Michaelが「foot」と呼んで絶大な信頼を寄せていた「Jonathan Moffett」が語る「THIS IS IT」について、そしてMichaelに対する想いです!!
・・・・雑誌(Rhythm&Drums magazine 4月号)より引用・・・・


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ジョナサン・モフェット---シュガーフットの名前で知っている人が多いだろうが、彼は昨年最も露出度の高かったドラマーだ。
マイケル・ジャクソンが彼をツアーのドラマーとして指名し、最終的に「THIS IS IT」という映画&DVDの形で何百万人の人々にみられることになった。
優しい語り口で話す気高きモフェットは今でも友を失ったことを悲しんでいる。
インタビュー内で彼が今でも現在形でマイケルの話をしていることに気づくはずだ。
私には原稿を書く時点でそれを過去形に書き換えることができなかった。現在形で語ることにモフェットの心情が表れている。
彼の心や魂に中ではマイケルがまだ生き続けていて、彼とのツアー経験は決して消せないものなのだ。
ドラマーこそがコンサートそのものなんだ
☆「THIS IS IT」のことから始めましょう。この大きなイベントへの参加はどのような経緯で決まり、当初どのようなコンサートになると伝えられたのですか?
彼のツアーが延期されていること、特にここ3年くらいは彼が活動再開することが業界内では噂されていたのは知っていたよ。
それに私は本能的にそれがマイケルの最後のツアーとして計画されるだろうと感じていたから、そうなったことには驚きもしなかったね。
どこかの時点で彼が最後のツアーを宣言して、子ども達と一緒に自分の人生を楽しむだろうと確信していたのさ。
最後の3年間彼は秘密裏に楽曲作りを行っていて、アルバム制作を見据えていたし、ソニーとの再契約するか、他のレーベルにするか、それとも自分のレーベルから出すかということを考えていたんだ。
これは彼に非常に近いところにいた人間から教えられていたし、彼のチームのコンピューター担当者からは、私の話題が出たときに「僕にはシュガーフットとデヴィッド・ウイリアムが必要だ」とマイケルが言ったことも教えてくれた。
デヴィッド・ウイリアムはマイケルと長年一緒にプレーしてきたギタリストで、マイケルがツアーを発表する4日前に亡くなってしまったんだ。
彼と私は今回のツアーを12年も待っていたし、ちょうどツアーの話をしていた直後だった。
デヴィッドが電話してきて「ジョナサン、僕はとても興奮しているよ。これは確実に実現する。関係者と話したらもうすぐツアーの発表をすると言っていたし、そうなったら僕たちが若い連中にマイケルのコンサートの真髄を見せることになるよ」と言っていた。
でもその後、彼の兄弟から電話があって、デヴィッドが発作を起こし、意識不明になり、目覚めていないことを知らされ、その4日後に病院で亡くなったのさ。
彼は私と同じように12年間待った。でも夢の実現を目の前にして逝ってしまった。
彼とマイケルは29年一緒にいたし、私はもう30年になる。
デヴィッドはマイケルのギタリストだった。「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」などのメガ・ヒット曲をプレイしていたのが彼だし、それだけで彼の素晴らしさがわかる。
デヴィッドの他界は2009年最初の衝撃的なニュースだった。おかげで長年マイケルと一緒にやってきた人間は私一人になったんだよ。
私が召集されたのが4月15日で、翌日16日にはセンター・ステージングに私のドラムが配達された。
マイケルはまだ姿を現していなかったけど、死ぬほど彼に会いたかったね。
