親戚がいる避難所(ビッグパレット福島)へ行ってきました。
おはようございます(*´ω`)ノ
なかなかコメント返しができなくてごめんなさい(*つω-*)
親戚のおばさん・おじさんが福島第一原子力発電所事故により避難してます。
80歳を超えてるので携帯電話とかも持ってないし避難所の公衆電話も1分以内との事でなかなか話ができない(*´Д`)=з
最近はだいぶ落ち着いているみたいなので一度行って話をしようと行ってきました。
ルートは常磐道⇒磐越道です。
常磐自動車道
水戸インターまではいつもの常磐道です。
日立インターを超えると車の台数は激減します。(上り方面は普通ですね)
いわきジャンクション付近
親戚の家へ行く時は常磐道の終点まで行く必要があるんですが通行止め。風景は変わらないのに不思議な気分。
水戸北~磐越まで通行する方は十分ご注意ください。
地震により凹凸があります。現在も工事中箇所多数ありました。
磐越自動車道~
いつもと同じ風景・・・です周囲に車の姿がありません。
福島原発から首都圏へ伸びる送電網
磐越自動車道でも地震による凹凸が激しくいたるところで修理中でした。
80kでもジャンプするくらい強烈に地割れしてる箇所もありました、
途中阿武隈高原SAで昼食をとりました。
福島名物で大好きな喜多方ラーメンが復興サービスで安かった( ゚д゚)
店内は静まり返っており店員さんの表情も暗かったです(*つω-*)
遠くに磐梯山?安達太良山?が見えます。
まだ雪が残っており非常に美しい風景です。
三春の桜も間もなく見ごろでしょうか・・・・
郡山市内
郡山市内ではかなり交通量がありました。
避難所の撮影はしませんでした(´・ω・`;)
そういう空気ではないです・・・(-_-;)
親戚は畳1畳ほどの場所にでダンボールで壁を築き寝食していました。
久々に無事な姿を見て安堵しました。
ビッグパレットには川内村・富岡町合わせて2000人が避難しているとの事です。案内していただいた方は九州の自治体から応援に来た方です。
外には自衛隊のお風呂がありました。
内部は通路もホールも全て人で埋まってます。
プライバシーはありません。(ダンボールでパーテーションを作ってました)
長期間このままでは精神衛生上も身体的にもよくないと思います。
配給されるのはパンや冷たいオニギリを食べており週に何度か炊き出しがあると言ってました。
温泉等へ移動した方もいるそうです。
進まない復興・ひどくなる一方の原発・忘れられていくのではないかという恐怖感があると涙を流しました。
おばさんとおじさんに茨城へ避難しようと伝えましたが2人で相談し悩みに悩んで残る決心をしたようです。
別れ際には来てくれてありがとう。と涙を流していました(*つω-*)
ドジパパは何かあったら遠慮なく電話してほしいと伝え茨城へ戻りました。
避難所でドジパパの知り合いの方に話を聞いたみた・・・・
1.発電所が落ち着いて戻れたとしても今後10年程度原発近隣の農作物は売れないのではないか?
2.町・村ごと他の地域へ移動させられる(強制的に)のではないか?
3.最近やっとTV局が来て報道してくれたが忘れられていくのがつらい。
4.原発があったから地域が発展した。
核燃料税等により巨額なお金が降りたのだからしょうがない・・・・リスクを買ったのだから と割り切ってた人も
5.絶対に事故はおきない。と信じていたし言われていたのに。
6.地震後避難所内の時計は止まったまま。先が見えない。
7.原発が落ち着いたとしても先は見えない。原発関連企業で働く人も多く廃炉により職が無くなるのではないか?
- 知っておきたいエネルギーの基礎知識 光・電気・火力・水力から原子力まで各種エネルギーを徹底解説.../齋藤 勝裕
- ¥1,000
- Amazon.co.jp
- 次世代に伝えたい原子力重大事件&エピソード―これを知らなきゃ原子力は語れない/飯高 季雄
- ¥2,310
- Amazon.co.jp


(この先の常磐道は現在も通行止めになっています)






