10歳 初夏
「ちょっと!明人(あきと)何すんのよ!」
「お前が消しゴム投げてくるからやろ!」
「お前って言わんとってくれる?」
「うっさい!バカ結衣(ゆい)。」
「何言うてんの?明人のほうがずっとバカやんか!」
「うっさい、ボケ!」
「ええかげんにせえ!お前ら2人ともうるさいわ!」
博(ひろし)の雷が落ち、2人とも口をつぐんだ。
「だって~」
結衣が不服そうにつぶやくと
「だってもあさってもない!喧嘩は2人とも悪い!」
もう1度どやされ結衣はうなだれた。
それを横でざまーみろと言わんばかりにはやし立てていた明人には
「明人!お前晩ごはん抜きでええねんな!」
彼にとって最もつらい罰が与えられようとしていた。
明人は真っ青になり
「おっちゃん、ごめんなさい、もうしません。」
懸命に謝った。
博はそれを聞くとやっと満足し
「わかってるやろうな、今度喧嘩したらつまみ出すからな!」
「もちろん晩ごはんは抜きでな!」
「わかったか!」
「は~い。」
明人と結衣は声をそろえて返事をした。
ここは下町にある大衆中華料理店「太平軒」の2階、飯田(いいだ) 博の住居である。
そこで博の娘結衣とそのイトコ川村明人がいっしょに勉強をしていた。
結衣の母綾子と明人の母直子が姉妹である。
直子がこの太平軒で働いているため、明人は小さい頃から家にいるよりここで過ごす方が多かった。
そのため共に1人っ子の明人と結衣は兄妹同然に育ってきた。
しかしそうは言っても現在小学校5年生で同い年の2人は顔を合わすたびに喧嘩をしていた。
「明人、結衣、ちょっと手伝って~」
しばらくすると下から明人の母、直子の声が聞こえてきた。
ここ太平軒は今で言うデカ盛りで有名な店である。
とにかくどんなメニューでも超大盛りで安かった。
それが評判を呼び、店は連日大忙しである。
ピーク時は猫の手も借りたいほどの忙しさとなり、その頃になると明人と結衣は出来上がった料理を運んだりお皿を下げたりする手伝いをするのが日課となっていた。