ドラムをセットアップしたのはそれから5日後で、セットアップ後にダンスのリハーサル室に行ったんだ。
そしたらマイケルがリハーサル室から出てきたところで、携帯電話で話していた。
彼がふっと目を上げて、そこに私がいるのを見つけると、目をまん丸にして満面の笑みを浮かべ、ペコっとお辞儀をして、手を振った。
そして電話を中断して、私に近づき抱きしめたんだ。それだけで私は元気いっぱいになったね。
だって彼とは何年も会っていなかったし、彼は大好きな友達だから。
長年彼をサポートしてきて、あらゆることを一緒に経験し、何年も経った今でも私を信じていてくれる。そして今やっと彼と再会できたわけだ。
彼は「フット、元気かい?」と言った。私は「元気だよ」と応えた。
その後、私の子供の様子も聞いてきたので、「みんな元気さ。私を信用してもう一度迎え入れてくれてありがとう」と彼に伝えた。
彼は「こちらこそありがとう、フット」と応えてくれた。それからちょっとだけお喋りをして、彼は電話に戻ったんだ。
バンドとダンサーに別々のリハーサル室が割り振られていたね。ツアー・ベーシストのアレックス・アル、パーカッショニストのバシリ・ジョンソンと私の3人でバンドの他のパートのミュージシャンのオーディションを行なったんだ。
マイケルを熟知している私には、このツアーが想像を絶する大きなものになることがわかっていた。
彼の想像力に全権を委ねると、何でも可能というレベルではなく、あらゆるものが可能になるんだ。
彼は夢想家なんだよ。
☆ツアーの全体像が見えるにしたがって、どんなことがドラマーとしてチャレンジしなければいけない事として浮上してきましたか?あれだけ緻密なステージですから、さまざまなチャレンジがあったこととと思います。
実際はチャレンジはまったくなかったんだ。普段の仕事と変わらなかった。
というのも、私は常にプロ意識を持って挑むし、注意も欠かさないし、知っているべきことは知っているし、その瞬間瞬間をしっかりと把握しているんだ。
これはドラマーにとっても、ミュージシャンにとっても非常に大事なことだよ。
マイケルやマドンナ、エルトン・ジョンなんかの驚異的な才能を持った人間とツアーをする時は頭、意識、潜在意識をリハーサル中ずっと、演奏する曲の一瞬一瞬を逃さずに覚醒させておくことがとても大事なんだ。そうすると、観客の中の女性の美しさに気を取られたり、注意力が散漫になることがなくなるのさ。
私はこれまで、曲の一瞬一瞬やすべての小説を把握することができている。
次の小節が何か、どうやってエネルギーを保つか、巧でかつ気持ちのいいプレイをするにはどうしたらいいか、一緒にプレイしているプレーヤーをどうしたら鼓舞できるか、コンピューターのクリックと合わせるにはどうするかなどを同時に考えながらね。
ドラマーこそがコンサートそのものなんだ。ドラマーが崩壊したらコンサートは成り立たない。
だからこそ私は自分の責任の重さや役割の重要さを認識している。
私が信頼できる人間でこれまでマイケルも他のミュージシャンも落胆させたことが一度もないからこそ、マイケルは私を参加させるんだ。
私の集中は途切れないし、クリックと常にあっているからね。
ダンスの振り付け、流れる映像、コンサートのすべての側面がクリックに頼っているし、私もこのクリックに合わせることでリズムを安定させるんだ。
私は常にそんなふうにプレイしてきたから、今回ももいつも通りにやっていただけなのさ。
それにコンサートのプロダクション的な価値はとてつもなくすごいもので、私もいまだかって見たことがないものだったね。
☆すべてのクリックで制御されて、そのうえタイトに演じなければいけないことをドラマーとしてどう思いましたか?「いいよ。クリックに合わせてやるだけだから」みたいに手抜きをするなんて無理ですよね?
