ルカ15:1 さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って來た。

ルカ15:2 すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」

ルカ15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。

ルカ15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

ルカ15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、

ルカ15:6 帰って來て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

ルカ15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。

ルカ15:22 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って來て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

ルカ15:23 そして肥えた子牛を引いて來てほふりなさい。食べて祝おうではないか。

ルカ15:24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。

ルカ15:25 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って來て家に近づくと、音樂や踊りの音が聞こえて來た。それで、

ルカ15:26 しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、

ルカ15:27 しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』

ルカ15:28 すると、兄はおこって、家にはいろうともしなかった。それで、父が出て來て、いろいろなだめてみた。

ルカ15:29 しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと樂しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。

ルカ15:30 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って來たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

ルカ15:31 父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。

ルカ15:32 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って來たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、樂しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

 人の中に迷子にならない羊はありません[1]。ただ自分が道に迷ったことに気付いた羊と道に迷ったことに気付かない羊だけあるだけです[2]。被造物中に迷子にならない羊はありません。自由意志が完成されなければ、いつでも犯罪できるからです。犯罪の可能性をそのまま抱いている被造物は、いつかは必ず罪を犯すことになります。自由意志が完成されなければ、御使いでも結局罪を犯すことになります。御使いはやがて道に迷う羊です。ですから広く見るなら、御使いも道に迷った羊です。

 自分が道に迷ったことを悟ることができない羊99匹は天の喜びになりません。しかし、自分が道に迷ったことを悟り、神様に帰ってきた羊1匹は天の喜びになります。この1匹がサタンの王国を壊す武器になるからです[3]

 神様からご覧になって、取税人も罪人であり、パリサイ人も罪人です[4]。悔い改めた罪人たちは第2の位格なる神様のもとに進み寄ります。しかし、パリサイ人たちと律法学者たちは第2の位格なる神様のもとに進み寄りません[5]。自分たちが罪人であることを認めないからです[6]。罪人は危険な状態にあります。しかし、自分が罪人であることを悟らない罪人は、もっと危険な状態にあります[7]。道に迷った羊は危険な状態にあります。しかし、自分が道に迷ったことを悟らない羊は、もっと危険な状態にあります[8]。立ち返って悔い改めること自体が不可能だからです[9]。しかも、罪を悟らせるために下された律法を利用して自分の罪を隠すことまでするならば[10]、死ぬ寸前です。

 第2の位格なる神様は放蕩息子の兄を例に挙げてパリサイ人たちの罪をお照らしになってくださいます。取税人たちの罪が神様を離れた罪であるならば、パリサイ人たちの罪は自分たちを義しいと思う罪です。パリサイ人たちが自分たちを義しいと思う理由は、自分たちが律法を守っていると考えているからです。パリサイ人たちが自分たちが律法を守っていると考える理由は、律法の真の意味を知らないからです[11]。律法を下された御方がご親臨なさり、律法の真の意味をお教えになります[12]

 律法の真の意味は愛です[13]。律法は愛の表現様式です。愛すれば律法を守るようになります[14]。律法を破れば罰をいただく理由も、愛さなかったからです[15]。律法を破れば罰をいただく理由は、これからは愛するためです[16]。律法は愛さない罪を裁きます[17]。律法から愛が抜け落ちる時、裁きだけが残ります[18]。律法から愛が抜け落ちる時、律法は罪を隠す手段に転落します[19]。愛を反射する律法は命の木の実です[20]。しかし、律法から愛が抜け落ちる時、律法は善悪の知識の木の実となります[21]。善悪の知識の木の実は、私たちが神様の御座について隣人を裁いても、私たち自身は死ぬことはないだろうと錯覚させます[22]

 放蕩息子の兄は自分が父の命令を守っていると考えていました。放蕩息子の兄は自分が義しいと考えていました。自分を義しいと思うので、彼は弟を裁きます。自分を義しいと思うので、彼は立ち返って悔い改めようとしません。もし彼がその状態のままでとどまるならば、彼の自由意志は完成されません。彼が依然として犯罪の可能性を抱えているので、いつか彼は必ず罪を犯します。放蕩息子だけが善悪の知識の木の実を食べたのではなく、放蕩息子の兄もまた善悪の知識の木の実を食べたのです[23]

 被造物は放蕩息子であったのが[24]、放蕩息子の兄になり[25]、その後に神様の形として完成されます[26]。獣のような人生を送っていた無法者が悔い改めて[27]、律法で隣人を裁くようになり[28]、その後に神様の形として完成されます[29]。法を無視する無法者も死に、法で隣人を裁く者も死にます。ただ、法で愛を反射する神様の形だけが生き残ります[30]。放蕩息子の兄のような心が、もしかしたら御使いたちにもあるのではないでしょうか?神様は人間だけでなく、御使いをもお待ちになっていらっしゃるのではないでしょうか?相続権と関連して、放蕩息子の兄が御使いたちを象徴するという見方もあるかもしれませんし、堕落した御使いたちを象徴するという見方もあるかもしれません。

 

ダニ7:13 私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って來られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。

ダニ7:14 この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。

マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。

ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。

ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。

ヨハネ5:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

ヨハネ5:25 まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が來ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。

ヨハネ5:26 それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。

ヨハネ5:27 また、父はさばきを行なう権を子に与えられました。子は人の子だからです。

ヨハネ5:28 このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て來る時が來ます。

ヨハネ5:29 善を行なった者は、よみがえっていのちを受け、悪を行なった者は、よみがえってさばきを受けるのです。

エフェ1:20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、

エフェ1:21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に來る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。

エフェ1:22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。

ヘブ2:6 むしろ、ある個所で、ある人がこうあかししています。「人間が何者だというので、これをみこころに留められるのでしょう。人の子が何者だというので、これを顧みられるのでしょう。

ヘブ2:7 あなたは、彼を、御使いよりも、しばらくの間、低いものとし、彼に栄光と轝れの冠を与え、

ヘブ2:8 万物をその足の下に従わせられました。」万物を彼に従わせたとき、神は、彼に従わないものを何一つ残されなかったのです。それなのに、今でもなお、私たちはすべてのものが人間に従わせられているのを見てはいません。

ヘブ2:9 ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と轝れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。

ヘブ10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、

ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。

創2:3 神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。

1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。

1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

1コリ15:53 朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。

1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

1コリ15:27 「彼は万物をその足の下に従わせた。」からです。ところで、万物が従わせられた、と言うとき、万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。

1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。

黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

 神様と隣人を命よりも愛する聖徒たちが殉教します[31]。殉教証人たちの定められた数が満ちると、第7のラッパが鳴り響きます[32]。第7のラッパが鳴り響くと、第1の復活が起こります[33]。罪の下にある者は、死に打ち勝つことはできません。死に打ち勝ったならば、戒めを守ったのです[34]。命よりも神様と隣人を愛したならば、戒めを守ったのです[35]。殉教証人たちの復活変化によって、戒めの真実さが証明されます[36]

 王は敵を裁きます[37]。第2の位格なる神様は王でいらっしゃいます[38]。第2の位格なる神様は敵をお裁きなさいます。祭司は罪を贖います。第2の位格なる神様は大祭司でいらっしゃいます[39]。第2の位格なる神様はご自身の血で人間たちをお贖いなさいます[40]。第2の位格なる神様は第1の位格なる神様と人間の間の仲介者でいらっしゃいます[41]。王として第2の位格なる神様が犯罪者たちをお裁きなさる時、大祭司として第2の位格なる神様は悔い改める人間たちを罪からお救い出しになります[42]

 第2の位格なる神様は人間として、人間を第1の位格なる神様にお結びつけになります[43]。第2の位格なる神様は被造物として、被造物たちを第1の位格なる神様にお結びつけになります[44]。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、御使いたちと人間たちから犯罪の可能性が消滅されます[45]。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、時空間から罪が消滅されます。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、第1の位格なる神様と被造物たちが和解することになります。したがって、第2の位格なる神様は人間のための仲介者でもいらっしゃいますが、すべての被造物たちのための仲介者でもいらっしゃいます[46]

 第2の位格なる神様は被造物たちの第1の者でいらっしゃいます[47]。時空間をご支配になる第2の位格なる神様は一切のものの頭でいらっしゃいます[48]。教会は第2の位格なる神様の体です。第2の位格なる神様は教会を通して時空間から罪をご消滅させなさいます。教会は助け手として、第2の位格なる神様が創造をご完成なさるのを助けます[49]。第2の位格なる神様は王である祭司たちを通して、後の世をご支配になります[50]。第2の位格なる神様は花嫁、すなわち教会を通して1000年王国をご支配になります[51]

 第2の位格なる神様の支配は、聖霊神様を通して今も部分的に実現されています[52]。聖霊神様は第2の位格なる神様の御名によって聖徒の肉体の中にご親臨なさいます[53]。第2の位格なる神様の御名をお持ちの聖霊神様を聖徒が祀ります[54]。したがって、聖霊神様を通して第2の位格なる神様の支配が聖徒に実現されます[55]。聖徒が神様の国となると、聖徒がいる領域に神様の国が拡張されます[56]。聖徒たち、すなわち教会を通して第2の位格なる神様の支配、すなわち神様の国が実現されます[57]

 2025年現在、まだ時空間全体が第2の位格なる神様に服従していません。サタンと彼に同調する犯罪者たちは依然として第2の位格なる神様に逆らっています。ハデスは依然としてサタンの噓っぱちの群れの暴圧の下で苦しんでいます[58]。第2の位格なる神様はまだサタンの噓っぱちの群れをお裁きなさいません。定められた殉教証人たちの数がすべて満ちた後に、第2の位格なる神様は裁きをご執行になります[59]。定められた初穂たちの数がすべて満ちた後に、第2の位格なる神様は再びご親臨なさいます。第7のラッパが鳴り響き、第1の復活が起こった後に、第2の位格なる神様は大贖罪をお成しになります[60]

 サタンは戒めを廃止させようとします。サタンは戒めでご支配になる神様を御座から引きずり降ろそうとします。サタンは神様が被造物たちが守ることのできない戒めを被造物たちにご強制になると主張します[61]。戒めの真実さが証明されると、サタンの嘘が暴露されます。戒めの真実さが証明されると、戒めを守れとお命じになる神様の愛と公義が完全に現れます。戒めの真実さが証明されると、被造物たちはもはや神様を誤解しません[62]

 戒めの真実さが証明されると、敵たちは第2の位格なる神様の足台になります。殉教証人たち、すなわち神様の子どもたち[63]、すなわち神様の形たち[64]、すなわち花嫁は、第1の復活を通して敵たちを第2の位格なる神様の足台にならせます[65]。戒めの真実さが証明されると、第2の位格なる神様は御使いの天をお贖いなさいます[66]。第2の位格なる神様が御使いの天をお贖いなさっている間、地には7つの災害が注がれます[67]。御使いの天をお贖いなさった後、第2の位格なる神様はハデスをお贖いなさいます[68]。第2の位格なる神様は地に至るまでご親臨なさり、犯罪者たちをお裁きなさいます[69]。ハデスをお贖いなさった後、第2の位格なる神様はアザゼルサタンを荒野底知れぬ所に[70]お閉じ込めになります[71]

 サタンの噓っぱちの群れをお閉じ込めになった後[72]、第2の位格なる神様は以前の天と以前の地をお燃やしなさって、新しい天と新しい地をお造りになります[73]。新しい天と新しい地は1000年王国です。1000年王国は殉教証人たちに下される報いの期間です[74]。1000年が過ぎて報いがすべて下された後には、殉教証人たちも一般の聖徒たちも、皆平等になるようです。100年にも満たない人生を植え、1000年の栄光として刈り取るのです[75]

 1000年王国が終わると、第2の位格なる神様は大きな白い御座の裁きをお開きになります[76]。大きな白い御座の裁きの時に、第2の位格なる神様は罪の下にあるものをすべて火の池でお燃やしなさいます。第2の位格なる神様は犯罪者たちと、罪の報酬である死と、犯罪者たちが閉じ込められたハデスまでも火の池でお燃やしなさいます[77]。時空間から罪と関係のあるものは、すべて消滅されます。時空間には神様と隣人を愛する被造物たちだけが残ることになります。被造物とおなりになった第2の位格なる神様の御業は、この時に終わります[78]

 第2の位格なる神様は被造物とおなりになり、十字架をお負いになります。第2の位格なる神様が「イエス」という御名をご相続になったことを[79]、復活を通して[80]時空間に公式にご確定になります[81]。第2の位格なる神様は時空間から罪をご消滅させなさいます。第2の位格なる神様の十字架を通して、時空間は完成されます。

 第2の位格なる神様は完成された時空間を第1の位格なる神様にお渡しになります[82]。第1の位格なる神様が時空間のすべてとおなりになります[83]。第2の位格なる神様が第1の位格なる神様に時空間をお渡しになった後に、第2の位格なる神様はおそらく再び第1の位格なる神様と同等におなりになると推測します。しかし、永遠無限(常常永遠)においては、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様と常に同等でいらっしゃいます[84]。第2の位格なる神様は時空間の中でだけご自身を被造物としてお現しになります[85]。神様は時空間の中にのみ存在する私たちに[86]、私たちが理解できる方法で[87]ご自身をお現しになります[88]

 


[1] ロマ3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人人に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。

 ロマ3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

[2] ロマ7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが來たときに、罪が生き、私は死にました。

 ロマ7:10 それで私には、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが、わかりました。

[3] 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」

 使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。

[4] マタイ23:2 こう言われた。「律法学者、パリサイ人たちは、モ-セの座を占めています。

 マタイ23:3 ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。

 マタイ23:4 また、彼らは重い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとはしません。

 マタイ23:5 彼らのしていることはみな、人に見せるためです。経札の幅を広くしたり、衣のふさを長くしたりするのもそうです。

 マタイ23:6 また、宴会の上座や会堂の上席が大好きで、

 マタイ23:7 広場であいさつされたり、人から先生と呼ばれたりすることが好きです。

 マタイ23:8 しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはいけません。あなたがたの教師はただひとりしかなく、あなたがたはみな兄弟だからです。

[5] ルカ11:52 忌まわしいものだ。律法の専門家たち。あなたがたは、知識のかぎを持ち去り、自分もはいらず、はいろうとする人人をも妨げたのです。」

 ルカ11:53 イエスがそこを出て行かれると、律法学者、パリサイ人たちのイエスに対する激しい敵対と、いろいろのことについてのしつこい質問攻めとが始まった。

 ルカ11:54 彼らは、イエスの口から出ることに、言いがかりをつけようと、ひそかに計った。

[6] ルカ18:10 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。

 ルカ18:11 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人人のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。

 ルカ18:12 私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』

[7] ロマ10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。

 ロマ10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。

[8] イザ29:11 そこで、あなたがたにとっては、すべての幻が、封じられた書物のことばのようになった。これを、読み書きのできる人に渡して、「どうぞ、これを読んでください。」と言っても、「これは、封じられているから読めない。」と言い、

 イザ29:12 また、その書物を、読み書きのできない人に渡して、「どうぞ、これを読んでください。」と言っても、「私は、読み書きができない。」と答えよう。

 イザ29:13 そこで主は仰せられた。「この民は口先で近づき、くちびるでわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない。

 イザ29:14 それゆえ、見よ、わたしはこの民に再び不思議なこと、驚き怪しむべきことをする。この民の知恵ある者の知恵は滅び、悟りある者の悟りは隠される。」

[9] イザ1:11 「あなたがたの多くのいけにえは、わたしに何になろう。」と、主は仰せられる。「わたしは、雄羊の全焼のいけにえや、肥えた家畜の脂肪に飽きた。雄牛、子羊、雄やぎの血も喜ばない。

 イザ1:12 あなたがたは、わたしに会いに出て來るが、だれが、わたしの庭を踏みつけよ、とあなたがたに求めたのか。

 イザ1:13 もう、むなしいささげ物を携えて來るな。香の煙―それもわたしの忌みきらうもの。新月の祭りと安息日―会合の召集、不義と、きよめの集会、これにわたしは耐えられない。

