日が傾き始めた頃


「結衣、結衣。」


「結衣の気持ちは充分にわかったから、もう泣かんでええよ。」


「みんな待ってるからうちに帰ろう。」


「なっ、結衣、顔上げて。」


明人は結衣に優しく呼びかけた。


結衣もかなりの時間泣いていたので、少しは気持ちも静まったのかゆっくり顔を上げ


「うん。」


短く答えた。


結衣は明人の腕に自分の腕を絡ませピタリと寄り添った。


それは残りわずかな時間、照れも恥ずかしさもなく明人とずっと一緒にいたいと願う結衣の気持ちの表れであった。


明人は多少照れ臭かったが、今の結衣の状態では無理にやめさせることもできずそのまま太平軒まで歩いて帰った。


「ただいま。」


明人が太平軒の扉を開けると


「遅かったやないか!」


「心配するやないの。」


博と綾子が矢継ぎ早に声をかけてきた。


「どないしたん?何かあったん?」


明人と腕を組みピタリと寄り添う結衣を見て直子が驚きの声を出した。


「あ、いや、まあ、いろいろあって・・・・・・・・」


明人は照れ臭そうに頭をかいた。


「それより明人、お前本気か?」


博が興奮気味に明人に近寄って来た。


「もちろん、本気です。」


明人はしっかりと博の目を見て返事をした。


「そうか、ありがとう、おっちゃんこんなうれしいことないわ。」


博は明人とがっちり握手をした。


それを見ていた結衣は不思議に思い


「いったい何のこと?」


博は意外そうな顔をした。


「何や、明人から聞いてなかったんか?」


「実は明人、高校卒業したらこの店継いでくれるんや。」


「ええっー!そ、それやったらアメリカはどうするのよ。」


「しゃあから、明人はここに残るんや。」


「な、な、な、なんでー!」


結衣は大声をあげ、明人から腕を離した。


そして泣き腫らした目で明人を睨み


「何で早よ言うてくれへんかったんよ!」


明人はさすがにバツが悪そうに


「だってお前いきなりわんわん泣きだすからついつい言いそびれて・・・・・・・・・・」


「って、それを先に言うてくれたら泣かんですんだんやないの!このアホ!」


結衣は明人の向う脛をおもいっきり蹴りあげた。


「いったー!何すんねん!」


「何すんねんやない!このバカ!乙女の純情な涙返せ!」


「し、知るか!ボケ!そっちが勝手にピーピー泣いてたんやないか!」


「何よ!その言い草は!」


今度はカバンで明人の頭を殴った。


「いったー!だから暴力振るうな!」


「うるさい!」


「結衣!」


「ええかげんにしなさい!」


博と綾子が止めようとしたが


「ええやないの、2人共元気になったから。」


直子は感慨深そうに2人の喧嘩を眺めていた。