忘れられない授業
頭の悪い私が、
今でも覚えている授業がある。
当時、小学校5年生で11歳の時の記憶。
私の担任をしていた、新米教師は、
当時24歳だった。
とても美しく、とてもやさしく、
笑顔の絶えない皆の人気者の先生。
いつも笑顔の先生が、
初めて見せた真剣な顔。
『今から見せる写真は、
絶対に笑っちゃいけないからね。』
そんな前置きをして見せてくれた一冊の写真集。
写真に写っていたのは、
マネキンのように、坊主頭にされ、
全裸で積み上げられた
死体の山だった。
24歳の新米教師が、
この写真を生徒に見せるには、
それなりの覚悟をしたはずだ。
この写真が、私の中であまりにも
衝撃的なものだったからか、
この授業を今でも覚えている。
ポーランドを訪れたのも、
ここに来るためだった。
アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所
ユネスコは、二度と同じ過ちが起きないようにと、
負の世界遺産に認定した。
ここで起こった、出来事は、
事実と受け止めるのに、
かなりの時間がかかる。
収容所に送られて来た人々が持参した、
ブラシや靴。
めがねや、義足が取り上げられ
価値の高いものを倉庫へ保管した。
義足を取られた人に待っているのは、
間違いなく『死』であろう。
収容した人々を、
労働、人体実験の検体、
価値無しに選別していた。
『価値無し』と判断された人々は、
ガス室へ送られる事になる。
大量のガスで、一瞬にして、
沢山の大切な命を奪っていく。
命だけではなく、
遺体からは、金や銀の歯を抜かれ、
髪の毛をそられ、遺体を焼かれた。
山のように積み上げられた髪の毛は、
白髪や、金髪と、さまざまな年代の方が
命を奪われていった事が分かる。
労働を強いられた人々も、
ろくな食事を与えられず、
餓死をする人たちが多かった。
ガリガリにやせ細った子供たち。
不衛生な場所での生活から、
病気が流行し、
亡くなって逝く人も少なくない。
↓トイレ
ここで行われた、沢山の死刑執行は、
主に、ポーランド人を銃殺した。
ビルケナウの死の門
100万人以上が収容され、
ほとんどが、帰る事無く命を奪われた。
生きたくても、
生きる権利を与えられなかった人々。
焼かれた体の灰は、
この池へと沈められた。
証拠隠滅の為に、
壊されたガス室。
ここで目にした全てのものが、
私の心に重くのしかかった。
自分が生きていることが、
どれほど幸せな事か。
産まれた時から
当たり前にあるはずの自由
戦争という醜い争いで、
自由を奪われた人々。
自分の価値を勝手に『無し』と決め付けられ、
生きる望みさえ持たせてくれなかった人々。
いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
小学生で学んだ授業は、
間違いなく、本物だった。
アウシュビッツに収容され、
生還した人の本を呼んだことがある。
本の中の主人公は、
『自分の命は自分のものではなかった』と記載していた。
自分の命を取り返すために、
病の中、一生懸命走らされる事もある。
そして、走りきると、要約、命を返してもらう。
もちろん、走れなかった者に待っているのは、
『死』だ・・・。
生きたくても、
生きていけない人々が残してくれたメッセージ。
自らの命を絶とうとしている人は、
自分を殺める前に、
是非、この場所に訪れてみて欲しい。
自分が、どれほど幸せなのかが、
ここへ来れば、必ず分かるはずだから。
そして、生きていく希望が、
きっと見つかると私は思う。
私達はこの出来事を決して忘れてはいけない。
同じ過ちを、二度と繰り返さない為に・・・。
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