[10] 創3:7 このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。

[11] ホセ4:6 わたしの民は知識がないので滅ぼされる。あなたが知識を退けたので、わたしはあなたを退けて、わたしの祭司としない。あなたは神のおしえを忘れたので、わたしもまた、あなたの子らを忘れよう。

[12] マタイ5:43 『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。

 マタイ5:44 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

[13] ロマ13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。

 ロマ13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。

 ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

[14] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

[15] マラ3:5 「わたしは、さばきのため、あなたがたのところに近づく。わたしは、ためらうことなく証人となり、呪術者、姦淫を行なう者、偽って誓う者、不正な賃金で雇い人をしいたげ、やもめやみなしごを苦しめる者、在留異国人を押しのけて、わたしを恐れない者たちに、向かう。―万軍の主は仰せられる。―

[16] 申19:18 さばきつかさたちはよく調べたうえで、その証人が偽りの証人であり、自分の同胞に対して偽りの証言をしていたのであれば、

 申19:19 あなたがたは、彼がその同胞にしようとたくらんでいたとおりに、彼になし、あなたがたのうちから悪を除き去りなさい。

 申19:20 ほかの人人も聞いて恐れ、このような悪を、あなたがたのうちで再び行なわないであろう。

 申19:21 あわれみをかけてはならない。いのちにはいのち、目には目、歯には歯、手には手、足には足。

[17] ヤコ2:13 あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。

[18] マタイ7:1 さばいてはいけません。さばかれないためです。

 マタイ7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。

 マタイ7:3 また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。

 マタイ7:4 兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。

[19] ヨハネ8:39 彼らは答えて言った。「私たちの父はアブラハムです。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。

 ヨハネ8:40 ところが今あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに話しているこのわたしを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです。

 ヨハネ8:41 あなたがたは、あなたがたの父のわざを行なっています。」彼らは言った。「私たちは不品行によって生まれた者ではありません。私たちにはひとりの父、神があります。」

 ヨハネ8:42 イエスは言われた。「神がもしあなたがたの父であるなら、あなたがたはわたしを愛するはずです。なぜなら、わたしは神から出て來てここにいるからです。わたしは自分で來たのではなく、神がわたしを遣わしたのです。

 ヨハネ8:43 あなたがたは、なぜわたしの話していることがわからないのでしょう。それは、あなたがたがわたしのことばに耳を傾けることができないからです。

 ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

[20] マタイ19:17 イエスは彼に言われた。「なぜ、良いことについて、わたしに尋ねるのですか。良い方は、ひとりだけです。もし、いのちにはいりたいと思うなら、戒めを守りなさい。」

 マタイ19:18 彼は「どの戒めですか。」と言った。そこで、イエスは言われた。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証をしてはならない。

 マタイ19:19 父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」

[21] ヨハネ8:4 イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。

 ヨハネ8:5 モ-セは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」

 ヨハネ8:6 彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。

[22] 創3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

 創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

[23] ガラ6:1 兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。

[24] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

 エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

 エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

[25] ヤコ4:11 兄弟たち。互いに悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。

 ヤコ4:12 律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。

[26] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

[27] 詩49:20 人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。

[28] ロマ14:10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。

 ロマ14:11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」

 ロマ14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

 ロマ14:13 ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。

[29] ロマ16:3 キリスト․イエスにあって私の同勞者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。

 ロマ16:4 この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。

[30] 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」

 使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。

[31] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[32] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[33] 黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」

[34] 詩89:48 いったい、生きていて死を見ない者はだれでしょう。だれがおのれ自身を、よみの力から救い出せましょう。セラ

  マタイ16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

[35] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

[36] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[37] 詩45:5 あなたの矢は鋭い。国国の民はあなたのもとに倒れ、王の敵は気を失う。

 詩45:6 神よ。あなたの王座は世世限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。

 詩45:7 あなたは義を愛し、悪を憎んだ。それゆえ、神よ。あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまして、あなたにそそがれた。

[38] 黙19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。

 黙19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。

[39] ヘブ6:20 イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいり、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。

[40] ヘブ9:12 また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

[41] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。

[42] ルカ7:44 そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。わたしがこの家にはいって來たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、淚でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。

 ルカ7:45 あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、わたしがはいって來たときから足に口づけしてやめませんでした。

 ルカ7:46 あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。

 ルカ7:47 だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」

 ルカ7:48 そして女に、「あなたの罪は赦されています。」と言われた。

[43] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

 ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。

[44] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

[45] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[46] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[47] コロ1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

[48] エフェ1:20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、

 エフェ1:21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に來る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。

 エフェ1:22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。

 エフェ1:23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

[49] 創2:18 その後、神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」

[50] ヘブ2:5 神は、私たちがいま話している後の世を、御使いたちに従わせることはなさらなかったのです。

[51] 黙20:6 この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。

[52] マタイ12:28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに來ているのです。

[53] ヨハネ14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

[54] 1コリ6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

 1コリ6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。

[55] マルコ16:17 信じる人人には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、

 マルコ16:18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」

[56] マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。

 マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

 マタイ28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

[57] マタイ16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

[58] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

 ロマ8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。

 ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。

 ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。

 ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

[59] ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

  黙1:16 また、右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のようであった。

  黙19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。

 黙19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。

[60] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。

  レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。

 レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。

[61] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

 ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

[62] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。

 黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」

 黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」

[63] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

[64] 創1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

 創1:27 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

[65] ヘブ10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、

 ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。

[66] レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。

 レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。

[67] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。

[68] レビ16:18 主の前にある祭壇のところに出て行き、その贖いをする。彼はその雄牛の血と、そのやぎの血を取り、それを祭壇の回りにある角に塗る。

 レビ16:19 その残りの血を、その祭壇の上に指で七たび振りかける。彼はそれをきよめ、イスラエル人の汚れからそれを聖別する。

[69] 黙19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。

 黙19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ翔まれた。

[70] レビ16:20 彼は聖所と会見の天幕と祭壇との贖いをし終え、先の生きているやぎをささげる。

 レビ16:21 アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。

 レビ16:22 そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。

[71] 黙20:1 また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って來るのを見た。

 黙20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、

 黙20:3 底知れぬ所に投げ翔んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

[72] イザ24:21 その日、主は天では天の大軍を、地では地上の王たちを罰せられる。

 イザ24:22 彼らは囚人が地下牢に集められるように集められ、牢獄に閉じ込められ、それから何年かたって後、罰せられる。

[73] 2ペト3:12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。

 2ペト3:13 しかし、わたしたちは、神の約束にしたがって、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。

[74] イザ65:17 見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない。

 イザ65:18 だから、わたしの創造するものを、いついつまでも樂しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を樂しみとする。

 イザ65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を樂しむ。そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。

 イザ65:20 そこにはもう、數日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

 イザ65:21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。

 イザ65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者は、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。

 イザ65:23 彼らはむだに勞することもなく、子を産んで、突然その子が死ぬこともない。彼らは主に祝福された者のすえであり、その子孫たちは彼らとともにいるからだ。

 イザ65:24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。

 イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。

[75] ロマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

 ロマ8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将來私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

[76] 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

 黙20:11 また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

[77] 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

[78] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[79] マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

[80] ロマ1:3 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、

 ロマ1:4 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス。キリストです。

[81] フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

 フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

 フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

 フィリ2:11 すべての口が、「イエス.キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

[82] 1コリ15:24 それから終わりが來ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。

[83] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。(, that God may be all in all.)

[84] 黙22:13 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」

[85] ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。

 ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」

 ヘブ1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」

  詩102:25 あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 詩102:26 これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。

 詩102:27 しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。

[86] マタイ11:25 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。

 マタイ11:26 そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。

 マタイ11:27 すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。

[87] エフェ3:2 あなたがたのためにと私がいただいた、神の恵みによる私の務めについて、あなたがたはすでに聞いたことでしょう。

 エフェ3:3 先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私に知らされたのです。

 エフェ3:4 それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよくわかるはずです。

[88] ヨハネ14:7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」

 ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」

 ヨハネ14:9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。

 

イザ9:5 戦場ではいたすべてのくつ、血にまみれた着物は、焼かれて、火のえじきとなる。

イザ9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

マタイ1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

ロマ8:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人人を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。

エフェ4:10 この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。―

フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

フィリ2:11 すべての口が、「イエス.キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

コロ1:14 この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

コロ1:15 御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方(プロトトコス長子)です。

コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

コロ1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方(プロトトコス長子)です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

コロ1:19 なぜなら、神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、

コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

ヘブ1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。

ヘブ1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

 第2の位格なる神様は創造主神様でいらっしゃいます。創造主神様はご自ら被造物とおなりになり、創造をご完成なさることをお定めになり、時空間をご創造なさいました[1]。神様はご自ら被造物とおなりになり、時空間から罪をご消滅させなさることをお定めになり、創造をお始めになりました[2]。神様は被造物とおなりになり、時空間をご相続になることをお定めになり、創造をお始めになりました[3]。時空間に対する所有権をご相続になるために、神様は時空間に対する所有権をご放棄になって被造物とおなりになります[4]。被造物とおなりになってご相続になった時空間で、神様は罪をご消滅させなさいます[5]

 神様はご自身のために時空間をご創造なさいました[6]。第2の位格なる神様は第2の位格なる神様のために、第2の位格なる神様の中に時空間をご創造なさいました。時空間が神様の外にあることはあり得ません。サタンの噓っぱちの群れも神様の中にあるものです。非存在も神様の中にあります。存在であろうと非存在であろうと、すべてのものはすべて神様の中にのみあります[7]。神様は永遠に常に無限でいらっしゃいます[8]。被造物とおなりになった第2の位格なる神様を被造物たちが理解できないので、ご説明になってくださっているに過ぎません[9]

 時空間はあまりにもつまらないものであるため、それ自体では神様の愛の中にあることはできません[10]。したがって、神様は時空間にご自身の苦しみをお込めになります[11]。神様が被造物とおなりになってお流しになった血によって、時空間が神様の愛の中に入ってきます[12]。十字架を通して、被造物たちが神様の愛の中に入ってきます[13]。しかし、神様の愛を拒む被造物は、依然として価値がありません[14]。第2の位格なる神様を拒む被造物は、依然として価値がありません[15]。被造物とおなりになった神様を拒む被造物は、依然として価値がありません[16]

 第2の位格なる神様は第2の位格なる神様に服従する被造物の自由意志をご完成なさいます。第2の位格なる神様は第2の位格なる神様に服従する被造物から犯罪の可能性をご消滅させなさいます。第2の位格なる神様は被造物とおなりになって、被造物たちを第1の位格なる神様にお結びつけになります[17]。第2の位格なる神様は被造物とおなりになって、神様と被造物たちの間の仲介者とおなりになります[18]。第2の位格なる神様は被造物とおなりになって、被造物たちを第1の位格なる神様とご和解させなさいます[19]。十字架を通して、被造物たちに神様の命が注がれます[20]

 第2の位格なる神様は創造主独り子でいらっしゃいます。永遠無限(常常永遠)でも父と子の区別があるかについては、相反する見方があるかもしれません。もし父と子の区別があるとしても、それが高低の区別ではないでしょう。第1の位格なる神様と第2の位格なる神様は同等でいらっしゃいます。元々御子であろうと、被造物とおなりになることによって御子とおなりになったのであろうと、被造物とおなりになった第2の位格なる神様は独り子、すなわち唯一の子でいらっしゃいます[21]

 被造物が神様の子となることはできます。しかし、被造物が神様の唯一の子となることはできません。被造物はひとり子の形に似て子となります[22]。被造物は神様の形に似て神様の子となります[23]。被造物が子となるので、ひとり子に弟たちができます。ひとり子に弟たちができるので、ひとり子が長子とおなりになります[24]。したがって、被造物とおなりになった創造主は創造主独り子でいらっしゃると同時に、長子被造物でもいらっしゃいます。

 第2の位格なる神様は神様でいらっしゃって神様の形ではいらっしゃいません[25]。しかし、被造物とおなりになることによって、第2の位格なる神様は神様の形とおなりになりました[26]。神様の形は神様と隣人を愛する被造物です[27]。神様の形は戒めを守る被造物です[28]。神様の形は自由意志が完成された被造物です[29]。神様は神様の形たちとならせなさるために被造物たちをご創造なさいました。神様はご自ら被造物とおなりになり、神様の形が何であるかを模範でお示しになります[30]

 犯罪の可能性が消滅された被造物は神様の形となります。人間は神様の形として完成されなければなりません。御使いも神様の形として完成されなければなりません。御使いの自由意志も完成されなければなりません。御使いも戒めを守る被造物とならなければなりません。御使いも神様と隣人を愛する被造物とならなければなりません。御使いも第2の位格なる神様に似なければなりません[31]

 御使いと人間が神様の形となります。御使いと人間が神様の子となります。御使いと人間が神様の子となるので、原型が長兄とおなりになります。第2の位格なる神様はすべての被造物たちの長子でいらっしゃいます[32]。第2の位格なる神様は人間たちの長兄でいらっしゃるだけでなく、御使いたちの長兄でもいらっしゃいます。人間だけが第2の位格なる神様に似なければならないのではなく、御使いも第2の位格なる神様に似なければなりません。第2の位格なる神様はご復活になって御使いのようにおなりになりました[33]。しかし、子となっても、御使いたちは1000年王国を相続遺産として相続することはできません[34]。御使いたちは苦しみを通過しませんでした[35]

 殉教証人たちの第1の復活を通して、御使いたちの自由意志が完成されます。殉教証人たちの復活変化を通して、御使いたちが神様の子らとして完成されます。御言葉によって新しく生まれた者たちの復活変化を通して、御使いたちが神様の子らとして完成されます[36]。人間が先に神様の子となるのか、それとも御使いが先に神様の子となるのかについて、相反する見方があるかもしれません。人間の自由意志が先に完成されるのか、それとも御使いの自由意志が先に完成されるのかについて、相反する見方があるかもしれません。

 先に創造されたからといって兄ではないかもしれません[37]。しかし、御使いたちはすでに神様の子らと呼ばれています[38]。もし人間の自由意志が先に完成されるとしても、先に自由意志が完成されたからといって兄ではないかもしれません。しかし、第1の位格なる神様の相続遺産は第2の位格なる神様を通して聖徒たちに相続されます[39]。遺産は長子が相続するものです[40]。しかし、その遺産も1000年間だけです。1000年が過ぎると、御使いたちであろうと、先に御使いのようになった殉教証人たちであろうと、後で御使いのようになった聖徒たちであろうと、共に永遠に生きることになります。1000年王国は苦しみに対する報いです[41]。報いの期間が終わると、その後は平等になるでしょう。

 


[1] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[2] ガラ4:4 しかし定めの時が來たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。

 ガラ4:5 これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。

[3] 1コリ2:6 しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。

 1コリ2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。

 1コリ2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。

[4] ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。

 ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」

 ヘブ1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」

[5] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

[6] イザ43:21 わたしのために造ったこの民はわたしの栄轝を宣べ伝えよう。

[7] イザ40:15 見よ。国国は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島島を細かいちりのように取り上げる。

 イザ40:16 レバノンも、たきぎにするには、足りない、その獣も、全焼のいけにえにするには、足りない。

 イザ40:17 すべての国国も主の前では無いに等しく、主にとってはむなしく形もないものとみなされる。

[8] エレ23:23 「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。

 エレ23:24 主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。

[9] イザ44:6 イスラエルの王である主、これを贖う方、万軍の主はこう仰せられる。「わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はない。

 イザ44:7 わたしが永遠の民を起こしたときから、だれが、わたしのように宣言して、これを告げることができたか。これをわたしの前で並べたててみよ。彼らに未來の事、來たるべき事を告げさせてみよ。

 イザ44:8 恐れるな、おののくな。わたしが、もう古くからあなたに聞かせ、告げてきたではないか。あなたがたはわたしの証人。わたしのほかに神があろうか。ほかに岩はない。わたしは知らない。