ツアーごとに違うのは曲を編集す点にある。私達はレコードに収録された通りに楽曲を覚えた。
その後は振り付け師とマイケルに委ねられる。つまり振り付け師とマイケルが考えついた踊りの動きに従って、コンサート演出のケニー・オルテガが曲の長さや、どこで次の曲に移るかを決めるんだ。
いくつかの曲の最初のバースから最後のコーラスまでとか、2番目のバースやコーラスをカットする、とかね。どの曲もよどみなく流れるようにつながっていた。
それが決まればバンドでリハーサルを行って、しっかり記憶に焼き付ける。そして翌日になると「そうだ、ちょっと変更することになった。この曲のこの部分の8小節を取って・・・」という具合に全部の曲に変更がでてくるわけだ。その翌日に前日と同じつながりでプレイすることもあれば、また変更がでてくることもある。
リハーサルの最終日まで2時間半のコンサートを首尾よく管理できるようにするために、その繰り返しだったね。
マイケルの曲はフルコーラスで演奏したら15時間のコンサートができるくらい膨大な数だし、ビデオはダンサーの動きと同期しないといけなかった。
最も苦労することは、これほどのツアーでもそうだったけど、曲の編集だよ。
編集が日に2回行われることもあった。だから一度覚えたものをもう一度覚え直す作業が最も大変な作業だったと思う。
マイケルのチームのようなクリエイティブなチームと一緒に仕事するには鋭敏な記憶力が不可欠だ。
私は慣れているけど、初めて参加するプレイヤーにとってはチャレンジだったはずだよ。
私の魂の一部も彼と一緒に消えてしまった
☆マイケルの曲で好きな曲やコンサートでプレイして楽しい曲を数曲挙げてもらえますか?
コンサートでは「Wanna Be Starting Something」で始まった。この曲を気に入っている理由はドラム・パートが本物の機械みたいだから。すべてのドラマーに、この曲のビートを私がどんなふうにプレイしているのか見てほしいね。
あの規則的で何度も繰りかえすビートを他のプレイもやりながら叩き続けるのはかなり挑戦なんだ。
2拍、4狛にスネアが入る「Billie Jean」とは違って、手と足の間のリズムやその両方のリズムをミックスするのがね。
その秘訣かい?秘訣なんてないよ。一つのリスムとそれに反するカウンター・リズムを合わせて機械のようね浸透性のある一つの大きなリズムの集合体を作るように長年努力してきた結果だ。
あの曲をプレイするために肝心なことはエネルギーを一定に規則的に保ち、すべてのパートでダイナミクスを保つことだ。
曲のアタマから終わりまで力強く、一貫したプレイをすることで、ダンサーは踊ることができるし、ビートがバンドの他のメンバーを支えることができる。
「Wanna Be Starting Something」はビートがバンド全体を背負っているんだよ。
あのビートを5分間プレイし続けるのが重労働だってことは認める。だって身体が常にリズムの内側にある状態だからね。
でも、その大変さがこの曲を好きな理由なんだ。本当にあれはかなりパワフルなウォーミングアップ曲だよ。慣れていないドラマーが叩けば、全体に息切れするはずだ。慣れている私はコンサートの始まりでも問題ないよ。
その次にプレイするのが好きなのが「Jam」。これは本当にファンキーな曲だ。この曲の大きなグルーヴは驚異的なファンキーさを持っている。
リハーサルでこの曲を始める時は、毎回顔がほころんだね。その理由の一つは曲そのものとグルーブなんだけど、もう一つの理由は、この曲を覚えているとき、キックに異なるニュアンスのダイナミクスが存在することに気づいたからなんだ。(もともと)ドラム・マシシでプログラムしたドラムだったから異なるキックのサウンドを複数プログラムしているように聴こえてね。
そこで、この曲をコンサートでプレイするにあたり、3台のキックを使ってダイナミクを出すことにしたんだ。普段私がプログラムするときに、3台のキックを使い、ライト・ヒット、ミディアム・ヒット、ハード・ヒットの3種類の叩き方を一人のドラマーがプレイして出しているようにして、ダイナミクスを人工的に作るんだけど、その経験からこの曲はキック3台でプレイすることにした。ミディアムなサウンド、メインのキックでライトなサウンド、ピッチ低めのハード・ヒットのサウンドというふうに、それぞれの音が出てくると、注意深く聴いて、それを3台のキックで叩き分けるんだ。レコードに収録されているビートのリズムと同じような感じでね。
☆つまり「THIS IS IT」で使うキットにはバス・ドラムが3台あったと?
