「デブ、キモいんじゃ!」


「あっちいけ!」


また教室の片隅で香澄がいじめられていた。


守はわかっていたが、あえて無視した。


いや無視しているのは、守だけではなかった。


クラスメートは全員無視していた。


長沢香澄はちょっぴり太めの女の子である。


おまけに視力も悪く、低学年のときから牛乳瓶の底のようなメガネをかけていた。


意地悪な男子にとっては、格好の標的である。


小西守はそんな香澄と1年のときからずっと同じクラスだった。


3年のとき、1度だけ香澄を助けたことがあった。


だがそのせいで守もいじめの対象になった。


担任の先生に助けを求めたこともあったが、先生の前では皆すぐに謝り2度といじめはしないと誓うが陰に回れば同じだった。


それどころかさらにいじめは激しくなった。


幸い肉体的に傷つけられるようなことは少なかったので、守はひたすら無視することに徹した。


そのまま学年が上り、守に対するいじめは次第になくなっていった。


だが、香澄に対するいじめは6年生になっても相変わらずである。


香澄は普段はおっとりしているが、ちょっとからかわれるとムキになって反応した。


この日も


「もう何でそんなこと言うのよ。」


「あんたらこそあっち行きーよ。」


いじめるほうはその反応がおもしろくて、さらにエスカレートさせていた。


「無視してりゃいいのに。」


守は心の中で思っていた。


いつもならこのままからかわれ続け香澄が泣き出しておしまいなのだが、この日はなぜか香澄が1人の男子を平手で叩いた。


叩かれた相手は激高し


「何するんじゃ!このデブ!」


香澄を拳で殴りつけた。


香澄は壁にぶつかりメガネが飛んだ。


殴りつけた相手はそれでもまだ気がおさまらないのかさらに殴ろうとした。


それを守が止めた。


さすがに無視してはいられなかった。


「ええ加減にしとけ!」


「何じゃおまえ、かっこつけんな!」


相手は興奮冷めやらぬ状態で守に突っかかってきたが、さすがに周囲もやり過ぎを感じたのか


「これぐらいでええやん。」


「もうやめとけって。」


必死でなだめていた。


そのうち誰かが呼びに行ったようで、先生がやったきた。


これでようやく騒ぎは収まった。


この事件でいじめは表沙汰になり、何より香澄の親が顔を拳で殴られたことに激怒し学校といじめグループ、その親に猛抗議した。


これによって休み時間でも先生が教室を覗くようになり、完全にいじめはなくなった。


しかし香澄の親は公立学校に嫌気がさし、香澄は中学から私立の女子校に通うようになった。


それから8年後。


成人式の会場で守は旧友たちと再会していた。


工業高校に進学し、家業の町工場を継いだ守にとっては若者の中に混じるのは久しぶりの経験である。


とくに男子校だったため、女子と話せるのは新鮮だった。


そんな中ひときわ目を引く女の子がいた。


美しい顔立ちに抜群のスタイル。


「あれ誰?」


「あんな子いたっけ?」


「イベントで呼ばれたモデルじゃないの?」


皆、口々に言い合っていた。


その女の子は守たちのほうを見ると近づいてきた。


「やっと見つけた、小西くん!」


「はい?」


守は意味がわからなかった。


「えーっとどこかでお会いしましたっけ?」


守が首を捻りながら答えると


女の子はフフッと笑い


「香澄です、長沢香澄、小学校のときずっといっしょやった。」


「ええっー!」


その驚きは守だけでなく周囲もである。


守はなんて言っていいのかわからずに


「ず、ずいぶん痩せたね。」


「うん、痩せてキレイになりたかったから。」


「そうなんや。」


「でも8年もかかちゃった。」


「いやそれでもすごいよ。」


「でも・・・・・・・・・・」


「でも何?」


「小西くん、彼女いてるんでしょ?」


「えっ!・・・・・・・・・・・・・」


守は驚いた。


まさか彼女が痩せてキレイになりたかった理由は・・・・・・・・・・・・・


守は恐る恐る


「か、彼女はいてないよ。」


「ホント!」


香澄の顔がぱっと明るくなり


「じゃ、じゃあ、もしよかったら私と付き合ってもらえませんか?」


守はあまりにも降って湧いたような幸せに気を失いそうだった。



                  END