[10] ヨブ35:5 天を仰ぎ見よ。あなたより、はるかに高い雲を見よ。

 ヨブ35:6 あなたが罪を犯しても、神に対して何ができよう。あなたのそむきの罪が多くても、あなたは神に何をなしえようか。

 ヨブ35:7 あなたが正しくても、あなたは神に何を与ええようか。神は、あなたの手から何を受けられるだろうか。

 ヨブ35:8 あなたの悪は、ただ、あなたのような人間に、あなたの正しさは、ただ、人の子に、かかわりを持つだけだ。

[11] イザ53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。

 イザ53:12 それゆえ、わたしは、多くの人人を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに數えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。

[12] 黙5:9 彼らは、新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、

 黙5:10 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」

[13] 1ヨハ4:8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

[14] ヨハネ3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

 ヨハネ3:19 そのさばきというのは、こうである。光が世に來ているのに、人人は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。

 ヨハネ3:20 悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに來ない。

 ヨハネ3:21 しかし、真理を行なう者は、光のほうに來る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

[15] ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

 ヨハネ8:45 しかし、このわたしは真理を話しているために、あなたがたはわたしを信じません。

 ヨハネ8:46 あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。

 ヨハネ8:47 神から出た者は、神のことばに聞き従います。ですから、あなたがたが聞き従わないのは、あなたがたが神から出た者でないからです。」

[16] ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

 ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

[17] ヨハネ14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに來ることはありません。

[18] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。

[19] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

[20] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

 エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

 エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

[21] ヨハネ1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから來られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

[22] 2コリ4:4 そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。

[23] ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

[24] コロ1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

[25] 1ヨハ5:20 しかし、神の御子が來て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス.キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。

[26] ヘブ1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

[27] ガラ4:19 私の子どもたちよ。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。

[28] ヤコ1:18 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです。

[29] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

[30] 1ペト2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

 1ペト2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

 1ペト2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

[31] ヨブ15:15 見よ。神はご自身の聖なる者たちをも信頼しない。天も神の目にはきよくない。

 ヨブ15:16 まして忌みきらうべき汚れた者、不正を水のように飲む人間は、なおさらだ。

[32] コロ1:15 御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方(プロトトコス長子)です。

[33] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。

 ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです。

[34] ヘブ2:5 神は、私たちがいま話している後の世を、御使いたちに従わせることはなさらなかったのです。

[35] ロマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

 ロマ8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将來私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

[36] ヨハネ3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。

 ヨハネ3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。

 ヨハネ3:7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。

[37] ロマ9:8 すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもではなく、約束の子どもが子孫とみなされるのです。

[38] ヨブ1:6 ある日、神の子らが主の前に來て立ったとき、サタンも來てその中にいた。

[39] ガラ3:29 もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

[40] 申21:16 その人が自分の息子たちに財産を譲る日に、長子である、そのきらわれている者の子をさしおいて、愛されている者の子を長子として扱うことはできない。

 申21:17 きらわれている妻の子を長子として認め、自分の全財産の中から、二倍の分け前を彼に与えなければならない。彼は、その人の力の初めであるから、長子の権利は、彼のものである。

[41] ルカ19:17 主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』

 ルカ19:18 二番目の者が來て言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。』

 ルカ19:19 主人はこの者にも言った。『あなたも五つの町を治めなさい。』

 

 神様は時間をご創造なさいました[1]。神様は時間の中に被造物たちをご創造なさいました[2]。神様は時間の制限をお受けになりません[3]。神様は創造をお始めになる前の過去に今いらっしゃいます。神様は創造をご完成なさった後の未来に今いらっしゃいます。神様はすべての瞬間すべての場所に今、同時にいらっしゃいます[4]

 神様は今過去にいらっしゃり、今過去をご存続させていらっしゃいます。神様は今未来にいらっしゃり、今未来をご存続させていらっしゃいます。神様は今すべての瞬間すべての場所を同時にご存続させていらっしゃいます[5]。しかし、すべての瞬間すべての場所を、神様はまるで存在しないかのようにお考えになります[6]。時空間を、神様はまるで存在しないかのようにお考えになります[7]

 非存在の中には、創造されうる時空間が数えきれないほどあります。神様がお召しなされば、非存在は即座に存在となります[8]。神様がお返しになれば、存在は即座に非存在となります[9]。神様は即座に時空間を無数にご創造なさることができます[10]。神様は時空間を即座にご消滅させなさることができます[11]。神様がご存続させていらっしゃる間だけ、時空間は存在します[12]

 無限の非存在ですが、神様はその非存在よりも大きいでいらっしゃいます[13]。無限の非存在ですが、その非存在もまた神様の中でのみ存在します[14]。御使いや人間などがこれを理解することはできません[15]。被造物は時空間の中にのみ存在します[16]。神様にとりましては、時空間は、水滴一つにも及びません。被造物は、その時間や空間でさえも抜け出すことはできません。私たちにとって原子は小さいですが、神様にとりましては、時空間は、その原子よりも小さいです。神様にとりましては、御使いの天と宇宙が、まるで存在しないかのようです[17]。第1の位格なる神様や第2の位格なる神様や第3の位格なる神様にとりましては、御使いの天と宇宙が、まるで存在しないかのようです[18]

 神様は時空間をご創造なさいます。神様は御使いたちと人間たちに自由意志を下されます。神様は被造物とおなりになります。神様は御使いたちと人間たちの自由意志をご完成なさいます。被造物とおなりになった神様に拝し、御使いたちと人間たちが神様を愛するようになります。御使いたちと人間たちから犯罪の可能性が消滅されます[19]。神様は時空間から罪をご消滅させなさいます。創造は完成されます。被造物とおなりになった神様が、再び神様とおなりになります[20]

 しかし、神様は常に神様でいらっしゃいます[21]。神様は時空間の中でだけ被造物となることができます。神様がそのような仕組みで時空間をご存続させていらっしゃるからです。これが何を意味するのかを、被造物などが理解することはできません[22]。これを理解するためには、時間を超越しなければなりません。被造物は自分が創造される前に存在することはできません。被造物は自分が消滅された後に存在することはできません。被造物は自ら存在することはできません。創造される前には存在さえしていなかった被造物が、過去にいることはできません。消滅されれば存在することもできない被造物が、未来にいることはできません。自ら存在することさえできない被造物が、時間を超越することはできません[23]

 神様は被造物とおなりになり、十字架をお負いになります。十字架を通して、神様の愛と公義が証明されます。十字架を通して、戒めの真実さが証明されます。十字架を通して、被造物たちの自由意志が完成されます[24]。十字架を通して、裁きが確定されます。十字架を通して、時空間から罪が消滅されます。十字架を通して、創造が完成されます[25]

 第2の位格なる神様は被造物とおなりになり、時空間をご相続になります[26]。第2の位格なる神様はご自ら眠った者の初穂とおなりになります。第2の位格なる神様の血と神様の御言葉と聖霊神様を通して、定められた数の初穂たちが出てきます[27]。定められた数の殉教証人たちが出てくると、戒めの真実さは証明されます[28]。戒めの真実さが証明されると、戒めを守れとお命じになる神様の愛と公義が完全に証明されます[29]

 神様の愛と公義が完全に証明されると、被造物たちから神様に対する疑念が消滅されます[30]。被造物たちから神様に対する疑念が消滅されると、被造物たちが神様を愛するようになります。被造物たちが神様を愛するようになると、被造物たちから犯罪の可能性が消滅されます[31]。被造物たちから犯罪の可能性が消滅されると、被造物たちの自由意志が完成されます。御使いたちの自由意志が完成されると、大贖罪が始まります[32]。大贖罪が終えられると、1000年王国が始まります[33]

 1000年王国が終わると、最後の惑わしがあります[34]。最後の惑わしが終わると、大きな白い御座の裁きがあります[35]。大きな白い御座の裁きの時に、神様は死とハデスを火の池でお燃やしなさいます。時空間から罪と関係のあるすべてのものが消滅されると、神様と隣人を愛する被造物たちだけが残ります[36]。時空間に神様と隣人を愛する被造物たちだけが残ることになる時、永遠の安息が実現されます。時空間に永遠の安息が実現されると、創造は完成されます[37]

 


[1] ロマ8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に來るものも、力ある者も、

 ロマ8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト․イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

[2] イザ40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。

 イザ40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を數えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。

[3] ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。

 ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」

 ヘブ1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」

[4] 黙22:13 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」

[5] コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

 コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

[6] イザ40:15 見よ。国国は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島島を細かいちりのように取り上げる。

 イザ40:16 レバノンも、たきぎにするには、足りない、その獣も、全焼のいけにえにするには、足りない。

 イザ40:17 すべての国国も主の前では無いに等しく、主にとってはむなしく形もないものとみなされる。

[7] イザ29:7 アリエルに戦いをいどむすべての民の群れ、これを攻めて、これを取り囲み、これをしいたげる者たちはみな、夢のようになり、夜の幻のようになる。

 イザ29:8 飢えた者が、夢の中で食べ、目がさめると、その腹はからであるように、渇いている者が、夢の中で飲み、目がさめると、なんとも疲れて、のどが干からびているように、シオンの山に戦いをいどむすべての民の群れも、そのようになる。

[8] 詩90:2 山山が生まれる前から、あなたが地と世界とを生み出す前から、まことに、とこしえからとこしえまであなたは神です。

 詩90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます。「人の子らよ、帰れ。」

 詩90:4 まことに、あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひとときのようです。

[9] ヨブ20:5 悪者の喜びは短く、神を敬わない者の樂しみはつかのまだ。

 ヨブ20:6 たとい彼の高ぶりが天まで上り、その頭が雲まで及んでも、

 ヨブ20:7 彼は自分の糞のようにとこしえに滅びる。彼を見たことのある者たちは言う。彼はどこにいるのかと。

 ヨブ20:8 彼は夢のように飛び去り、だれにも彼は見つけられない。彼は夜の幻のように追い払われ、

 ヨブ20:9 彼を見慣れていた目は再び彼を見ず、彼のいた所はもはや彼を認めない。

[10] 1コリ8:6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス.キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。

[11] エフェ4:6 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。

[12] イザ48:12 わたしに聞け。ヤコブよ。わたしが呼び出したイスラエルよ。わたしがそれだ。わたしは初めであり、また、終わりである。

 イザ48:13 まことに、わたしの手が地の基を定め、わたしの右の手が天を引き延ばした。わたしがそれらに呼びかけると、それらはこぞって立ち上がる。

[13] ヨハネ10:29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

 ヨハネ10:30 わたしと父とは一つです。」

[14] コロ3:11 そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。

[15] エフェ3:9 また、万物を創造された神の中に世世隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。

 エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリスト․イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[16] ネヘ9:6 「ただ、あなただけが主です。あなたは天と、天の天と、その万象、地とその上のすべてのもの、海とその中のすべてのものを造り、そのすべてを生かしておられます。そして、天の軍勢はあなたを伏し拝んでおります。

[17] 使徒7:48 しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。

 使徒7:49 『主は言われる。天はわたしの王座、地はわたしの足の足台である。あなたがたは、どのような家をわたしのために建てようとするのか。わたしの休む所とは、どこか。

 使徒7:50 わたしの手が、これらのものをみな、造ったのではないか。』

[18] 代下2:6 天も、天の天も主をお入れできないのに、いったいだれが主のために宮を建てる力を持っているというのでしょうか。また、主のために宮を建てるというこの私は、いったい何者でしょう。ただ主の前に香をたくためだけの者です。

[19] ヨブ15:15 見よ。神はご自身の聖なる者たちをも信頼しない。天も神の目にはきよくない。

 ヨブ15:16 まして忌みきらうべき汚れた者、不正を水のように飲む人間は、なおさらだ。

[20] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

[21] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[22] ヨブ4:18 見よ。神はご自分のしもべさえ信頼せず、その御使いたちにさえ誤りを認められる。

 ヨブ4:19 まして、ちりの中に土台を据える泥の家に住む者はなおさらのことである。彼らはしみのようにたやすく押しつぶされ、

[23] ヨブ38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。

[24] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[25] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

[26] ヘブ1:6 さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」

[27] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[28] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[29] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[30] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[31] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

[32] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。

  レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。

 レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。

[33] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[34] 黙20:7 しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、

 黙20:8 地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。

 黙20:9 彼らは、地上の広い平地に上って來て、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降って來て、彼らを焼き尽くした。

 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

[35] 黙20:11 また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

 黙20:12 また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。

 黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。

 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

 黙20:15 いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ翔まれた。

[36] ヨハネ11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

 ヨハネ11:26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

[37] ヘブ12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

 

 被造物たちは、戒めが崩壊したハデスの惨状を見ます[1]。被造物たちは、神様に服従しない時の結果を見ます[2]。被造物たちは、戒めを守れとお命じになる神様の御心を悟ります[3]。被造物たちは、愛の支配の下でのみ幸せになれるという事実を悟ります[4]。被造物たちは戒めの大切さを悟ります。

 被造物たちは裁きと救いのすべての過程を経験しました。被造物たちは神様がどのような御方でいらっしゃるかを悟るようになりました[5]。今や被造物たちは愛の戒めを誤解しません[6]。今や被造物たちは戒めを守れとお命じになる神様を誤解しません[7]。今や被造物たちは神様を心から愛します[8]。今や被造物たちは罪を犯す意志を捨てます[9]

 

ロマ5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬嶺な者のために死んでくださいました。

ロマ5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。

ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

ロマ6:22 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。

ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。

ロマ13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。

ロマ13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。

ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

ヨハネ21:17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

黙14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。

黙14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。

2コリ5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

2コリ5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

ガラ2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

エフェ5:2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

フィリ1:20 それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。

フィリ1:21 私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。

マルコ12:29 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。

マルコ12:30 心を所くし、思いを所くし、知性を所くし、力を所くして、あなたの神である主を愛せよ。』

マルコ12:31 次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」

2ヨハ1:6 父の戒めどおりに歩くことが、すなわち、愛であり、あなたがたが初めから聞いていたとおりに愛のうちを歩くことが、すなわち、戒めなのである。

1ヨハ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、―事実、いま私たちは神の子どもです。―御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。

1ヨハ3:23 神の命令とは、私たちが御子イエス.キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。

1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

1ヨハ5:11 そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。

1ヨハ5:12 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

 神様は十字架を通して被造物たちにご自身の愛をご確証になります。被造物たちは十字架を通して神様の愛を悟ります。神様の愛を悟った被造物たちは神様を愛するようになります。神様を愛するようになった被造物たちは戒めを守ります。彼らは神様と隣人を愛します[10]

 十字架を通して被造物たちは二つに分かれます。十字架の愛を受け入れる被造物たちは神様に服従するようになります。彼らは再び罪を犯しません。彼らは永遠の命に至ります。十字架の愛を拒む被造物たちは神様に服従しません。彼らは神様を十字架で殺します。彼らは火の池に投げ込まれます[11]

 

1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。

1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

1コリ15:53 朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。

1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

1コリ15:57 しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス.キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。

 第2の位格なる神様の十字架を通して神様の愛が確証されます。神様の愛に力づけられ、聖徒たちは第2の位格なる神様に従います。第2の位格なる神様の血によって罪を赦された者たちに、聖霊神様がご親臨なさいます。第2の位格なる神様の血と聖霊神様に力づけられ、聖徒たちは殉教します[12]。殉教した聖徒たちは、第1の復活でよみがえらされます。定められた数の殉教証人たちが復活変化すると、戒めの真実さが証明されます[13]

 戒めは神様と隣人を愛することです[14]。戒めを破った罪を死が捕らえます[15]。神様と隣人を愛さなかった罪を死が捕らえます。神様と隣人を愛すれば死に打ち勝ちます[16]。死に打ち勝てば、復活変化します。したがって、復活変化は、罪に打ち勝ったことを証明します[17]。復活変化を通して、私たちが戒めを守ったことが証明されます[18]。復活変化を通して、戒めの真実さ、すなわち戒めが守りうるものであることが証明されます[19]

 死は罪の報酬です。戒めを守れば、死に打ち勝ちます。死に打ち勝てば、復活変化します。復活変化すれば、永遠に生きます[20]。殉教証人たちの第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されます。戒めの真実さが証明されると、戒めを守れとお命じになる神様に対する疑念が消滅されます[21]。神様に対する疑念が消滅されると、神様をためらいなく愛するようになります[22]。神様を愛すれば、戒めを守ります。神様を愛する被造物は、罪を犯すことはできません。したがって、第1の復活は、被造物たちから犯罪の可能性を消滅させます。殉教証人たちの復活変化は、被造物たちの自由意志を完成します。したがって、第1の復活が起これば、大贖罪が始まります[23]

