ゼッケン番号と名前が呼ばれ、悟がリングの上に上った。
同じく隆俊も上ってくる。
その表情は今までにないほどきびしいものであった。
それは単に集中力の問題ではなかった。
互いに礼を交わしたとき、ものすごい目で睨まれた。
まるで悟を憎んでいるかのように。
悟には理由がわからなかった。
だが考えている余裕はない。
すぐに試合が始まった。
隆俊はものすごい勢いで攻め立ててきた。
その拳には殺意すら感じた。
悟も必死で応戦した。
しかし最初に隆俊の目を見て戸惑った時点で勝負は決まっていた。
本戦はなんとか引き分けに持ち込んだが、延長戦に入ると徐々にローキックが利きはじめてきた。
脚に注意がいったところにボディーブロウが決まった。
悟は何とか踏ん張ったが、そこにパンチの連打がきた。
前かがみになり何とかボディはガードできたが、次の瞬間悟の頭は横に振られていた。
狙い済ました隆俊の膝が悟のこめかみに直撃した。
悟は一瞬、動きが止まりそのまま崩れ落ちるように倒れていった。
準決勝ではめずらしいほどの見事なKO劇であった。
倒れた悟はピクリとも動かない。
すぐに試合が止められ担架が呼ばれた。
悟は担架に乗せられ運ばれていった。
その様子を瞳は真っ青になり、ブルブル震えながら見ていた。
「だいじょうぶ?」
横にいるゆかりが軽く瞳の肩を揺すった。
ショックで座ったまま気を失うのではないかと心配したのだ。
「う、うん、だいじょうぶ。」
瞳は蚊の鳴くような声で答えゆっくり立ち上がった。
「ちょっと行ってくる。」
そのままおぼつかない足取りで歩き出した。
「だいじょうぶ?ついて行こうか?」
ゆかりは心配したが
「ううん、1人でいい。」
瞳はそう答えると悟が運ばれた方へ向かった。
歩きながら瞳は考えていた。
最初見たとき悟たちは本当に仲が良さそうに見えた。
大人の世界のように裏が有るとは思えない。
それだけに隆俊の行動は不可思議だった。
いくら勝負とはいえ、普段弟のようにかわいがっている悟にあそこまでやる必要があったのか?
その答えは皮肉にもすぐに判明した。
通路に出て医務室を見つけるとその前に隆俊が立っていた。
「悟くんはだいじょうぶなんですか?」
瞳が早口で訊くと
隆俊はゆっくりとうなずき
「はい、もう意識は戻ってます。」
「軽い脳震盪だったみたいです、心配はありません。」
「そう、よかった。」
瞳はとりあえず安心した。
「中に入ってもいいですか?」
瞳がそう言って部屋の前に行こうとするのを隆俊が遮った。
「?」
「すいません、今、千尋が付き添ってるんで2人きりにしてやってくれませんか?」
言い方は穏やかであったが、決して通さないという強い意思が感じられた。
それで瞳は何となく合点がいった。