「晶ちゃ~ん。」


晶が道場の敷地内に自転車をとめていると同じ敷地内にある住宅から中年女性が顔を覗かせ手招きしていた。


拳の母親、神明真紀子である。


「こんにちわ、おばさん。」


晶はそちらの方に歩いて行きながら真紀子にあいさつした。


真紀子は玄関先で晶を出迎えると


「ありがとうね、晶ちゃん。」


いきなり礼を述べた。


「はぁ、何のことですか?」


晶には礼を述べられる心当たりが一切ない。


「また、また。」


真紀子は晶が遠慮していると思っているようだ。


「そうやなくてホンマにわかんないんですけど・・・・・・・・・」


晶は困惑していた。


「拳のことよ。」


「拳・・・・・・くんの?」


「そうそう。」


真紀子は大きくうなずいたが、晶は余計困惑してしまった。


仕方なく真紀子はいきさつを説明した。


「あの子ったら今まで家の用事なんてぜんぜん手伝ってくれたこともなかったのに・・・・・・・・・」


「急にあれこれ手伝ってくれるようになったの。」


「おまけに自分の部屋もきちんと掃除するようになったし。」


「うちの人はそんなこといちいち注意する人やないし・・・・・・・・・」


「となったら後は晶ちゃんだけやから。」


「あの子に注意してくれるのん。」


「でも・・・・・・・・・・」


「ちがうかったの?」


今度は真紀子が困惑気味に晶に尋ねた。


「はぁ、私、そんなん注意したことないです。」


「そう・・・・・・・・・・」


てっきり晶のおかげと思いこんでいた真紀子は納得のいかない表情である。


「あの子なんか悪いもんでも食べたんかしら?」


「それとも頭打ったとか?」


真紀子の言いように吹き出しそうになる晶であったが何とかこらえ


「あっ、私それとなく聞いてみます。」


「そう?そうしてくれる?」


「はい。」


晶はしっかりとうなずいた。


「ええ方向に変わってくれてるからええねんけどね、急やったから気になってね。」


真紀子なりには一応、心配しているようである。