 最後のラッパは第7のラッパです。第7のラッパが鳴り響くと、殉教証人たちが復活変化します[24]。第7のラッパが鳴り響くと、第1の復活が起こります。したがって、第7のラッパが鳴り響く時、戒めの真実さが証明されます。第7のラッパが鳴り響く時、戒めが裁きの基準として立つことになります。第7のラッパが鳴り響くと、犯罪者たちに対する裁きが始まります[25]

 

黙5:11 また私は見た。私は、御座と生き物と長老たちとの回りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍であった。

黙5:12 彼らは大声で言った。「ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。」

黙5:13 また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」

黙5:14 また、四つの生き物はア-メンと言い、長老たちはひれ伏して拝んだ。

創2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。

イザ26:9 私のたましいは、夜あなたを慕います。まことに、私の内なる霊はあなたを切に求めます。あなたのさばきが地に行なわれるとき、世界の住民は義を学んだからです。

イザ26:10 悪者はあわれみを示されても、義を学びません。正直の地で不正をし、主のご威光を見ようともしません。

イザ65:17 見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない。

イザ65:18 だから、わたしの創造するものを、いついつまでも樂しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を樂しみとする。

イザ65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を樂しむ。そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。

黙21:1 また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。

黙21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って來るのを見た。

黙21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、

黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

黙22:1 御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、

黙22:2 都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。

黙22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と小羊との御座が都の中にあって、そのしもべたちは神に仕え、

黙22:4 神の御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の名がついている。

黙22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは永遠に王である。

黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

 時空間から罪が消滅されると、時空間に安息が実現されます。2025年現在、アダムの創造から6000年が経ちました。創造の一日を1000年と見なすと[26]、2025年は6番目の1000年、すなわち第6日です。2025年現在、最初のアダムが創造されてから6000年がほぼ終わりに近づいています。創造の第6日がほぼ終わりに近づいています。

 第6日が縁までいっぱいになると[27]、第2の位格なる神様が再びご親臨なさいます。6000年が縁までいっぱいになると、第1の復活が起こります。2025年現在、6000年がほぼ縁までいっぱいになりました。第7日がもうすぐ始まろうとしています。創造の第7日は7番目の1000年です。7番目の1000年は1000年王国です。神様はサタンを1000年間、底知れぬ所にお閉じ込めになります。したがって、1000年王国には惑わしはありません[28]。それゆえ、1000年がほぼ終わるまで、1000年王国には罪はありません[29]。1000年王国が始まる直前、花嫁が用意されます[30]。6人の偽りの花婿を経た女が[31]、ついに真の花婿に出会うのです[32]

 神様は第6日に獣と神様の形をご創造なさいます[33]。第6日の終わりに、サタンが海と地から獣を起こします[34]。第6日の終わりに、獣を治める神様の形たちが現れます。第6日の終わりに、獣の刻印を拒否して殉教する神様の形たちが現れます[35]。第6日の終わりに、殉教証人たちの定められた数がすべて満ちます。第6日の終わりに現れる神様の形たちの中には、人々の中から贖われた初穂たちがいます[36]。彼らは144000人です。彼らは後の雨としてまでもご親臨なさる聖霊神様を祀った聖徒たちです[37]

 第2の位格なる神様が再びご親臨なさり、以前の天と以前の地をお燃やしなさいます。以前の天と以前の地をお燃やしなさった後、第2の位格なる神様は新しい天と新しい地をお創りになります。第2の位格なる神様は義で新しい天と新しい地をご支配になります[38]。新しい地が創られると、創造は事実上完成されます。1000年後に、第2の位格なる神様は時空間から罪をご消滅させなさいます[39]。しかし、すでに義なる被造物たちの自由意志は完成されています。検証を経なければならない1000年王国の民を除いては[40]、再び罪を犯す者はいません。

 第2の位格なる神様は、ご相続になった財産を愛の戒めを通してご完成なさいます[41]。第2の位格なる神様は、第2の位格なる神様に服従する被造物たちだけをお残しになります[42]。第2の位格なる神様は、神様を愛し隣人を愛する被造物たちだけをお残しになります[43]。第2の位格なる神様は、神様に逆らい隣人を踏みにじる被造物たちは火の池でお燃やしなさいます[44]。第2の位格なる神様は、ご自身がご相続になった財産から罪をご消滅させなさいます[45]

 第2の位格なる神様の十字架を通して、被造物たちの自由意志は完成されます[46]。第2の位格なる神様の十字架を通して、時空間から罪は消滅されます[47]。第2の位格なる神様の十字架を通して、被造物たちが第1の位格なる神様のもとへと進むことができるようになります[48]。第2の位格なる神様の十字架を通して、時空間が第1の位格なる神様に受け入れられることができるようになります[49]。第2の位格なる神様の十字架を通して、第1の位格なる神様と被造物たちの間に平和が実現されます[50]

 十字架の血は神様の愛と公義を証明します。十字架の血はアダムの罪を洗い清めます。罪が赦されたアダムが戒めの真実さを証明します[51]。十字架の愛とアダムの第1の復活を確認した御使いたちは、もはや神様を誤解しません[52]。御使いたちに残っていた神様に対する疑念は消滅されます[53]。十字架の血を通して、人間たちと御使いたちの自由意志が完成されます[54]


[1] ホセ4:1 イスラエル人よ。主のことばを聞け。主はこの地に住む者と言い争われる。この地には真実がなく、誠実がなく、神を知ることもないからだ。

 ホセ4:2 ただ、のろいと、欺きと、人殺しと、盗みと、姦通がはびこり、流血に流血が続いている。

 ホセ4:3 それゆえ、この地は喪に服し、ここに住む者はみな、野の獣、空の鳥とともに打ちしおれ、海の魚さえも絶え果てる。

[2] 創4:7 あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」

 創4:8 しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。

[3] マタイ23:34 だから、わたしが預言者、知者、律法学者たちを遣わすと、おまえたちはそのうちのある者を殺し、十字架につけ、またある者を会堂でむち打ち、町から町へと迫害して行くのです。

 マタイ23:35 それは、義人アベルの血からこのかた、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上で流されるすべての正しい血の報复があなたがたの上に來るためです。

 マタイ23:36 まことに、あなたがたに告げます。これらの報いはみな、この時代の上に來ます。

 マタイ23:37 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。

[4] イザ11:6 狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。

 イザ11:7 雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。

 イザ11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。

 イザ11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。

[5] 出34:6 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、

 出34:7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」

[6] 創3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

 創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

[7] 1ヨハ5:2 私たちが神を愛してその命令を守るなら、そのことによって、私たちが神の子どもたちを愛していることがわかります。

 1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

[8] ロマ8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

 ロマ8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

 ロマ8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

[9] ロマ6:2 絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。

 ロマ6:3 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト․イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。

[10] ヨハネ13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

[11] ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

 ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

[12] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[13] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[14] ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

[15] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。

[16] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

 ヨハネ15:14 わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。

[17] 使徒2:24 しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。

[18] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[19] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[20] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。

 ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです。

[21] エフェ3:9 また、万物を創造された神の中に世世隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。

 エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリスト․イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[22] 1ヨハ4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

[23] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。

  レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。

 レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。

[24] 1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。

 1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

[25] 黙11:15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声 が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」

 黙11:16 それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、

 黙11:17 言った。「万物の支配者、常にいまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。

 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」

 黙11:19 それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。

[26] 2ペト3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。

[27] ヨハネ2:6 さて、そこには、ユダヤ人のきよめのしきたりによって、それぞれ八十リットルから百二十リットル入りの石の水がめが六つ置いてあった。

 ヨハネ2:7 イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。

[28] 黙20:1 また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って來るのを見た。

 黙20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、

 黙20:3 底知れぬ所に投げ翔んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

[29] イザ65:17 見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない。

 イザ65:18 だから、わたしの創造するものを、いついつまでも樂しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を樂しみとする。

 イザ65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を樂しむ。そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。

 イザ65:20 そこにはもう、數日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

 イザ65:21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。

 イザ65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者は、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。

 イザ65:23 彼らはむだに勞することもなく、子を産んで、突然その子が死ぬこともない。彼らは主に祝福された者のすえであり、その子孫たちは彼らとともにいるからだ。

 イザ65:24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。

 イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。

[30] 黙19:7 私たちは喜び樂しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が來て、花嫁はその用意ができたのだから。

 黙19:8 花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。」

[31] ヨハネ4:17 女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。

 ヨハネ4:18 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。 」

[32] 黙19:11 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。

[33] 創1:25 神は、その種類にしたがって野の獣、その種類にしたがって家畜、その種類にしたがって地のすべてのはうものを造られた。神は見て、それをよしとされた。

 創1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

[34] 黙13:1 また私は見た。海から一匹の獣が上って來た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。

[35] 黙13:15 それから、その獣の像に息を吹き翔んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

[36] 黙14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。

 黙14:2 私は天からの声を聞いた。大水の音のようで、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあった。

 黙14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。

[37] 黙7:3 「私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。」

 黙7:4 それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。

[38] イザ32:1 見よ。ひとりの王が正義によって治め、首長たちは公義によってつかさどる。

 イザ32:2 彼らはみな、風を避ける避け所、あらしを避ける隠れ場のようになり、砂漠にある水の流れ、かわききった地にある大きな岩の陰のようになる。

[39] 黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。

 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

[40] 黙20:7 しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、

 黙20:8 地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。

[41] ヨハネ13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

[42] マタイ25:41 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。

 マタイ25:42 おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べる物をくれず、渇いていたときにも飲ませず、

 マタイ25:43 わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物をくれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』

[43] ヨハネ6:55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。

 ヨハネ6:56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。

 ヨハネ6:57 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。

[44] 1ヨハ3:14 私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています。それは、兄弟を愛しているからです。愛さない者は、死のうちにとどまっているのです。

 1ヨハ3:15 兄弟を憎む者はみな、人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。

[45] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[46] ロマ14:7 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。

 ロマ14:8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。

[47] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[48] ヨハネ14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに來ることはありません。

[49] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。

[50] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[51] ヘブ11:35 女たちは、死んだ者をよみがえらせていただきました。またほかの人たちは、さらにすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを願わないで拷問を受けました。

 ヘブ11:36 また、ほかの人たちは、あざけられ、むちで打たれ、さらに鎖につながれ、牢に入れられるめに会い、

 ヘブ11:37 また、石で打たれ、試みを受け、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊ややぎの皮を着て歩き回り、乏しくなり、悩まされ、苦しめられ、

 ヘブ11:38 ―この世は彼らにふさわしい所ではありませんでした。―荒野と山とほら穴と地の穴とをさまよいました。

[52] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[53] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。

 黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」

 黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」

[54] エフェ1:7 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。

 エフェ1:8 神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、

 エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

 

 第2の位格なる神様は愛の戒めで時空間をご支配になります。第2の位格なる神様は、戒めを破って隣人を踏みにじる犯罪者たちをすべて火の池でお燃やしなさいます。

 

黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。

黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

黙20:15 いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ翔まれた。

ヨハネ8:24 それでわたしは、あなたがたが自分の罪の中で死ぬと、あなたがたに言ったのです。もしあなたがたが、わたしのことを信じなければ、あなたがたは自分の罪の中で死ぬのです。」

ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

ヨハネ12:47 だれかが、わたしの言うことを聞いてそれを守らなくても、わたしはその人をさばきません。わたしは世をさばくために來たのではなく、世を救うために來たからです。

ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

ヨハネ12:49 わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。

ヨハネ12:50 わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」

ヨハネ15:5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

ヨハネ15:6 だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人人はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。

ヨハネ16:11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。

ルカ10:16 あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾ける者であり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒む者です。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒む者です。」

ルカ12:5 恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。

ルカ12:47 主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。

ルカ12:48 しかし、知らずにいたために、むち打たれるようなことをしたしもべは、打たれても、少しで済みます。すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。

マタイ3:12 手に箕を持っておられ、ご自分の脱穀場をすみずみまできよめられます。麦を倉に納め、殻を消えない火で焼き所くされます。」

マタイ13:40 ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。

マタイ13:41 人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行なう者たちをみな、御国から取り集めて、

マタイ13:42 火の燃える爐に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

マタイ25:41 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。

マタイ25:42 おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べる物をくれず、渇いていたときにも飲ませず、

マタイ25:43 わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物をくれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』

マルコ9:47 もし、あなたの目があなたのつまずきを引き起こすのなら、それをえぐり出しなさい。片目で神の国にはいるほうが、両目そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

マルコ9:48 そこでは、彼らを食ううじは、所きることがなく、火は消えることがありません。

マルコ9:49 すべては、火によって、夷けをつけられるのです。

1ヨハ3:8 罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。

1ヨハ3:23 神の命令とは、私たちが御子イエス.キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。

1ヨハ5:11 そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。

1ヨハ5:12 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

詩37:10 ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。

詩37:20 しかし悪者は滅びる。主の敵は牧場の青草のようだ。彼らは消えうせる。煙となって消えうせる。

詩96:10 国国の中で言え。「主は王である。まことに、世界は堅く建てられ、揺らぐことはない。主は公正をもって国国の民をさばく。」

詩96:13 確かに、主は來られる。確かに、地をさばくために來られる。主は、義をもって世界をさばき、その真実をもって国国の民をさばかれる。

詩98:9 確かに、主は地をさばくために來られる。主は義をもって世界をさばき、公正をもって国国の民を、さばかれる。

箴19:16 命令を守る者は自分のいのちを保ち、自分の道をさげすむ者は死ぬ。

創2:17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」

イザ34:8 それは主の復讐の日であり、シオンの訴えのために仇を返す年である。

イザ34:9 エドムの川はピッチに、その土は硫黄に変わり、その地は燃えるピッチになる。

イザ34:10 それは夜も昼も消えず、いつまでもその煙は立ち上る。そこは代代にわたって、廃墟となり、だれも、もうそこを通る者はない。

イザ47:14 見よ。彼らは刈り株のようになり、火が彼らを焼き尽くす。彼らは自分のいのちを炎の手から救い出すこともできない。これは身を暖める炭火でもなく、その前にすわれる火でもない。

イザ66:24 「彼らは出て行って、わたしにそむいた者たちのしかばねを見る。そのうじは死なず、その火も消えず、それはすべての人に、忌みきらわれる。」

エレ4:3 まことに主は、ユダの人とエルサレムとに、こう仰せられる。「耕地を開拓せよ。いばらの中に種を蒔くな。

エレ4:4 ユダの人とエルサレムの住民よ。主のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。さもないと、あなたがたの悪い行ないのため、わたしの憤りが火のように出て燃え上がり、消す者もいないだろう。」

エレ7:20 それで、神である主はこう仰せられる。「見よ。わたしの怒りと憤りは、この場所と、人間と、家畜と、畑の木と、地の産物とに注がれ、それは燃えて、消えることがない。」

エゼ18:4 見よ、すべてのいのちはわたしのもの。父のいのちも、子のいのちもわたしのもの。罪を犯した者は、その者が死ぬ。

マラ4:1 見よ。その日が來る。かまどのように燃えながら。その日、すべて高ぶる者、すべて悪を行なう者は、わらとなる。來ようとしているその日は、彼らを焼き尽くし、根も枝も残さない。―万軍の主は仰せられる。―

使徒24:25 しかし、パウロが正義と節制とやがて來る審判とを論じたので、ペリクスは恐れを感じ、「今は帰ってよい。おりを見て、また呼び出そう。」と言った。

1コリ6:9 あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、

1コリ6:10 盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。

2コリ5:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

ガラ5:19 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、

ガラ5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、 派心、分裂、分派、

ガラ5:21 ねたみ、聆瓔、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。

コロ2:15 神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。

2テサ1:8 そのとき主は、神を知らない人人や、私たちの主イエスの福音に従わない人人に報复されます。

2テサ1:9 そのような人人は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。

2テモ1:10 それが今、私たちの救い主キリスト․イエスの現われによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。

ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

ヘブ6:7 土地は、その上にしばしば降る雨を吸い込んで、これを耕す人たちのために有用な作物を生じるなら、神の祝福にあずかります。

ヘブ6:8 しかし、いばらやあざみなどを生えさせるなら、無用なものであって、やがてのろいを受け、ついには焼かれてしまいます。

ヘブ10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。

ヘブ10:27 ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。

ヘブ10:28 だれでもモ-セの律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。

ヘブ10:29 まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。

ヘブ10:30 私たちは、「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする。」、また、「主がその民をさばかれる。」と言われる方を知っています。

ヘブ10:31 生ける神の手の中に陥ることは恐ろしいことです。

ヘブ12:25 語っておられる方を拒まないように注意しなさい。なぜなら、地上においても、警告を与えた方を拒んだ彼らが処罰を免れることができなかったとすれば、まして天から語っておられる方に背を向ける私たちが、処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。

2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

ユダ1:6 主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおそるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。

黙1:17 それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、

黙1:18 生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。

黙12:7 さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、

黙12:8 勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。

黙12:9 こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。

黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

黙14:9 また、第三の、別の御使いも、彼らに続いてやって來て、大声で言った。「もし、だれでも、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、

黙14:10 そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。

黙14:11 そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。

 戒めの真実さが証明されると、戒めは裁きの基準として立てられます[1]。戒めが裁きの基準として立てられると、隣人を踏みにじる行為に対する裁きが執行されます[2]。第2の位格なる神様はすなわち戒めでいらっしゃいます[3]。第2の位格なる神様に逆らう者たちは火の池に投げ込まれます[4]。被造物とおなりになった第2の位格なる神様に逆らうことは、すなわち第1の位格なる神様に逆らうことです[5]。第2の位格なる神様はすなわち被造物たちが存在する目的でいらっしゃいます[6]。第2の位格なる神様に服従しない被造物たちは、存在する価値のないものです[7]。第2の位格なる神様は隣人を踏みにじる犯罪者たちを火の池でお燃やしなさいます。

 かつて罪を赦されたとしても、途中で堕落するならば、私たちは救いに至ることはできません[8]。かつて罪を赦されたとしても、途中で背教するならば、私たちは救いに至ることはできません[9]。かつて罪を赦されたとしても、途中で信仰が破船するならば、私たちは救いに至ることはできません[10]。かつて罪を赦されたとしても、途中で第2の位格なる神様に逆らい続けるならば、私たちの罪の赦しは取り消されます[11]

 第2の位格なる神様の血で罪を赦され、真理の知識まで下されたとしても堕落することはあります。かつて罪を赦されたとしても、後には第2の位格なる神様の血を汚す者となることがあります[12]。私たちが最後まで信仰を守ったのか、それとも途中で堕落したのかは、大きな白い御座の裁きの時に明らかにされます[13]

 教会は第2の位格なる神様の打ち場です。お召しをいただいて教会に入ったとしても、大きな白い御座の裁きの時に私たちが麦ではなかったという事実が証明されると、私たちは火の池に投げ込まれます[14]。罪を赦されて教会に入ったとしても、大きな白い御座の裁きの時に私たちが毒麦であったという事実が公にされれば、私たちは火の池に投げ込まれます[15]

 第2の位格なる神様に逆らう者たちは、神様の国を相続することはできません。これは罪を赦されたコリント教会の聖徒たちにご警告になる御言葉です。すなわち、私たちにご警告になる御言葉です[16]。肉の欲望に従って生きる者たちは、神様の国を相続することはできません。これは罪を赦されたガラテヤ教会の聖徒たちにご警告になる御言葉です[17]。すなわち、私たちにご警告になる御言葉です[18]

 雨は神様の御言葉です[19]。地は肉体、すなわち人です[20]。有用な作物は聖霊神様の実です[21]。いばらとあざみは肉の行いです[22]。義の実を結ぶ被造物たちだけが火の池の裁きを避けることができます[23]。これは罪を赦された聖徒たちにご警告になる御言葉です。

 最初から第2の位格なる神様に服従したことのない者たちは、いずれにせよ神様の国に入ることはできません。罪を赦された者たちにのみ、大きな白い御座の裁きを通過する機会があるのです[24]。罪を赦された者たちにのみ、救われる機会があるのです[25]。罪を赦された者たちにのみ、永遠の命に至る機会があるのです[26]

 すべての被造物たちは必ず善悪の裁きをいただきます。御使いも[27]人も例外はありません[28]。第2の位格なる神様に逆らった被造物たちが火の池に投げ込まれるという事実に変わりはありません。ただし、刑罰には差等があるでしょう。多くの罪を犯した犯罪者は長く燃え続けるでしょう。少ない罪を犯した犯罪者は短く燃えるでしょう[29]。油が多ければ長く燃えるように、罪悪が多ければ長く燃えるのではないかと推測します。

 神様は公義でいらっしゃいます。少ない罪を犯した犯罪者がサタンと同じ刑罰をいただくことはあり得ません。しかし、少ない罪を犯したからといって永遠に生きることもありません。自由意志は刑罰によって完成されることはありません[30]。最後まで罪を固執した犯罪者が刑罰をいただいた後に神様を愛するようになることはありません[31]。犯罪者が罪の代償分だけ燃えた後には、おそらく非存在に戻ることになるようです[32]。火の池で燃える罪は永遠ではありませんが、罪を燃やす火の池は永遠であり得ます。火の池は、少なくとも時空間のすべての罪悪が消滅されるまでは消えないでしょう。

 神様はすべてのことをご存じでいらっしゃいます[33]。しかし、被造物たちは現れた現象しか知ることができません[34]。もし神様がサタンと他の犯罪者を同等にご刑罰なさるならば、神様の公義に疑問を持つ被造物がいるかもしれません。神様の公義を納得できない被造物の自由意志は完成されません。神様に対して疑問を持った被造物からは、犯罪の可能性が消滅されません。

 したがって、第2の位格なる神様は公に[35]お裁きなさいます[36]。公にお裁きなさるので、被造物たちは裁きの理由を納得することができます[37]。神様はすべてのことをご存じでいらっしゃいます。したがって、非公開でお裁きなさっても神様の裁きは義です[38]。しかし、もし神様が非公開でお裁きなさるつもりであったならば、神様はそもそも被造物たちに神様の愛と公義をご証明なさろうともなさらなかったでしょう[39]

 神様が人にご要求になる戒めの限界は、命を捨てることです[40]。命を捨てる愛が、人がなしうる最大の愛です。神様と隣人を愛することによって命を捨てるならば、彼は本当に戒めをよく守ったのです[41]。愛の戒めを守るために命を捨てた人を、私たちは殉教証人と呼びます[42]

 定められた数の殉教証人たちによって、戒めが守りうるものであること、すなわち戒めの真実さが証明されます[43]。定められた数の殉教証人たちが復活変化する時、戒めの真実さが証明されます[44]。第1の復活によって戒めの真実さが証明されます[45]。殉教証人たちの数がほぼ満ちる頃、第2の位格なる神様はサタンの噓っぱちの群れを地にお追い出しになります[46]。地に追い出されたサタンは、海と地から獣を起こして[47]最後の悪あがきをします[48]

 第2の位格なる神様は罪をご消滅させなさるために被造物とおなりになりました[49]。第2の位格なる神様は悪魔の仕業をお打ち壊しになるために時空間にご親臨なさいました。被造物たちから犯罪の可能性が消滅されると、創造は完成されます[50]。被造物たちの自由意志が完成されると、創造は完成されます。被造物たちが誰も罪を犯さなくなると、創造は完成されます[51]

 誰も罪を犯さなくなると、誰も死ぬことはなくなります[52]。誰も死ぬことがなくなると、第2の位格なる神様は死までも火の池でお燃やしなさってなくなさいます[53]。死は罪の結果です[54]。ハデスは罪の領域です[55]。第2の位格なる神様が死とハデスを火の池でお燃やしなさるなると、時空間から罪は完全に消滅されます[56]。創造は完全に完成されます。

 第2の位格なる神様は時空間のすべての権威をお持ちになりました[57]。すべての権威の中には、死とハデスの鍵も含まれています[58]。第2の位格なる神様は死とハデスを火の池でお燃やしなさいます。第2の位格なる神様は創造主神様でいらっしゃいます[59]。第2の位格なる神様は時空間をご相続になる必要はありません[60]。しかし、第2の位格なる神様はご自身を無にされて被造物とおなりになりました[61]。それゆえ、第2の位格なる神様は被造物として時空間をご相続になります[62]

 第2の位格なる神様は一瞬になさって時空間全体をご消滅させなさることができます[63]。しかし、第2の位格なる神様は時空間をご相続になった被造物として、死とハデスを火の池でお燃やしなさいます。第2の位格なる神様は被造物の方法で罪をお裁きなさいます。第2の位格なる神様はご復活になった体で[64]白い御座の法廷をお開きになり、罪をお裁きなさいます[65]。被造物たちは裁きの過程をすべて見守ります[66]。それゆえ、被造物たちは神様の裁きを納得することができます[67]

 もし第2の位格なる神様が、一瞬になさって犯罪者をご消滅させなさってしまわれるならば、被造物たちは神様の裁きを納得できないでしょう。もし第2の位格なる神様が、公に犯罪者たちの罪をご立証にならないならば、被造物たちは神様の裁きを納得できません。しかし、第2の位格なる神様は大きな白い御座の裁きを通して公に罪をお裁きなさいます[68]


[1] 黙11:15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声 が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」

 黙11:16 それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、

 黙11:17 言った。「万物の支配者、常にいまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。

 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」

[2] 黙15:1 また私は、天にもう一つの巨大な驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りはここに窮まるのである。

[3] 1ヨハ3:23 神の命令とは、私たちが御子イエス.キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。

[4] ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

 ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

[5] ヨハネ12:44 また、イエスは大声で言われた。「わたしを信じる者は、わたしではなく、わたしを遣わした方を信じるのです。

 ヨハネ12:45 また、わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見るのです。

[6] コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

[7] イザ43:21 わたしのために造ったこの民はわたしの栄轝を宣べ伝えよう。

[8] テト1:16 彼らは、神を知っていると口では言いますが、行ないでは否定しています。実に忌まわしく、不従順で、どんな良いわざにも不適格です。

[9] マタイ25:44 そのとき、彼らも答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹であり、渇き、旅をし、裸であり、病気をし、牢におられるのを見て、お世話をしなかったのでしょうか。』

 マタイ25:45 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げます。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしにしなかったのです。』

[10] 1ペト1:9 これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。

[11] 1テモ1:19 ある人たちは、正しい良心を捨てて、信仰の破船に会いました。

[12] ヘブ10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。

 ヘブ10:27 ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。

 ヘブ10:28 だれでもモ-セの律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。

 ヘブ10:29 まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。

[13] マタイ7:21 わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。

 マタイ7:22 その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。』

 マタイ7:23 しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

[14] マタイ3:12 手に箕を持っておられ、ご自分の脱穀場をすみずみまできよめられます。麦を倉に納め、殻を消えない火で焼き所くされます。」

[15] マタイ13:26 麦が芽生え、やがて実ったとき、毒麦も現われた。

 マタイ13:27 それで、その家の主人のしもべたちが來て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』

 マタイ13:28 主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』

 マタイ13:29 だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。

 マタイ13:30 だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」

[16] 1コリ10:8 また、私たちは、彼らのある人たちが姦淫をしたのにならって姦淫をすることはないようにしましょう。彼らは姦淫のゆえに一日に二万三千人死にました。

 1コリ10:9 私たちは、さらに、彼らの中のある人たちが主を試みたのにならって主を試みることはないようにしましょう。彼らは蛇に滅ぼされました。

 1コリ10:10 また、彼らの中のある人たちがつぶやいたのにならってつぶやいてはいけません。彼らは滅ぼす者に滅ぼされました。

 1コリ10:11 これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。

[17] ガラ3:29 もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

[18] ガラ3:3 あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか。

[19] 申32:2 私のおしえは、雨のように下り、私のことばは、露のようにしたたる。若草の上の小雨のように。青草の上の夕立のように。

[20] マタイ13:18 ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。

 マタイ13:19 御国のことばを聞いても悟らないと、悪い者が來て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。

[21] ガラ5:22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、

 ガラ5:23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。

[22] ガラ5:19 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、

 ガラ5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、 派心、分裂、分派、

 ガラ5:21 ねたみ、聆瓔、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。

[23] ヤコ3:14 しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。

 ヤコ3:15 そのような知恵は、上から來たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。

 ヤコ3:16 ねたみや敵対心のあるところには、秩序の亂れや、あらゆる邪悪な行ないがあるからです。

 ヤコ3:17 しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。

 ヤコ3:18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。

[24] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

 エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

 エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

[25] 1コリ15:2 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。

[26] 1ヨハ3:14 私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています。それは、兄弟を愛しているからです。愛さない者は、死のうちにとどまっているのです。

 1ヨハ3:15 兄弟を憎む者はみな、人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。

[27] 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

[28] 1コリ4:9 私は、こう思います。神は私たち使徒を、死罪に決まった者のように、行列のしんがりとして引き出されました。こうして私たちは、御使いにも人々にも、この世の見せ物になったのです。

[29] ルカ12:47 主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。

 ルカ12:48 しかし、知らずにいたために、むち打たれるようなことをしたしもべは、打たれても、少しで済みます。すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。

[30] 1ヨハ4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

[31] 黙16:8 第四の御使いが鉢を太陽に向けてぶちまけた。すると、太陽は火で人々を焼くことを許された。

 黙16:9 こうして、人々は激しい炎熱によって焼かれた。しかも、彼らは、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名に対してけがしごとを言い、悔い改めて神をあがめることをしなかった。

 黙16:10 第五の御使いが鉢を獣の座にぶちまけた。すると、獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。

 黙16:11 そして、その苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行ないを悔い改めようとしなかった。

[32] イザ29:7 アリエルに戦いをいどむすべての民の群れ、これを攻めて、これを取り囲み、これをしいたげる者たちはみな、夢のようになり、夜の幻のようになる。

 イザ29:8 飢えた者が、夢の中で食べ、目がさめると、その腹はからであるように、渇いている者が、夢の中で飲み、目がさめると、なんとも疲れて、のどが干からびているように、シオンの山に戦いをいどむすべての民の群れも、そのようになる。

[33] エレ23:24 人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか。―主の御告げ。―天にも地にも、わたしは満ちているではないか。―主の御告げ。―

[34] 2コリ5:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

[35] 黙20:12 また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。

[36] 1テモ5:24 ある人たちの罪は、それがさばきを受ける前から、だれの目にも明らかですが、ある人たちの罪は、あとで明らかになります。

 1テモ5:25 同じように、良い行ないは、だれの目にも明らかですが、そうでないばあいでも、いつまでも隠れたままでいることはありません。

[37] ルカ8:17 隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現われないものはありません。

[38] ヨハネ8:16 しかし、もしわたしがさばくなら、そのさばきは正しいのです。なぜなら、わたしひとりではなく、わたしとわたしを遣わした方とがさばくのだからです。

 ヨハネ8:17 あなたがたの律法にも、ふたりの証言は真実であると書かれています。

 ヨハネ8:18 わたしが自分の証人であり、また、わたしを遣わした父が、わたしについてあかしされます。」

[39] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[40] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

 ヨハネ15:14 わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。

[41] マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

 マタイ22:38 これがたいせつな第一の戒めです。

 マタイ22:39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

 マタイ22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

[42] ヘブ11:35 女たちは、死んだ者をよみがえらせていただきました。またほかの人たちは、さらにすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを願わないで拷問を受けました。

 ヘブ11:36 また、ほかの人たちは、あざけられ、むちで打たれ、さらに鎖につながれ、牢に入れられるめに会い、

 ヘブ11:37 また、石で打たれ、試みを受け、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊ややぎの皮を着て歩き回り、乏しくなり、悩まされ、苦しめられ、