うん、そう。そして3台のキックをキーボーディストがB3オルガンを弾くときにペダルを踏むみたいな感じでプレイしたんだ。
B3のベース音というのは異なるペダルに振り分けられてる。それと同じ感覚で、私の足はまるで鍵盤状になったペダルを踏むかのようにダイナミックに左右に動くという寸法だ。
右足に全部のキックに届くペダルがあり、その時々のビートに必要なトーンに合わせてペダルを踏み分けるんだよ。
こういう類のチャレンジは大好きだ。この曲はグルーヴを出すのがチャレンジなわけだから、プレイするのが楽しいんだよ。
普通のドラム・プレイをするのも大好きだけど、3台のキックでダイナミックに、なおかつしっかりと、みんなの耳に届く音を出すと本当に面白いグルーヴが出来上がるんだ。
☆思い出せないのですが、3台のバス・ドラムは映画に登場しましたっけ?
映画では私の足は一度も見せていないよ。見せてくれたらよかったのになと思う。でも音を注意深く聴くと異なるキックのピッチが聴こえてくるはずだ。
実はあのキットには最初5台のキックがついていてね。僕は5台でも問題なくプレイできるんんだけど、ステージのスペースをかなり占領するからダメだって言われたんだ。
あと、「Thriller」もプレイするのが好きだ。シンプルなビートなんだけど、すごくグルーヴする。
グルーヴがシンプルだとエモーションを加える余地が増すし、それが曲を盛り上げるんだよ。
私はシンプルなビートが好きなんだよ。「Billie Jean」みたいなね。これもマイケルとプレイすると楽しい曲なんだよ。今では思い出となってしまったけど・・・・・・。
「Billie Jean」の出だしはドラムと彼のダンス
マイケルが逝ってしまって私はダンスのパートナーを失ってしまった気分なんだ。
「Billie Jean」の出だしはドラムと彼のダンスだ。帽子、ジャケット、手袋、ブリーフケースという小物と一緒に彼が踊る。さらに曲の終わりでも、彼と私の2人だけで、2分、3分、彼の気分が乗っていると4分間、2拍と4拍のビートだけをプレイする。そのときは全身全霊を傾けてビートを叩き、彼がそのときに踊りたいと思う最も素晴らしく、息を呑むほどのリズミックなダンスやパフォーマンスをするようにしかけるんだ。
「Billie Jean」の終わりはマイケルと私の2人きり。世の中の他のことなんて一切関係なくなるんだよ。でも彼はもう帰ってこない。本当にダンスのパートナーを失った気分だし、彼と一緒にプレイしたような気持ちでこの曲を演奏するようなことは二度とないと思う
☆マイケルと一緒の時間を過ごすのはどんな感じでしたか?
あれだけの才能の持ち主と過ごすのは本当に素晴らしいことだよ。彼から天賦の才能が溢れ出てくるのを感じたね。彼がその場にいることはたいていの人にとって落ち着かないことなんだ。だって地球上の誰とも違う人間の横に居られるんだよ。
彼は正真正銘 創造主と魂でつながっていた人間だ。映画でも言っているけど、数世紀に一度、神が人間として生きる道を示すために指導者を送ってくる。マイケルは私達の時代の指導者だと思うね。彼はその才能をもって人々を導くために生を受けたと思う。
彼の人間性や人々に対する心遣いや、世界や地球や子供たちに対する心遣いを見ていればわかる。
マイケルの人生は現実に起こった最もディズニーのおとぎ話の近いものだと思う。
ウォルト・ディズニーにはマイケルの人生みたいな話を書くことなんてできなかっただろうし、ドリームワークスだって彼のような人生を夢にすらみなかっただろうと思う。
彼の人生は本当にユニークだし、本当に不世出の存在だし、人間性の冠につく宝石だった。
みんなが知らないことは、彼がどれだけの犠牲を払い、どれだけの金銭や時間を人に対して費やしていたかということ。
彼は密かに何度も病院を訪問して、死に瀕した子供や障害を持つ子供と時間を過ごしていた。
老人ホームや傷ついた軍人などにもたくさん訪問していたけど、すべてが密かに行なわれ、世間の注目を集めることを嫌ったんだ。
彼が寄付した額は膨大なもので、自分の収入から3億ドル寄付したことがあった。さらにビクトリー・ツアーでの彼の取り分の500万ドルを全部寄付した。
毎晩ステージに立って、汗まみれで歌い、踊り、クルクル回り、自分のヒザを痛め、熱い照明の下でクタクタになったのに、それを無料でやっていたんだよ。どこの企業のCEOが自ら進んで外に出て、無料でヒザや腰を痛めるくらい必死に仕事をするだろうか?
