27歳 初夏
「コラァ!何で降りて来るねん!」
「だって店忙しいやん!」
「アホか!その大きいお腹でウロウロされたら余計に邪魔じゃ。」
「何よ!そんな言い方せんでもいいでしょ!」
久しぶりに太平軒に明人と結衣の口喧嘩が響いた。
臨月に到った結衣は出産のため太平軒に里帰りしていた。
「明人、ええかげんにしなさい。」
「結衣も大事な時期やねんから、店のことは気にせんでええの。」
「は~い。」
綾子にたしなめられ声を揃えて返事をするのも久しぶりである。
「今のお前の仕事は元気な赤ちゃんを産むことやねんからな。」
「2階でおとなしいしとき。」
「そうそう。」
博の言葉に明人も相槌をうった。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね。」
結衣はそう言うと階段を昇っていった。
明人はその後姿に少しだけ寂しさを感じた。
「ちょっとええか?」
「うん、開いてるよ。」
夕食後、明人は結衣の部屋を訪ねた。
「どうしたん?」
「いや別にどうもせえへんけど・・・・・・」
明人はしばらく考えた込んだ後
「純一さんとうまいこといってないの?」
おもいきって尋ねてみた。
結衣は一瞬ビックリした表情をしそれから軽く首を振った。
「心配かけてごめん。」
「うまいこといってないわけやないの。」
「ただ仕事が忙しすぎて家に帰って来られへんときも多いから。」
「ちょっと寂しいかなって。」
「まあ、私のわがまま。」
「純一さん、私と生まれて来る子供のために一生懸命働いてくれてるのに。」
「そっか、会社勤めもたいへんやな。」
明人は納得したようにうなずいた。
「ところでお腹すいてないか?」
「えっ!」
「さっきあんまり食べてなかったやろ?」
「うん、まあ、でも遅い時間に食べたらええことないから。」
「それやったら中華粥作ってきたるわ、それやったらだいじょうぶやろ。」
「う、うん。」
「ちょっと待っとけよ。」
明人は立ち上がって部屋を出ようとした。
「明人!」
「何?」
「ありがとう!」
明人は少し照れたような顔をし
「アホ!」
短くつぶやいた。
それから1週間後、結衣は元気な男の子を出産した。
博が名前を考え、雄介(ゆうすけ)と名付けられた。