巨人対ヤクルト見ながら、少し真面目なお話。

 

私は小学三年生くらいからずっと教師になることを目指していた。

人に教えて、わかった!ありがとう。と言われるうれしさに夢中だった。

 

今、この大学に進学して思うこと。

それは、保険で教員免許を取る奴が多すぎる、ということ。

松岡修造みたいに、熱意を見せつけるくらい出せ、と言っているんではない。

 

将来の日本を担う子供たちにきちんと世の常を、常識を、知識を与える資格があるのか、

その意義を理解しているのか

心の底からこう思っている

 

私自身の見解としては、勿論、知識が豊富で、生徒たちにわかりやすく教えられて、

志望校に合格させられるような人材は勿論必要だ、

というか、中高の教師であるならばそれは必須条件である。

ただ、この点をクリアすれば、教師として働けるというのはあまりにも無責任で途方に暮れるほどの日本の汚点ではないか。

 

非常に腹が立つ。

弱い人間を救うどころか、見捨て貶す人間の屑が四年間プラプラと勉強しただけで、春からは生徒に、保護者に、回りのすべての人から先生と呼ばれるのだ。

おかしくないわけがないではないか?

明らかに腐っている。

この日本の腐敗した、溝のような、どす黒い、なんとも形容し難い

一言で言うなれば、クソ教育を、

頭の逝かれた、無能なモンキーを

先生と言うことが、どこで許されるであろうか

 

以上!