マイケルは本当に特別で、誤解され、まともな扱いを受けられなかった人間だった。彼を誤解して非難した人達というのは、自分が住んでいる世界に良い人間がいないからマイケルの純粋な人間性を信じられなかったんだよ。
彼には何百万というファンがいたけど、世界中の人々は彼のそういう面を見落としていたと思う。彼は生まれてきた目的を果たし、役割を終えた。彼はやるべきことをしっかりとやったと思う。だって彼の死を悲しむ人が世界中のあちこちに何百万といたし、敵対している国にすら悲しむ人がたくさんいたんだから。私も今でも深い悲しみが癒えない。事実だとわかっていても、未だに理解できないし、信じられない。
私の魂の一部も彼と一緒に消えてしまったよ。彼の魂と私の魂には似ているところがあったからね。彼は国宝だった。現実と向き合う努力はしているけど、ついつい泣いてしまう。今でも私の心に大きな陰を残しているんだ・・・・・。
私がクリックを聴き逃したらコンサートはそこで終了してしまう
☆「THIS IS IT」のときのモニター・システムはどうなっていたのですか?
リハーサルではキャビネットを使っている。
そっちの方が好きなんだ。イヤフォン・モニターよりもアンビエント・サウンドを使う方が好きなんだよ。音によって空気が動くのが好きだし、18”のサブ・ウーファーが動くと空気が自分の身体を通り抜けるのを感じるんだ。
音を聴くだけじゃなくてサブ・ウーファーからの圧で空気に後ろから押されると音をさらに実感するのさ。
それと一緒にキャビネットがあり、その上にホーンがあるから、空気の動きはすごいよ。身体に当たる扇風機のようにウーファーからの空気を感じると、私のプレイは100%増しで良くなる。
空気のエネルギーが私を興奮させるんだ。
イヤフォン・モニターだと音は目と脳みその間でしか聴こえないから心臓で音を体感できない。全部頭の中だからね。確かに音はクリアに聴こえるけど、物理的な感覚はないのさ。
だからリハーサルではキャビネットの方がいい。
でも、ツアーではステージ上の音はすべてクリーンにしたかったから、イヤフォン・モニターに慣れる必要があったのさ。
☆モニターから聴こえる音は何ですか?
クリックに合わせてプレイする場合には、何よりもクリックの音が必要だ。それも大音量で。私のクリック音の大きさを聴いたら、誰でもステージのそでに逃げちゃうと思うね。でもね、ステージ上で聴こえる音楽や楽器の音がそれだけデカイということなんだ。
それにクリッツクは最も意識を集中しないといけないものだ。マイケルのコンサートはビデオも振り付けもアレンジもすべてクリックで展開されるから。
もし私がクリックを聴き逃したらコンサートはそこで終了してしまう。クリックの音の下には自分のドラム音のミックスが聴こえるよ。
このミックスはキックとスネアとハイハットがメインで、タムとシンバルが少しだ。で、ドラム・ミックス下にはベース。ベーシストとはガッチリ合体しないといけないからね。ベース音の下にはマイケルの歌声、その下にかぐわしいコードを聴くためのキーボードをブレンドしたもの。キーボードのコードで曲が何か、どこを弾いているのかがわかる。キーボードの下にギターが少々、その下にバックコーラス少々となっているよ。
クリック音はどんなものですか?
