幕末の勘定奉行・川路聖謨を軸に時代を描いた歴史小説でした。

ペリー来航以来、幕府は右往左往していただけの印象を持っていましたが、なかなか当時の国力という限界があるなか、幕府もそれなりに対処していたんですね。

ただし、準備期間があまりにも遅かったのと、泰平の世に慣れ過ぎて日本国中で危機感を共有できなかったのが幕府の限界でもありました。

それにしても主人公の川路聖謨(かわじ・としあきら)、大した人物として描かれています。

彼の業績からしても、この小説に描かれていたような人物と想像させられました。

使命を忠実に、勤勉にまっとうする、交渉においても誠実に騙すような事はしない。

この時代では老人に分類される年齢で、江戸から下田まで下田から戸田、江戸から京都とその健脚と仕事には恐れ入りました。

今のネット社会と違って、人力中心の江戸時代でも飛脚など各自が全力で職務を全うしている事に頭が下がる思いでした。

ご先祖様たちもやるべき事をしっかり果たしていたんだなと感慨に耽りました。

川路の交渉相手のロシアのプチャーチンも大した人物だと感心しました。

数年に渡り、ロシアを離れて船は難破(地震による津波)。

帰国できなくなったプチャーチン一行が下田を訪れたフランス船を襲い、フランス人を皆殺しにして船を乗っ取るぞと戸田から下田に急ぐ、そんな事もあろうかとさっさと逃げるフランス船、クリミア戦争で争っていた両国とはいえこの時代らしさも感じました。

ロシア人と日本人が協力して難破沈没したロシア船の代わりの船を沼津で、建造していたとは知りませんでした。

この小説には幕府について色々教えてもらいました。

・人材登用(家柄が全て、でもなかった)

・統制のとれた命令、報告システム

・結果に対する報酬

 

幕末はTVドラマ等での印象が強すぎて、この時代の幕府は右往左往するだけという歴史観に毒されていたんだなと思わせてくれた小説でした。

それにしても川路聖謨の晩年も印象的でした、妻が家を守るために夫に子を産ませる女性を用意するという所に今とは違う倫理観を思い知らされました。

川路の最期も強烈でした、こんな死に方をしたとは事の良し悪しは別に頭が下げります。

口では勇ましい事は言っても、幕府の最期に自分の人生の最期を合わせる人はこの川路さんだけだったのかもしれません。

出番が亡くなった、後は周りに迷惑をかける半身不随の老人の死に方としては潔さの極地でしょう。

「老人は自決しろ」といった人は川路聖謨の最期を知っていたんでしょうね。

 

良い本に、良い人に巡り合えました。

次はプッチャーチン側からの本も読んでみたくなりました。

 

最期に、“かわじとしあきら” > 「川路聖謨」 は何の問題もなく変換できました。

これも嬉しい驚きでした。