あの曲が思い出せない。

さっきから耳の中で繰り返す歌詞の無いあの曲。

あの曲の曲名が。

思い出せなくてイライラするんだよ。


心地いいあのメロディーは私のイライラなど無視して

頭の中でさわやかなアコスティックギターなど奏でてやがる。


こんなこと誰にも聞けないし、言えないじゃないか。


言えない、聞けない。

私の中で芽生えてしまったあの感情みたいに、

繰り返して消えてくれないんだ。頭の中で。


いっそみんな私のことなんか嫌いになればいいよ。


こんなことほんとうにべつにどうってことない。

私からすきだって言ったら

どうなっちゃうんだろう。


今もってる「甘いもの」

全部無くす勇気あるのか?自分

絶品のキスがきたい。

それも相当古典的にロマンティックな。


それを与えてくれるなら

相手は誰でもかまわない。


退屈してるんだよ。

今というゆるい安定に。


別にどうってことはない。

それは少し昔の、私の中学の卒業式の日だ。

多くの女子は朝、教室の中でお互いの制服に手を添えるしぐさなどしながら

いつもと変わらないように談笑していた。


私は時間がくるまで1Fにある3年生の教室がある校舎フロアの廊下を1組から6組まで、

つまり端から端まで壁に手を沿えてなぞりながらゆっくり歩いていた。

私はある決心がこころから揺らぐことが無いように、

”ヤツ”が現れるとき告げる言葉を、

心の中で何度もシュミレーションしていた。


しかし厳かな式が終わり体育館から戻り広いエントランスに出て写真を撮ると、

突然感極まるように半分の女子が泣き出した。


またね。またあえる?私を忘れないで。


この時期に流れる流行の歌に感情を揺さぶられただけでしょう?


別にどうってことはない。


田舎の公立の中学校だ。みな戸建の家に住まい、多くは何十年経とうともここが故郷になる。

会おうと思えば、戻ろうと思えば、いつでも会える、戻れる。この瞬間以外には。



”やつら”は笑いながら電車を降り、駅のホームを歩いていたと聞く。

同じリュックを背負い、まるで、小旅行にでも出るかのように。

しかし、その”クロス(分かれ道)”で奴らは行き先を別にして、

それぞれの駅に向かった。


【Apocalipticaと名乗るもの、なぜ泣くの?

私たちは”違う駅”から、”同じ目的地”に向かってるんだ。

もうじき”次の駅”だよ。実はね、奴らとはここで落ち合う約束を”生まれた時”からしてあるんだ。

怖いかって?

別にどうってことはないよ

いや、むしろ今喜びにあるれているよ、愛する人たちと共にもうじきその時を迎えるのだから、

全能アッラーの御心の最も近くで】


私は唱え続けていた、その言葉を。

”ヤツ”が目の前に来たときにボタンを強請る念術だ。


決してこれは明けられる日はこないだろうと思いながら、

作文と手にしたボタンは校庭の地中のどこかにタイムカプセルとして埋められた。

あの日も同じように世界の終わる日のことを考えていたから。


別にどうってことはない。


別にどうってことはない、たんなる思い出話だよ。


今頃やつら、”次の駅”で落ち合って、

お互いの旅の報告でもし合ってるとでもいうのか。

新しい世紀はもう訪れているというのに。


私には理解できない。





君だけをみているよってのは大変ありがたいお言葉であったが

私しか見えていない人に私を守りようがない。


言葉の世界はなんと無意味か。


なのでその彼にはご遠慮いただいただけのことだ。


私の美しい世界観に”色を持たない”人など必要ない。

さようなら。


悲しい痛みは残ったが別にどうってことはない。

これ以上飲んでも酔えそうもないし、

今日は雨音さえ眠気に誘ってくれないようだ・・・。


どうってことはない。


こんな日はむつかしい本を読む。

すぐに眠気がくるにちがいない(^^;


どこかにロシア語のジョン・ルカレがあったような・・・。