その日、瞳は父親の夢を見た。


といっても瞳は父親のことを知らない。


物心がついたとき、すでに父親はいなかった。


それでも夢の中で自分を背負っていた大きくて暖かな背中は父親のものだと思えた。


目が覚めるとすっかり夜が明けていた。


テーブルの上には書置きがあった。


「眠られたようなので帰ります。


鍵はオートロックだからそのまま行きます。」


昨日の男性が残していったものだ。


瞳はシャワーから出てきたあと、すぐにベッドにもぐりこんだ。


そしてふとんから手を出すと


「握ってて。」


男性に頼んだ。


男性はうなずくと瞳の手をやさしく握った。


瞳はそうしてもらうと安心して眠りにつくことができた。


だが・・・・・・・・・・・・・


今、起きてみて自分は何てことをしてしまったんだろうと後悔した。


昨日の状況では助けてくれたあの男性が獣に変身していてもおかしくはなかった。


幸い彼は本当に良い人で何もなかったから良かったようなものの、何という迂闊な行動だろう。


それにありがとうの一言も言っていなかった。


危ないところを助けてもらったうえに、あれだけ世話をかけておきながらである。


しかし・・・・・・・・・・


よくよく考えてみれば彼のことは何も聞いていなかった。


名前はもちろん住んでいる場所も。


おそらくは近所に住んでいるはずだが、それでも何も手がかりがない状態では探しようがなかった。


瞳はしばらくうつむいて考え込んでいたが、思い直したように顔をあげた。


自分は今まで他人の前で感情をむき出しにして泣いたこともないし、甘えたこともなかった。


それなのに初対面の男性の前であんな醜態をさらしてしまった。


おまけに昨日の男性はどう考えても年下だったような気がする。


年下男性に子供のように甘える自分・・・・・・・・・・・・・


そのことを考えると顔から火が出るほど恥ずかしかった。


礼を言わなかったことは心苦しいが相手の素性もわからないし、この際忘れてしまおう。


昨日の彼にはこちらの家も知られているが、おかしな行動は取らないだろう。


もしそんなことをする人間なら、昨日の段階で襲われていただろうから。


瞳はそう自分を納得させ、ベッドから降りようとした。


そのときふと夢のことが頭をよぎった。


あんな夢を見たのは昨日、あの男性に背負われたからだろう。


本当に大きくて暖かい背中だった。


しばらく物思いにふけっていたが、急に思い出したように頭を振った。


「あかん、あかん。」


昨日のことは全て忘れるに越したことはない。


それが一番いいに決まっている。


瞳はもう1度自分に言い聞かせ立ち上がった。