上で如何しても有る程度のネタバレはしてしまうかと思います。なので、絶対にネタバレは見たくない、と言う方には今直ぐこのページを閉じる事をお勧めします。
宮崎吾郎第一回監督作品 ゲド戦記
公式サイト
スタジオジブリ公式サイト
評価 ★★★☆☆
私が紹介せずとも、言わずと知れた『 ゲド戦記 』。
内容のみならず、巨匠の息子である宮崎吾郎氏が初監督を務めた事でも有名に成った作品です。私は本日この作品を友人と見に行ったんですが、結果だけ言えば、かなりの悪評を投じなければ成らないかも知れません。先ず第一に、各キャラクターの設定が全体的に説明不足です。私なんかだと原作を読んでいたから大抵の設定については理解出来たのだけれど、読んでいなければ「何故?何?」感じてしまう様な部分が多く見られました。そして第二に、出した話、事件の顛末を最期まで描ききっていない部分が有りました。だから観客としては最期まで話を見せて欲しいと思うだろうし(まあこの部分は原作への煽りかも知れませんが)、それによって物語全体が消化不良に成ってしまった感は有ります。そして第三に、ちなみにこれが悪評を集める事と成った最大の理由ですが、ラストの15分辺りが唐突で、こじ付けでしかない感覚が拭えません。勿論原作としてはそうだったし、作中でもそれの伏線と思わせる部分は一箇所だけ有りましたが、如何せん説明不足で、最期の最期に観客が置き去りにされた形と成ってしまったのが残念です。
ちなみに、これまで当作品を非難している私ですが、実際はそこまで嫌いではなく、寧ろ好きな部類に入ると思います(勿論これは評価ではなく、単なる私個人の感想ですが)。何故かと言えば、自らの罪や有る筈の希望によって潰れてしまった人間の心情が非情に上手く描写されていたからです。ああ、自分は如何してこんな事をしてしまったのだろう、ああきっと俺はまた同じ過ちを繰り返す、なら如何して俺が何かする必要が在るのだろう?そうだ、俺は何もするべきではないんだ。と言った風な、現代日本では既に社会問題と化している個人主義の齎した最大の弊害、不幸と言うありもしない虚像を盾に堕落してしまう人間を。その点では私は吾郎氏を評価しているし、それを理解出来た分、あのテルーの唄う場面は非情に感銘を受けたし、アレンの気持ちを想うと泣けてさえ来ました。
あとソレを除いて印象に残ったのは、テルーがクモの居城へ乗り込む前に出合ったアレンの影。これには正直感嘆しました、此処まで思想の部分で練りこまれている作品は見たことが無い。そう、人間誰しもが持っている、良心だとか、良識だとか、そう言った物が罪を背負った人間の中で如何働くのかを正確に射止めたのがこの作中のアレンの影なのです。解っている、けれどもやはり怖い、怖いから逃げる、何処までも、何処までも。それが作中のアレンの根本の行動原理であり、ソレと一つに成らなければ人間は前へは進めないのです。
この作品を見て全体的に想った事は二つ、先ず第一に、初めて監督をした吾郎氏にはこの作品は重過ぎる。原作とはまた関係無しに、この視点から描く罪人の成長は場数を踏んだ監督でも苦戦する物でしょう。それを初めて監督を務める彼がやるのだから、余り良い出来が望めないのは当たり前だった筈です。それなのに如何してスポンサーやプロデューサーはこのプロジェクトにGOサインを出したのか、不思議でなりません。そして第二に、この吾郎氏が描いたゲド戦記はジブリブランドの枠から外れる内容です。従来のジブリ作品は意味は解らなくとも、見ていて自然に面白いと感じられる作品でした。けれどもこの作品はそういう類の物とは一線を画した、「考える為の作品」です。なので今回今までの感覚で映画館へ足を運んだ人は酷くつまらなく感じただろうし、その辺りも過剰な悪評を買った原因ではないかと考えています。
追伸
この作品を実際に見た方は気付いておられると思いますが、恐らくこの作品は吾郎氏の意思が直接模写された作品だと思います。なので、この作品が世間的に良作と成るか駄作と成るかは別にして、私としては、これから彼がどの道を選ぶにせよ、一個人として彼を応援していきたいと思います。