ドラム・マシンかドラム・サンプルのクロス・スティックの音が好きだ。これだと私が実際叩いている音も含め音楽に埋もれないし、音楽のフリーケンシーを邪魔することもない。
クロス・スティック音には軽く低中音のタッチを加えるんだ。その方が音に重みと存在感が出るから。また最高音のタッチも少しだけ加えてクリアさとシャープなエッジを出すようにする。
このバランスの音だと私の意識が真っ先にクリックに向かうのさ。
使っているドラムはDWですよね?
うん。今回のために、特別なキットを作ってくれたんだ。このキットを見た人は全員驚いたね、マイケルなんて同じキットがほしいと言い出して、その場面がDVDの特典映像に収められている。
マイケルがキットを指さしていて、声は聞こえないけど、実は「これと同じキット僕にも作ってくれ。手配できるかな?」と私に話しているのさ。このDWのキットはキックが3つで、私がデザインしたジブラルタル・ラックで組んでいるんだ。
マイケルが「君は僕のドラマーだからね」と言ってくれた
あれは私の人生の中で最高の瞬間の1つだ
2人の本能がつながったというか
僕たちは一緒にプレイする運命だったんだと思う
マイケルのドラマーになる
そのために私は生まれてきたと思う
あなたの成長期にマイケルのツアーに抜擢されたようですが、彼のようなコンサートでプレイできる下地はどのように作られていったのでしょうか?またその要因はなんだと思いますか?
たぶん感情的な側面の成熟だと思う。どんな人にもそれ相当の感情の深みとか、魂の深みが与えられていると思うんだ。
マイケルやスティーヴィー・ワンダー、アレサ・フランクリンなどは普通の人達よりももっと深い感情と魂を持っている。
私にも深い感情と魂が与えられている気がするし、普通の人達よりも感受性が強いんだ。子供の頃にプレイの仕方を覚えているとき、いろいろと感じることが多かった。
レコードを聴いているうちに「これはエッジをシャープにしたらもっとダイナミックになる」とか、「ここの音はクリーンにして」とか「この残存音はいらない」とか、もっと良くする方法に気づいたんだよ。
そういう感受性を長年養ってきたから、深みやシャープさを感じるし、マイケルが感じていた感覚と平行するようなエッジを感じることができた。マイケルと私の成長期は平行していたんだ。
きっと私は彼のドラマーになるために生まれてきたと思うし、ある日神が私達を結びつけた。というのも、彼と初めて一緒にプレイした瞬間から彼を感じることができたから。
最初のコンサートのあと、マイケルが楽屋に私を呼んだんだ。
私はとても緊張して、きっと何か重大な間違いをしでかして、クビになるんだろうと思った。
そして彼の楽屋に向かう途中、その夜のプレイを全部頭の中で思い返していたんだ。
それはいつ頃、どこでの話ですか?