 ヘブ11:38 ―この世は彼らにふさわしい所ではありませんでした。―荒野と山とほら穴と地の穴とをさまよいました。

[43] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[44] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[45] 黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」

[46] 黙12:7 さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、

 黙12:8 勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。

 黙12:9 こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。

 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[47] 黙12:12 それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわいが來る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」

[48] 黙13:1 また私は見た。海から一匹の獣が上って來た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。

  黙13:11 また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って來た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。

[49] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[50] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

[51] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[52] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[53] 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。

[54] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。

[55] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

[56] 詩37:10 ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。

[57] マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。

[58] 黙1:17 それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、

 黙1:18 生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。

[59] コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

 コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

[60] ネヘ9:6 「ただ、あなただけが主です。あなたは天と、天の天と、その万象、地とその上のすべてのもの、海とその中のすべてのものを造り、そのすべてを生かしておられます。そして、天の軍勢はあなたを伏し拝んでおります。

[61] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

 ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。

[62] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

[63] ヘブ1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

[64] ルカ24:39 わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。」

 ルカ24:40 [本節欠如]

 ルカ24:41 それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物がありますか。」と言われた。

 ルカ24:42 それで、焼いた魚を一切れ差し上げると、

 ルカ24:43 イエスは、彼らの前で、それを取って召し上がった。

[65] ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。

 ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。

[66] 2コリ5:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

[67] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。

 黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」

 黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」

[68] コヘ12:14 神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。

 

 第2の位格なる神様はご自身を無にされて被造物とおなりになります。隣人を踏みにじるサタンは、結局、自身をお創りになった創造主までも殺します。隣人を踏みにじる行為を神様がお防ぎになるので、サタンは結局神様までも殺します。罪の結末は創造主神様までも殺すことです。

 

申5:17 殺してはならない。

ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

ヨハネ10:10 盗人が來るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが來たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。

マラ3:5 「わたしは、さばきのため、あなたがたのところに近づく。わたしは、ためらうことなく証人となり、呪術者、姦淫を行なう者、偽って誓う者、不正な賃金で雇い人をしいたげ、やもめやみなしごを苦しめる者、在留異国人を押しのけて、わたしを恐れない者たちに、向かう。―万軍の主は仰せられる。―

エゼ22:6 見よ。イスラエルの君主たちはみな、おまえの中で暴力をふるって血を流している。

エゼ22:7 おまえの中では、父や母は軽んじられ、おまえのところにいる在留異国人は虐待され、おまえの中にいるみなしごや、やもめはしいたげられている。

エゼ22:8 おまえはわたしの聖なるものをさげすみ、わたしの安息日を汚した。

エゼ22:9 おまえのうちのある者たちは、血を流そうと他人を中傷し、ある者は丘の上で食事をし、おまえの中でみだらなことをした。

ヨブ31:9 もしも、私の心が女に惑わされ、隣人の門で待ち伏せしたことがあったなら、

ヨブ31:13 私のしもべや、はしためが、私と争ったとき、もし、私が彼らの言い分をないがしろにしたことがあるなら、

ヨブ31:14 神が立たれるとき、私はどうすればよいか。また、神がお調べになるとき、何と答えたらよいか。

ヨブ31:15 私を胎内で造られた方は、彼らをも造られたのではないか。私たちを母の胎内に形造られた方は、ただひとりではないか。

ヨブ31:16 もし、私が寄るべのない者の望みを退け、やもめの目を衰え果てさせ、

ヨブ31:17 私ひとりだけで食物を食べて、みなしごにそれを食べさせなかったのなら、

ヨブ31:18 ―私の若いときから、彼は私を父のようにして育ち、私は、母の胎にいたときから、彼女を導いた。―

ヨブ31:19 もし、私が、着る物がなくて死にかかっている者や、身をおおう物を持っていない貧しい者を見たとき、

ヨブ31:20 彼の腰が私にあいさつをせず、私の子羊の毛でそれが暖められなかったのなら、

ヨブ31:21 あるいは、私を助ける者が門のところにいるのを見ながら、みなしごに向かって私の手を振り上げたことがあるなら、

ヨブ31:22 私の肩の骨が肩から落ち、私の腕がつけ根から折れてもよい。

ホセ4:1 イスラエル人よ。主のことばを聞け。主はこの地に住む者と言い争われる。この地には真実がなく、誠実がなく、神を知ることもないからだ。

ホセ4:2 ただ、のろいと、欺きと、人殺しと、盗みと、姦通がはびこり、流血に流血が続いている。

ホセ4:3 それゆえ、この地は喪に服し、ここに住む者はみな、野の獣、空の鳥とともに打ちしおれ、海の魚さえも絶え果てる。

ヤコ4:4 貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。

 サタンは戒めを破り、隣人を踏みにじります。戒めがなければ、弱い被造物たちが強い被造物たちに踏みにじられるしかありません。サタンは隣人を踏みにじるために戒めを廃止させようとします。サタンは隣人の上に君臨しようとします。最初にヘレルが反逆した時、御使いたちはヘレルの主張がどのような結果を生むのかをよく知らなかったかもしれません。しかし、今や御使いたちは、戒めがない時にどのようなことが発生するのかを見たことでしょう。

 サタンは神様に敵対します。サタンは隣人を殺し、盗み、滅ぼします。サタンは隣人を姦淫させます。サタンは隣人を嘘で惑わします。サタンの悪行を通して、被造物たちは罪の実体を悟ります。被造物たちは時空間に戒めがない時に、何が起こるかを見ます。

 今のような仕組みの時空間では、愛の戒めを通してのみ被造物たちは幸せになることができます。御使いたちは神様がどのような仕組みで時空間をご存続させていらっしゃるかを見ます。御使いたちは神様の戒めの中に含まれた神様の愛を見ます[1]。御使いたちは神様がなぜ互いに愛し合えとお命じになるのかを悟ります。

 

ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

ヨハネ3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

ヨハネ3:19 そのさばきというのは、こうである。光が世に來ているのに、人人は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。

ヨハネ3:20 悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに來ない。

ヨハネ3:21 しかし、真理を行なう者は、光のほうに來る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。

ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。

ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。

ヨハネ8:35 奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。

ヨハネ8:36 ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。

ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

ヨハネ13:27 彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」

ヨハネ19:10 そこで、ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」

ヨハネ19:11 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」

使徒2:23 あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。

エフェ4:17 そこで私は、主にあって言明し、おごそかに勧めます。もはや、異邦人がむなしい心で歩んでいるように歩んではなりません。

エフェ4:18 彼らは、その知性において暗くなり、彼らのうちにある無知と、かたくなな心とのゆえに、神のいのちから遠く離れています。

ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

 第2の位格なる神様はご自身を無にされて被造物とおなりになります。時空間をご所有になっていらっしゃる第2の位格なる神様が、時空間に対する所有権をご放棄になります[2]。時空間に対する所有権をご放棄になった第2の位格なる神様が、被造物として所有権をご相続になります[3]。第2の位格なる神様は被造物とおなりになりました。第2の位格なる神様は相続主とおなりになりました。サタンは地球を占めるために相続主を殺します。サタンは地球を占めるために創造主神様を殺します[4]

 第2の位格なる神様は肉体をお纏になった戒めでいらっしゃいます[5]。戒めが肉体をお纏いになったので、戒めは肉体を通して現れます。戒めを守れとお命じになる御方が、ご自ら被造物とおなりになります[6]。神様は被造物とおなりになり、ご自ら戒めを守る模範をお示しになります。戒めは神様が被造物たちにご自身をお現しになる通路です。戒めを通して被造物たちは神様を見ます[7]

 第2の位格なる神様は裁きの基準とおなりになります[8]。被造物とおなりになった第2の位格なる神様に服従する者は、第1の位格なる神様に服従することです。第2の位格なる神様に服従しない者は、第1の位格なる神様に服従しないことです[9]。戒めを破って隣人を踏みにじる者たちは、第2の位格なる神様を拒否します。戒めを守って隣人を愛する者たちは、第2の位格なる神様を受け入れます[10]

 第2の位格なる神様はアダムでいらっしゃいます[11]。アダムとして、第2の位格なる神様は地球に対する代理管理権をご発揮になります[12]。第2の位格なる神様は人々に神様の御心をお伝えになります[13]。第2の位格なる神様は人々を罪からご解放なさいます[14]。第2の位格なる神様がいらっしゃる所ごとに神様の国が実現されます[15]。サタンはどんなに努力しても第2の位格なる神様を統制することはできません[16]

 サタンは御座を奪取しようとします。サタンは戒めを廃止させようとします。サタンは人々を罪を犯させるようにしようとします[17]。誰も戒めを守らなければ、その戒めは間違ったものです。戒めが間違ったものであるならば、戒めを守れとお命じになる御方が間違っていらっしゃることになるでしょう。神様が間違っていらっしゃるならば、神様は時空間をご支配になるべきではありません。神様が時空間をご支配にならないならば、サタンが時空間を支配することができます。

 ところが、第2の位格なる神様は人々を罪からお救い出しになります[18]。第2の位格なる神様は人々が戒めを守るようになさいます[19]。サタンは地球までも奪われるだろうと考えたようです。戒めを廃止させることができなければ、戒めによって裁かれなければなりません[20]。人々が戒めを守れば、サタンは火の池に投げ込まれなければなりません。ところが、第2の位格なる神様は人々が戒めを守るようになさいます[21]。しかも、サタンは第2の位格なる神様を罪を犯させるようにすることはできません。

 結局、サタンは第2の位格なる神様を殺します。第2の位格なる神様だけを殺せば、戒めを守る者たちは出ないだろうとサタンは考えたようです。第2の位格なる神様だけを殺せば、引き続き地球を掌握することができるだろうとサタンは考えたようです[22]。第2の位格なる神様だけを殺せば、戒めを廃止することができ、裁きを避けることができ、御座を奪取することができるだろうとサタンは考えたようです[23]

 しかし、それは愚かな考えでした。罪のない御方を殺すこと自体が、自身の不法を明白に証明することです[24]。死に打ち勝った者が今まで一人もいなかったので、第2の位格なる神様も死にお打ち勝ちになることはできないだろうとサタンは考えたようです。サタンは今まで多くの預言者たちを殺してきました[25]。今まで何の問題もありませんでした。

 戒めを守れば死に打ち勝ちます[26]。サタンは被造物が戒めを守ることが本当に不可能だと考えたのかもしれません。そうだとすると、サタンは復活を信じなかったでしょう。もしサタンが復活を信じていたならば、サタンは第2の位格なる神様を殺そうとはしなかったでしょう。どうせ再びお生き返しになる御方を殺して何になるというのでしょうか。

 サタンは神様までも殺しました。サタンは主イエス様が神様でいらっしゃることを知っていたのでしょうか?主イエス様が神様の御子でいらっしゃることはサタンも知っていたでしょう[27]。しかし、その神様の御子が神様でいらっしゃることを、サタンは知っていたのでしょうか[28]?義なる御使いたちは主イエス様が神様でいらっしゃるという事実を知っていたでしょう[29]。第1の位格なる神様が御使いたちに主イエス様に拝めとお命じになったからです[30]

 第2の位格なる神様は弟子たちにも、ご自身が神様でいらっしゃるという事実を最初から明らかになさいませんでした[31]。弟子たちでさえも、主イエス様が神様でいらっしゃるという事実を後になって知るようになりました[32]。弟子たちも主イエス様がメシヤでいらっしゃり神様の御子でいらっしゃることは知っていました[33]。しかし、その神様の御子がすなわち神様でいらっしゃるという事実は、弟子たちも最初は知りませんでした[34]

 主イエス様が神様でいらっしゃるという事実を弟子たちがすでに知っていたならば、主イエス様が十字架で亡くなられた時に弟子たちは絶望したでしょうか[35]。主イエス様が神様の御子でいらっしゃるという意味を、主イエス様が神様に愛される特別な被造物でいらっしゃるという意味程度にしか弟子たちは考えていなかったようです[36]

 主イエス様がすなわちヤハウェ神様でいらっしゃるという事実を弟子たちが知っていたならば、弟子たちの反応は違ったでしょう。ヤハウェ(エホバ)とは、「まします御方」という意味です。旧約時代には、第1の位格なる神様もヤハウェ神様と呼び、第2の位格なる神様もヤハウェ神様と呼びました[37]。第1の位格なる神様もまします御方でいらっしゃり、第2の位格なる神様もまします御方でいらっしゃるからです。御座にお置きになった御名を通して神様が被造物たちにご自身をお現しになっていらっしゃったからです[38]。第1の位格なる神様がなさろうと、第2の位格なる神様がなさろうと、被造物たちは神様がなさったと表現します。

 御使いたちの自由意志もまだ完成されていません。御使いたちも依然として犯罪の可能性を抱いています。御使いたちも実際にヤハウェ神様に拝することはできませんでした[39]。御使いたちは御座を通して命令をいただくしかありませんでした[40]。第2の位格なる神様はご自身を無にされて被造物とおなりになりました[41]。今や御使いたちは実際にヤハウェ神様に拝することができます[42]。そして、創造主神様が被造物たちにご自身をお現しになる御名は、「イエス」です[43]。「ヤハウェは救いでいらっしゃる」です[44]

 主イエス様はアダムでいらっしゃいました。御使いや人間が見るには、罪をお犯しにならないという点だけを除けば、主イエス様は他の人間たちと何の差もありませんでした[45]。呪われた肉体をお纏になっていらっしゃることまで完全に同じでした[46]。弟子たちでさえ、主イエス様が創造主神様でいらっしゃるという事実を知りませんでした[47]

 自分が創造主神様を殺しているという事実をサタンは知っていたのでしょうか?ただ神様に特別に愛される被造物を殺している程度にしかサタンは考えなかったのではないでしょうか[48]?最初のアダムは地球を管理していた者でした。サタンは最後のアダムもまた地球を管理なさる御方程度にしか考えなかったのではないでしょうか?もしサタンが主イエス様が創造主神様でいらっしゃることを知っていて主イエス様を殺したのであれば、何も言うことはありません。主イエス様が創造主神様でいらっしゃることをサタンが知って殺そうと知らずに殺そうと、サタンは自身をお創りになった創造主神様まで殺しました。

 いずれにせよ、サタンが主イエス様を殺した理由は、主イエス様がご相続になる相続財産を奪うためでした[49]。サタンがアダムを惑わした理由も、アダムに任された地球を奪うためでした。主イエス様は最後のアダムでした。神様がアダムに地球を任せられたので、アダムであれば誰でも地球を管理することができました。彼がその代理管理権を罪に売り渡さない限りはです[50]

 主イエス様が創造主神様でいらっしゃるという事実をサタンが知っていたかどうかに関わらず、義なる御使いたちは主イエス様が創造主神様でいらっしゃるという事実を知っていたでしょう。御使いたちはサタンが人々を踏みにじる悪行を見てきました。サタンが主イエス様までも殺すのを見て、御使いたちは驚愕したことでしょう。これ以上発展しようのないサタンの罪悪が明らかになりました。創造主神様を殺すこと以上に被造物にとって大きな罪はありません[51]。サタンがなぜ裁かれなければならないか、今や被造物たちは知っています[52]

 サタンは御使いの天からハデスに追い出されました[53]。天は神様の支配が実現される領域です[54]。第2の位格なる神様は天です。第2の位格なる神様を通してハデスの中に天が生じます。聖霊神様は天です。聖霊神様を通してハデスの中に天が生じます。サタンはハデスの中に実現された天から再び追い出されます[55]

 死は罪の報酬です。死ぬためにはまず罪を犯さなければなりません。罪を犯さなければ死ぬことはできません。第2の位格なる神様は罪をお犯しになりません[56]。したがって、第2の位格なる神様は亡くなられることはできません[57]。それゆえ、第2の位格なる神様はご復活になりました。

 ご復活になった後に、第2の位格なる神様は、すべての名にまさる名をご相続になったことを時空間に公式にご確定になります。被造物とおなりになった第2の位格なる神様は、時空間を公式にご相続になります[58]。今や時空間のすべての権威は第2の位格なる神様にあります[59]。死とハデスの権威もまた第2の位格なる神様にあります[60]。サタンは自分に同調する者たちの手を借りて、第2の位格なる神様を木につけて殺しました[61]。第2の位格なる神様はサタンのこのような罪悪をご利用になり[62]、悔い改める者たちをお贖いなさるためのいけにえとおなりになりました[63]

