し‐る
知る
  1. 《五他》
    心でとらえる。
    • (他と区別して)その存在を認め、またはその情況や内容、意味・価値を、こうだとつかむ。
       「この苦労を―人がない」
    • 記憶にとめる。
       「―・っている人(=知人)に出会う」
    • 体験する。「酒の味を―」「苦労を―・らないお嬢様育ち」。習い覚えて身につける。
       「ロシア語を―・っている」

      (googleより引用)


ソクラテスは自分の無知を知ることが大事だと言ったみたい。

さいきんわたしは学びは疑問から自然と行われるものかなと思う
自分が抱く疑問に従って自ずと学ぶ欲求が出てくるはずだと。

その頃知識人と言われていた人たちは、問いを彼、ソクラテスから向けられて分かった、無知だということを

その問いが自分でできるかできないかは、とても重要なことだと思う


「知っている」という状態の定義は宇宙のように広い範囲だ

その頃の知識人だって、彼らが見る景色、もの、人の存在は「知って」いたはず。いや、認識していただけなのかな?

知ることと認識することは別物?

でも認識することは存在を「知る」ことと言えるんじゃないか

とにかく、「知」の深さについてとやかく言うのはナンセンスだと思う時がある

一人ひとり違う環境で生まれ育ったんだから、疑問に思うことも、何について詳しいかも、人それぞれ違うんだから。

でも!!!自分が存在のみを知っているものに対して、疑問を抱くことは大事だと思う。

あ、存在「のみ」にナンセンスさがあるじゃん。この二文字を使っただけで、「知」の範囲がその対象の存在までであることを否定しているようにも取れるな、、、

なんて難しいんだ。

おわり。