1979年オハイオ州クリーヴランドでのことだよ。2月21日にマイケルのオーディションに受かったし、ちょうど31歳になったときだった。
あれは私にとってプロになって最初のツアーで、3日間で演奏曲、ダンス、アクセントなどのすべてを覚えて精度を高めないといけなかったね。
だから、初日が終わって彼の部屋に呼ばれたときは、頭の中では自分の犯した間違いばかり考えていて、彼の部屋への道のりが果てしなく感じたよ。
彼の部屋の前に行き、不安でいっぱいでノックした。
彼はドアを開け「フット、入って」と招き入れて、「ねぇ、どうして僕の次の動きがあんなにわかるの?」と訊ねてきた。私は「次の動きって?」と聞き返しながら、”ああ、コンサートを台なしにしちまったに違いない”と思ったね。
彼は、「ほら、僕がスピンして止まる所。どうしてあれをやるって思ったの?」と言った。
私は「ああ、あれは君を注意深く見ていたら、そう感じたんだよ。どうしてかわからないけど、感じたんだよ」と答えた。
彼は「本当に?じゃあこうやった後で腕を上げたときは?」と言いながら振り付けを見せてくれて、「あのときの君の音はあの動きに合う完璧な音だったよ。どうしてあの音だってわかったの?」と聞いてきた。
私は「どうしてかはわからないけど、そう感じたんだよ。まるでケーブルで直結しているような感じで、君のすべての動きが瞬時にわかるし、即座に反応できるし・・・・・とにかく注意深く見ていたんだ。あの肩の動きを見るときには、あの動きがどんなふうに終わるのかがわかるし、自分がどんな音でどんなふうにプレイしたのかがわかる。理由は謎なんだけど」と答えた。
彼は「今まであんな音であんなプレイをした人はいないよ。1人もね。だから君がどうして僕の動きが全部わかって、あんなプレイをしたのか不思議だった。最初から終わりまで本当にコンサート全部、君のプレイも音も僕の動きに完璧に合っていたから、どうしてか知りたかったんだ」と言った。
同期ケーブルが私達の間にあるようだったし、ケミストリーが働いたって感じで、私も説明できなかったね。だから彼には自分が感じたことを伝えるしかなかった。
不安だったあなたにとって魔法の言葉だったでしょうね?
本当にそうだった。だってクビを覚悟していたんだから。彼の言葉を聞いてとても興奮したし、鳥肌が立ったよ。自分の想像を遥かに上回る出来事だったから。
マイケルは”「今夜は素晴らしかったし、いつもそんなふうに叩いてね。ほんと、すごい。君は僕のドラマーだよ。君は僕のドラマーだからね」と言ってくれた。
あれは私の人生の中で最高の瞬間の1つだ。2人の本能がつながったというか僕たちは一緒にプレイする運命だったんだと思う。
彼ドラマになるために生まれてきたと本気で思った。本当に幸福だと感じている。
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Jonathanのクリニックでの映像です。
ロスとオーストラリアで叩いてくれています。
IMMORTALの後、またこういうのをやってくれないかなぁ・・・
そして、JonathanのMichaelへのトリビュートSongと、メッセージです。
『Flame: For The L.O.V.E. of MJ』は、13年前、友達と書いていた曲で、僕がボーカルをやったバージョンなんです。
詞は全部僕が書いたものですが、そのコンセプトは僕が心の内に感じているある場所にちなんだものです。偶然わかっていたことのように過ごしてきたけれど 本当の意味を震えるような感情で、僕とマイケルの長年の関係を理解するようになるとは思ってもみなかったんです。
何年も後、彼を失ったことで、この曲は現実味を帯びたものになりました。数百万の、いえ数十億人のMJファンも、この曲の歌詞や感情を理解してくれると僕は本当によくわかっています。
僕の人生の半分以上はマイケルとともにいたし、マイケルと一緒にやってきました。僕らは歴史(HIStory)を共有してるのです。
僕らがステージで『魂がよび合っている』という魔法のように感じていたものかもしれない。僕は不思議な力で彼の心や魂を理解できていたんです。まるでロープでつながってるみたいにね。ダンスの微妙な動きの変化で僕はそれを感じることができたし、無意識にそれを音やアクセントに表すことができたんです。どうやっても説明できないことですが、ショーでは毎晩起こったことでした。多分神様が僕たちに与えて下さったのでしょう。
マイケルが亡くなった時、ダンスのパートナーを失くしたと言ったのはこういう理由からです。本当に彼をなくし寂しい。
この曲が、史上最も偉大なるエンタテイナーへの捧げものです。
その名誉に、栄光を褒め称えるようにと 僕は感じ望んでいます。
世界が今までに知りえた中で最も偉大な慈善家の一人。彼の短い人生の最後の25年間、地球上でもっともパワフルな男だった。彼のパワーは愛でした。愛、これに勝つものはありません!
あなた方すべてに最愛を!