 


[1] ロマ13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。

 ロマ13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。

 ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

[2] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

[3] ヨハネ17:9 わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです。

 ヨハネ17:10 わたしのものはみなあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。

[4] ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

 ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

 ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

[5] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[6] 1ヨハ5:20 しかし、神の御子が來て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス.キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。

[7] マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

 マタイ22:38 これがたいせつな第一の戒めです。

 マタイ22:39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

 マタイ22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

[8] ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

 ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

[9] ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。

 ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。

[10] ヨハネ3:19 そのさばきというのは、こうである。光が世に來ているのに、人人は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。

 ヨハネ3:20 悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに來ない。

 ヨハネ3:21 しかし、真理を行なう者は、光のほうに來る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

[11] 創2:15 神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。

[12] 創1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

[13] ヨハネ14:24 わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした父のことばなのです。

[14] ルカ7:44 そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。わたしがこの家にはいって來たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、淚でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。

 ルカ7:45 あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、わたしがはいって來たときから足に口づけしてやめませんでした。

 ルカ7:46 あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。

 ルカ7:47 だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」

 ルカ7:48 そして女に、「あなたの罪は赦されています。」と言われた。

[15] マタイ12:28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに來ているのです。

[16] イザ10:15 斧は、それを使って切る人に向かって高ぶることができようか。のこぎりは、それをひく人に向かっておごることができようか。それは棒が、それを振り上げる人を動かし、杖が、木でない人を持ち上げるようなものではないか。

[17] 1ペト5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

[18] ヨハネ8:10 イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」

 ヨハネ8:11 彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」〕

 ヨハネ8:12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」

[19] マタイ7:28 イエスがこれらのことばを語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。

 マタイ7:29 というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。

[20] マラ3:5 「わたしは、さばきのため、あなたがたのところに近づく。わたしは、ためらうことなく証人となり、呪術者、姦淫を行なう者、偽って誓う者、不正な賃金で雇い人をしいたげ、やもめやみなしごを苦しめる者、在留異国人を押しのけて、わたしを恐れない者たちに、向かう。―万軍の主は仰せられる。―

[21] ヨハネ4:39 さて、その町のサマリヤ人のうち多くの者が、「あの方は、私がしたこと全部を私に言った。」と証言したその女のことばによってイエスを信じた。

 ヨハネ4:40 そこで、サマリヤ人たちはイエスのところに來たとき、自分たちのところに滞在してくださるように願った。そこでイエスは二日間そこに滞在された。

 ヨハネ4:41 そして、さらに多くの人人が、イエスのことばによって信じた。

 ヨハネ4:42 そして彼らはその女に言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです。」

[22] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

 エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

 エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

[23] ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

 ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

 ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

[24] ヨハネ19:10 そこで、ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」

 ヨハネ19:11 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」

[25] マタイ23:29 忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは預言者の墓を建て、義人の記念碑を飾って、

 マタイ23:30 『私たちが、先祖の時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう。』と言います。

 マタイ23:31 こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。

 マタイ23:32 あなたがたも先祖の罪の目盛りの不足分を満たしなさい。

 マタイ23:33 おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。

[26] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[27] ルカ4:3 そこで、悪魔はイエスに言った。「あなたが神の子なら、この石に、パンになれと言いつけなさい。」

[28] 詩102:25 あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 詩102:26 これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。

 詩102:27 しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。

[29] ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。

 ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。

 ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」

 ヘブ1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」

[30] ヘブ1:6 さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」

[31] マタイ16:13 さて、ピリポ__カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人人は人の子をだれだと言っていますか。」

 マタイ16:14 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」

 マタイ16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」

 マタイ16:16 シモン․ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

 マタイ16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ․シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。

[32] ヨハネ14:7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」

 ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」

 ヨハネ14:9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。

[33] ヨハネ1:40 ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン․ペテロの兄弟アンデレであった。

 ヨハネ1:41 彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った。」と言った。

[34] マタイ8:25 弟子たちはイエスのみもとに來て、イエスを起こして言った。「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」

 マタイ8:26 イエスは言われた。「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。」それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。

 マタイ8:27 人人は驚いてこう言った。「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

[35] ルカ24:17 イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。

 ルカ24:18 クレオパというほうが答えて言った。「エルサレムにいながら、近ごろそこで起こった事を、あなただけが知らなかったのですか。」

 ルカ24:19 イエスが、「どんな事ですか。」と聞かれると、ふたりは答えた。「ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で、行ないにもことばにも力のある預言者でした。

 ルカ24:20 それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです。

 ルカ24:21 しかし私たちは、この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました。事実、そればかりでなく、その事があってから三日目になりますが、

[36] マタイ17:5 彼がまだ話している間に、見よ、光り輝く雲がその人人を包み、そして、雲の中から、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい。」という声がした。

[37] 箴30:4 だれが天に上り、また降りて來ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。

[38] エズ6:12 エルサレムに御名を住まわせられた神は、この命令をあえて犯しエルサレムにあるこの神の宮を破壊しようとして手を出す王や民をみな、くつがえされますように。私ダリヨスは命令を下す。まちがいなくこれを守れ。」

[39] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。

[40] 代下2:6 天も、天の天も主をお入れできないのに、いったいだれが主のために宮を建てる力を持っているというのでしょうか。また、主のために宮を建てるというこの私は、いったい何者でしょう。ただ主の前に香をたくためだけの者です。

[41] ヨハネ10:29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

 ヨハネ10:30 わたしと父とは一つです。」

[42] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

[43] フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

 フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

[44] マタイ1:20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。

 マタイ1:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」

[45] ヨハネ10:32 イエスは彼らに答えられた。「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」

 ヨハネ10:33 ユダヤ人たちはイエスに答えた。「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです。」

[46] イザ53:2 彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

 イザ53:3 彼はさげすまれ、人人からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

[47] ヨハネ11:15 わたしは、あなたがたのため、すなわちあなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」

 ヨハネ11:16 そこで、デドモと呼ばれるトマスが、弟子の仲間に言った。「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか。」

[48] ヨブ1:6 ある日、神の子らが主の前に來て立ったとき、サタンも來てその中にいた。

[49] ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

 ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

 ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

[50] ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。

 ヨハネ8:35 奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。

 ヨハネ8:36 ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。

[51] サム上2:25 人がもし、ほかの人に対して罪を犯すと、神がその仲裁をしてくださる。だが、人が主に対して罪を犯したら、だれが、その者のために仲裁に立とうか。」しかし、彼らは父の言うことを聞こうとしなかった。彼らを殺すことが主のみこころであったからである。

[52] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

 ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

[53] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

[54] ロマ14:17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。

[55] マタイ12:28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに來ているのです。

[56] 2コリ5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

[57] 使徒2:24 しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。

[58] フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

 フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

 フィリ2:11 すべての口が、「イエス.キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

[59] マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。

[60] 黙1:17 それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、

 黙1:18 生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。

[61] 使徒2:23 あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。

[62] ヨハネ13:27 彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」

[63] ヨハネ10:17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

 ヨハネ10:18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」

 

Ω          第2の位格なる神様が創造主神様としていらっしゃるときでも、第1の位格なる神様に捨てられることができますか?

見方1:捨てられることができます

見方2:捨てられることができません

 見捨てられるということは、肉体とはあまり関係のない概念です。見捨てられる苦しみと肉体の苦しみは違います。第2の位格なる神様が被造物にならなければ、第1の位格なる神様に見捨てられることができないというわけではありません。無限を常にご存続させていらっしゃる時でも、第1の位格なる神様は第2の位格なる神様をお捨てになることができます。第2の位格なる神様が無限を常にご存続させていらっしゃる時でも、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様に見捨てられることができます。

 第2の位格なる神様は第1の位格なる神様のモルプヘでいらっしゃいます[1]。第2の位格なる神様は第1の位格なる神様と同等でいらっしゃいます。第1の位格なる神様と第2の位格なる神様は常にいらっしゃり、無限を常にご存続させていらっしゃいます。

 永遠無限(常常永遠)においては、第1の位格なる神様にも第2の位格なる神様にも、罪があることはできません。常常永遠においても時空間においても、神様はご自身に逆らうことはできません。神様はご自身をお否むになることはできません。死もまた被造物に過ぎません。罪があれば死に捕らえられるように時空間をご存続させていらっしゃる御方が神様でいらっしゃいます。第2の位格なる神様がご自身を無にされて被造物とおなりになった時にのみ、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様に見捨てられることができます。神様が今の時空間をそのようにご存続させていらっしゃるからです。

 もし第2の位格なる神様がアダムの罪をお被りにならなかったならば、第2の位格なる神様が被造物とおなりになったとしても、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様に見捨てられることはできなかったでしょう。第2の位格なる神様は永遠に罪をお犯しになりませんからです。

 

私はこの見方を支持します。

結論

 第1の位格なる神様は常に無限でいらっしゃいます[2]。第2の位格なる神様は常に無限でいらっしゃいます[3]。第3の位格なる神様は常に無限でいらっしゃいます[4]。第1の位格なる神様と第2の位格なる神様と第3の位格なる神様は、過去現在未来のすべての瞬間すべての場所に同時にいらっしゃり[5]、過去現在未来のすべての瞬間すべての場所を同時にご存続させていらっしゃいます[6]。時間もまた被造物に過ぎません[7]。永遠無限(常常永遠)は神様だけの領域です。被造物などが永遠無限を理解することはできません[8]。しかし、愚かな考えが愚かであることを理解するために、無理に愚かに考えてみます[9]

 被造物たちは神様を見ることはできません[10]。神様がそのような仕組みで今の時空間をご存続させていらっしゃるからです。被造物たちが神様を見ることさえできないならば、被造物たちは神様の愛を悟ることはできないでしょう。被造物が神様の愛を悟ることができないならば、被造物たちは神様を愛することはできないでしょう。神様がそのような仕組みで時空間をご存続させていらっしゃるからです。神様は被造物たちに神様をお見せになるために、ご自ら被造物とおなりになります[11]。神様は被造物たちに神様の愛をご証明なさるために、ご自ら被造物とおなりになります[12]

 神様は罪が存在しうる仕組みで今の時空間をご存続させていらっしゃいます。したがって、今のような時空間では、もし第2の位格なる神様が被造物とおなりになって、被造物たちの罪をお被りになったならば、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様に見捨てられることができます[13]。しかし、神様が独りで常にご存続させていらっしゃる無限には、神様に逆らう意志は存在し得ません。永遠無限に、罪は存在し得ません。したがって、永遠無限では、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様に見捨てられることはできません。

 被造物は時空間の中にのみ存在します。時間であろうと空間であろうと死であろうと命であろうと、すべて被造物に過ぎません。被造物は自分が被造される以前の時間には存在できません。時間もまた、自分が被造される以前には存在できません。「以前」や「以後」もまた、時間の中での概念に過ぎません。

 被造物は時空間の外の出来事を認識することはできません[14]。私たちが存在している時空間以外の領域で何が起ころうと、御使いや人間がその出来事を認識することはできません。時空間の外は神様だけの領域です。神様だけの領域に、罪や死や見捨てられることのようなものが存在し得ることはありません。神様だけの領域に、神様の意志に逆らうものが存在し得ることはありません。非存在は存在ではありません[15]

 第2の位格なる神様は肉体をお纏になり、十字架をお負いになります。十字架でアダムの代わりに第1の位格なる神様に見捨てられる第2の位格なる神様を、被造物たちが見ます[16]。被造物たちが見て、神様の愛を悟ります[17]。神様の愛を悟り、被造物たちが神様を愛するようになります。被造物たちが神様を見ることさえできなかったならば、被造物たちは神様の愛を悟ることはできなかったでしょう。

連想質問

 永遠無限(常常永遠)においては、第2の位格なる神様が第1の位格なる神様に見捨てられることはできません。そうだとすると、時空間の中で神様がご経験になった苦しみは、実は存在しないのでしょうか?十字架でご経験になった苦しみは、神様にとりましては、,時空間の中だけで現実なのでしょうか?神様の苦しみは、永遠無限ではただの「夢」に過ぎないのでしょうか[18]

 それとも、十字架の苦しみを、神様は常にお感じになっていらっしゃるのでしょうか?ヘレルが堕落した時の悲しみと、創造が完成された時の喜びを、神様は常に同時にお感じになっていらっしゃるのでしょうか?永遠無限では、ただ神様だけが存在でいらっしゃいます。永遠無限では、すべてのものが非存在です。非存在の中に含まれる苦しみを、神様は「実体」としてご認識になるのでしょうか?

 分かりません。思うべき限度を越えて思い上がってはいけない方が良いようです[19]。被造物などが神様のいらっしゃり方をすべて知ることはできないのではないでしょうか。聖書に記録なされていない部分は、狭い理性で考えないことが知恵です。神様が十字架の苦しみをどのようにご認識になるかは、被造物などが敢えて理解できるものではありません。被造物は時間の中にのみ存在します。

 


[1] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

[2] エフェ4:6 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。

[3] コロ3:11 そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。

[4] 詩139:7 私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。

 詩139:8 たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、私がよみに床を設けても、そこにあなたはおられます。

[5] コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

 コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

[6] エレ23:23 「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。

 エレ23:24 主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。

[7] ロマ8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に來るものも、力ある者も、

 ロマ8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト․イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

[8] ヨブ11:7 あなたは神の深さを見抜くことができようか。全能者の極限を見つけることができようか。

 ヨブ11:8 それは天よりも高い。あなたに何ができよう。それはよみよりも深い。あなたが何を知りえよう。

[9] ヨブ38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。

[10] ヨハネ1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

[11] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[12] ヨハネ14:7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」

 ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」

 ヨハネ14:9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。

[13] イザ53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

 イザ53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

[14] ルカ10:21 ちょうどこのとき、イエスは、聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。

 ルカ10:22 すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、子がだれであるかは、父のほかには知る者がありません。また父がだれであるかは、子と、子が父を知らせようと心に定めた人たちのほかは、だれも知る者がありません。」

[15] イザ40:15 見よ。国国は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島島を細かいちりのように取り上げる。

 イザ40:16 レバノンも、たきぎにするには、足りない、その獣も、全焼のいけにえにするには、足りない。

 イザ40:17 すべての国国も主の前では無いに等しく、主にとってはむなしく形もないものとみなされる。

[16] ロマ10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

 ロマ10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

[17] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[18] イザ29:7 アリエルに戦いをいどむすべての民の群れ、これを攻めて、これを取り囲み、これをしいたげる者たちはみな、夢のようになり、夜の幻のようになる。

 イザ29:8 飢えた者が、夢の中で食べ、目がさめると、その腹はからであるように、渇いている者が、夢の中で飲み、目がさめると、なんとも疲れて、のどが干からびているように、シオンの山に戦いをいどむすべての民の群れも、そのようになる。

[19] ロマ12:3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。

 

J. 第2の位格なる神様に従う者は罪に打ち勝ちます

ヨハネ8:12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」

黙3:14 また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『ア-メンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。

1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

1ヨハ5:4 なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。

ロマ8:1 こういうわけで、今は、キリスト․イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

ロマ8:2 なぜなら、キリスト․イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

ロマ8:3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。

ロマ8:4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。

 神様は罪を犯した御使いたちをハデスにお閉じ込めになります。サタンの噓っぱちの群れをお閉じ込めになった闇の中に、神様は光としてご自身をお現しになります。サタンの噓っぱちの群れをお閉じ込めになった闇の中に、神様は被造物としてご自身をお現しになります。第2の位格なる神様は命の光でいらっしゃり、創造の根源でいらっしゃいます。第2の位格なる神様は被造物とおなりになりました。第1の位格なる神様は第2の位格なる神様をお証しになり、第2の位格なる神様も第2の位格なる神様をお証しになります。

 第2の位格なる神様はすなわち戒めでいらっしゃり律法でいらっしゃいます。第2の位格なる神様の御考えと御言葉と御行動がすなわち戒めでいらっしゃり律法でいらっしゃいます。第2の位格なる神様は、被造物たちが戒めを守ろうとするならば十分に守ることができるものとして被造物たちをご創造なさいました。第2の位格なる神様は被造物とおなりになり、ご自らその事実をお証しになります。第2の位格なる神様は被造物とおなりになり、死ぬまで第1の位格なる神様にご服従になります。

 十字架を通して、今や被造物たちは戒めが被造物たちが守ることができるものであるという事実を悟ります。十字架を通して、今や被造物たちは神様の愛を悟ります。十字架を通して、今や被造物たちは戒めを守ります。十字架を通して、今や被造物たちが戒めの証人となります。十字架を通して、今や被造物たちが戒めの真実さを証明します。

 罪は戒めを破ることです。罪は不法を行うことです[1]。戒めを破り、隣人を踏みにじる犯罪者たちを、神様はすべて火の池でお燃やしなさいます。神様を愛するならば、戒めを守ることができます。神様を愛さなければ、戒めを守ることはできません。したがって、神様を愛する者だけが、永遠に生きます。神様の愛を受け入れる者だけが、神様を愛します。十字架の愛を受け入れる者だけが、神様を愛します。十字架の愛は、聖書に記録されています。聖書は、神様が被造物たちにご自身の御心をお示しになる決定的最終権威です。

 聖霊神様を通して神様の愛を悟るようになります。聖霊神様を通して神様を愛するようになります[2]。聖霊神様が戒めを守ることができるようになさいます[3]。戒めを破らなければ死ぬことはありません。戒めは、戒めを守る者の永遠の命を保障します。しかし、私たちは私たち自身の力で戒めを守ることはできません。戒めを破れば、必ず死にます。

 私たちにとって死の法であった戒めが、聖霊神様を通して私たちにとって命の法となります。私たちを断罪した戒めが、聖霊神様を通して私たちの永遠の命を保障するようになります。第2の位格なる神様は呪われた肉体をお纏になり、私たちに神様と隣人を愛する模範をお示しになってくださいました[4]。したがって、呪われた肉体をまとっている私たちも、今や神様と隣人を愛します。

 

K. 初穂をお生じさせなさることをお定めになりました

レビ23:10 「イスラエル人に告げて言え。わたしがあなたがたに与えようとしている地に、あなたがたがはいり、収穫を刈り入れるときは、収穫の初穂の束を祭司のところに持って來る。

レビ23:11 祭司は、あなたがたが受け入れられるために、その束を主に向かって揺り動かす。祭司は安息日の翌日、それを揺り動かさなければならない。

1コリ15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

 

[初穂の祭り = 振り捧げの祭り = 眠った者の初穂 = 第2の位格なる神様]

 

出34:22 小麦の刈り入れの初穂のために七週の祭りを、年の変わり目に収穫祭を、行なわなければならない。

出23:16 また、あなたが畑に種を蒔いて得た勤勞の初穂の刈り入れの祭りと、年の終わりにはあなたの勤勞の実を畑から取り入れる収穫祭を行なわなければならない。

民28:26 初穂の日、すなわち七週の祭りに新しい穀物のささげ物を主にささげるとき、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。どんな勞役の仕事もしてはならない。

ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

 

[五旬節 = 七七節 = 大麦の初穂の祭り = 御霊の初穂をいただいている弟子たち]

 

レビ23:39 特に、あなたがたがその土地の収穫をし終わった第七月の十五日には、七日間にわたる主の祭りを祝わなければならない。最初の日は全き休みの日であり、八日目も全き休みの日である。

申16:13 あなたの打ち場とあなたの酒ぶねから、取り入れが済んだとき、七日間、仮庵の祭りをしなければならない。

黙14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。

黙14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。

黙14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。

黙14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。

 

[仮庵の祭り = 幕屋の祭り = 仮小屋の祭り = 人々の中から贖われた初穂 = 144000人]

 

ヘブ10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、

ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。

黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

 神様は被造物たちが互いに愛し合う時空間をご創造なさることをお定めになりました[5]。神様は被造物たちに戒めを守れとお命じになることをお定めになりました[6]。神様は被造物たちに自由意志を下されることをお定めになりました[7]。被造物たちが罪を犯そうとするならば、罪を犯すことをお許しになることを神様はお定めになりました[8]

 神様は被造物たちから犯罪の可能性をご消滅させなさることをお定めになりました[9]。神様は被造物たちの自由意志をご完成なさることをお定めになりました[10]。神様はご自身の愛と公義を被造物たちにご証明なさることをお定めになりました[11]。神様は被造物たちに戒めが守りうるものであることをご証明なさることをお定めになりました[12]。神様は十字架をお定めになりました[13]

 神様はご自ら被造物とおなりになることをお定めになりました[14]。神様は戒めを守る模範をお示しになることをお定めになりました[15]。神様は御使いたちが堕落することをご存じでいらっしゃいました。神様はアダムをご創造なさることをお定めになりました。神様はアダムが堕落することをご存じでいらっしゃいました。神様は地をお呪いになることをお定めになりました。神様はアダムが呪われた肉体をまとうようになさることをお定めになりました。神様はご自らアダムとおなりになることをお定めになりました[16]

 神様は戒めを守る初穂たちをお生じさせなさることをお定めになりました[17]。神様は死ぬまで神様と隣人を愛する初穂たちをお生じさせなさることをお定めになりました[18]。神様は定められた数の殉教証人たちをお生じさせなさることをお定めになりました[19]。神様は死ぬまで神様と隣人を愛する殉教証人たちをお生じさせなさることをお定めになりました。神様は被造物とおなりになり、ご自ら模範とおなりになることをお定めになりました[20]

 神様があらかじめご存じでいらっしゃったとおりに、ヘレルは御座を奪取しようとします[21]。神様があらかじめご存じでいらっしゃったとおりに、ヘレルは神様の戒めを攻撃します[22]。戒めは被造物が守ることができないものだと、ヘレルは主張します[23]。被造物は神様と隣人を愛することはできないと、ヘレルは主張します。神様はヘレルをハデスにお閉じ込めになります[24]

 前もってお定めになったとおりに、神様はご自ら被造物とおなりになります。前もってお定めになったとおりに、第2の位格なる神様は戒めを守る模範をお示しになります。前もってお定めになったとおりに、第2の位格なる神様は罪と死にお打ち勝ちになってご復活になります[25]。前もってお定めになったとおりに、第2の位格なる神様は時空間をご相続になります[26]。前もってお定めになったとおりに、第2の位格なる神様は戒めの真実さをご証明なさる定められた数の殉教証人たちをお待ちになっていらっしゃいます[27]

 第2の位格なる神様は敵たちを足台となさるまでお待ちになっていらっしゃいます[28]。もちろん、私たちが敵たちを足台としなければなりません[29]。第2の位格なる神様の命令に服従する時、私たちは敵たちを足台とすることができます[30]。私たちの敵は死と死の下にあるすべてのものです[31]。私たちの敵は罪です[32]。私たちの敵は愛の戒めに逆らうすべてのものです[33]。私たちの敵は隣人を踏みにじらせるすべてのものです[34]

 第2の位格なる神様はご自身の血で聖徒をお清めになります。聖霊神様は聖徒に前の雨としてご親臨なさいます。聖徒は御霊の初穂をいただきます。聖霊神様は聖徒に後の雨としてまでもご親臨なさいます。聖徒は人々の中の初穂となります。眠った者の初穂は御1方でいらっしゃり、人々の中の初穂は144000人です。御霊の初穂をいただいている聖徒たちは、多数います。

 戒めを守れば死に打ち勝ちます。死に打ち勝てば復活変化します。定められた数の初穂たちが復活変化すると、戒めの真実さが証明されます[35]。定められた数の殉教証人たちが復活変化すると、戒めの真実さが証明されます[36]。初穂たちの定められた数がすべて満ちると、復活変化が起こります[37]。殉教証人たちの定められた数がすべて満ちると、第1の復活が起こります[38]

 定められた数の初穂たちが出なければ、戒めの真実さは証明されません。定められた数の殉教証人たちが出なければ、時空間から罪をご消滅させなさることはできません。神様がご約束になった御言葉が実現されなければ、神様が嘘をおっしゃったことになってしまいます。神様が嘘をおっしゃったのであれば、サタンの噓っぱちの群れを足台とすることはできません。サタンの噓っぱちの群れを裁かなければ、時空間は暴力と殺人で満ちることになります[39]

 時空間に愛の支配が実現されなければ、神様はお過ちになったことになるでしょう。しかし、神様はすべての瞬間すべての場所に同時にいらっしゃいます[40]。神様はすべての瞬間すべての場所を、神様がそうなさろうとお望みになるとおりに、同時にご存続させていらっしゃいます[41]。神様がお過ちになることは、絶.対.に.不可能です[42]。時間や死もまた被造物に過ぎません[43]

 神様がわざとお過ちになろうとなさらない限り、神様は絶対にお過ちになることはありません。もし神様がお過ちになろうとなさらないのにお過ちになることがあるとすれば、時空間はそもそも存在を開始することさえできません。もし神様が真実でない可能性があるのであれば、実体はそもそも存在を開始することさえできません。

 すべてのものは神様の中にあります。すべてのものは神様から始まります。すべてのものは第1の位格なる神様と第2の位格なる神様と第3の位格なる神様から始まり、存在を続けます[44]。すべてのものは真実から始まり、存在を続けます[45]。神様は被造物たちを過ちなせるようにご創造なさいました[46]。それゆえ、被造物たちは神様に頼るようになります[47]

 しかし、神様はお過ちになりません。もし神様がお過ちになるならば、被造物たちは死ぬことになります。もし神様の過ちで被造物たちが死ぬこともあるように神様が時空間をご創造なさったならば、神様は愛ではいらっしゃらないでしょう。しかし、神様は愛でいらっしゃいます。神様は嘘をおっしゃいません。神様は被造物たちをお殺しになるために被造物たちをご創造なさいませんでした。戒めの真実さを証明する定められた数の殉教証人たちは必ず出ます[48]

 戒めの真実さが証明されると、戒めは裁きの基準として立つことになります[49]。戒めが裁きの基準として立つことになれば、隣人を踏みにじるすべての被造物たちは犯罪者として確定されます。戒めが裁きの基準として立つことになれば、犯罪者たちに対する裁きが執行されます[50]

 被造物たちは戒めが崩れた世界の惨状を見ます。被造物たちは戒めの大切さを感じます[51]。被造物たちは戒めの真実さを確認します。被造物たちは戒めを守れとお命じになった神様の愛と公義を悟ります[52]。被造物たちは戒めを破ろうとする意志を捨てます[53]。時空間から苦しみは永遠に終わります[54]。安息が実現されます[55]


[1] 1ヨハ3:4 罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。

[2] ロマ5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

[3] ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

[4] ガラ5:16 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。

 ガラ5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

 ガラ5:18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。

[5] ヨハネ13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

[6] ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

[7] エゼ18:31 あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。

 エゼ18:32 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。―神である主の御告げ。―だから、悔い改めて、生きよ。

[8] 申8:2 あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。

[9] 2コリ5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

 2コリ5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

[10] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

[11] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[12] 1ヨハ5:18 神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。

[13] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[14] イザ9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

 イザ9:7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。

[15] 1ペト2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

 1ペト2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

 1ペト2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

[16] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

 ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。

[17] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

[18] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[19] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[20] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

[21] イザ14:12 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国国を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。

 イザ14:13 あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星星のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。

 イザ14:14 密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』

[22] ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

[23] ヨブ1:8 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」

 ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

 ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

[24] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

[25] 使徒2:30 彼は預言者でしたから、神が彼の子孫のひとりを彼の王位に着かせると誓って言われたことを知っていたのです。

 使徒2:31 それで後のことを予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない。』と語ったのです。

 使徒2:32 神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。

[26] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

 フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

 フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

 フィリ2:11 すべての口が、「イエス.キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

[27] 黙3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

[28] ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。

[29] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

[30] コロ1:24 ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです。

[31] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[32] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[33] 1ヨハ3:8 罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。

[34] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

[35] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[36] エフェ3:9 また、万物を創造された神の中に世世隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。

 エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリスト․イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[37] 1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。

 1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

[38] 黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」

[39] ホセ4:1 イスラエル人よ。主のことばを聞け。主はこの地に住む者と言い争われる。この地には真実がなく、誠実がなく、神を知ることもないからだ。

 ホセ4:2 ただ、のろいと、欺きと、人殺しと、盗みと、姦通がはびこり、流血に流血が続いている。

 ホセ4:3 それゆえ、この地は喪に服し、ここに住む者はみな、野の獣、空の鳥とともに打ちしおれ、海の魚さえも絶え果てる。

[40] 1コリ8:6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス.キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。

[41] エフェ4:6 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。

[42] コロ3:11 そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。

[43] ロマ8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に來るものも、力ある者も、

 ロマ8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト․イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

[44] 使徒17:27 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。

 使徒17:28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。

[45] エレ23:23 「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。

 エレ23:24 主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。

[46] ヤコ3:2 私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。

[47] ネヘ2:4 すると、王は私に言った。「では、あなたは何を願うのか。」そこで私は、天の神に祈ってから、

[48] ヘブ6:16 確かに、人間は自分よりすぐれた者をさして誓います。そして、確証のための誓いというものは、人間のすべての反論をやめさせます。

 ヘブ6:17 そこで、神は約束の相続者たちに、ご計画の変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されたのです。

 ヘブ6:18 それは、変えることのできない二つの事がらによって、―神は、これらの事がらのゆえに、偽ることができません。―前に置かれている望みを捕えるためにのがれて來た私たちが、力強い励ましを受けるためです。

[49] 黙11:15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声 が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」

 黙11:16 それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、

 黙11:17 言った。「万物の支配者、常にいまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。

 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」

[50] 黙15:7 また、四つの生き物の一つが、永遠に生きておられる神の御怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使いに渡した。

 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。

[51] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。

 黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」

 黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」

[52] エレ29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将來と希望を与えるためのものだ。

[53] ガラ2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

[54] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[55] 創2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。

 創2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。

 

ヨハネ8:17 あなたがたの律法にも、ふたりの証言は真実であると書かれています。

ヨハネ8:18 わたしが自分の証人であり、また、わたしを遣わした父が、わたしについてあかしされます。」

ヨハネ8:46 あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。

イザ43:10 あなたがたはわたしの証人、―主の御告げ。―わたしが選んだわたしのしもべである。これは、あなたがたが知って、わたしを信じ、わたしがその者であることを悟るためだ。わたしより先に造られた神はなく、わたしより後にもない。

イザ43:11 わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。

イザ43:12 このわたしが、告げ、救い、聞かせたのだ。あなたがたのうちに、異なる神はなかった。だから、あなたがたはわたしの証人。―主の御告げ。―わたしは神だ。

ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

ヨハネ16:11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。

コロ2:15 神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。

ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

ヘブ11:39 この人人はみな、その信仰によってあかしされましたが、約束されたものは得ませんでした。

ヘブ11:40 神は私たちのために、さらにすぐれたものをあらかじめ用意しておられたので、彼らが私たちと別に全うされるということはなかったのです。

ヘブ12:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

黙12:12 それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわいが來る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」

黙12:13 自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。

黙14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。

黙14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。

 第2の位格なる神様は呪われた肉体をお纏になり、戒めをお守りになりました[1]。第2の位格なる神様は罪とお打ち勝ちになってご復活になりました[2]。御使いたちとサタンの噓っぱちの群れは、第2の位格なる神様が戒めをお守りになったのを見ました[3]。戒めの真実さは一次的に証明されました。聖霊神様を通して殉教証人たちが復活変化します[4]。聖霊神様を通して戒めの真実さが最終的に確証されます。

 第2の位格なる神様は被造物とおなりになった創造主神様でいらっしゃいます[5]。第1の位格なる神様がお証しになり、第2の位格なる神様がお証しになり[6]、第3の位格なる神様がお証しになります[7]。聖徒たちも証しします[8]。聖徒たちは第3の位格なる神様を通して、第2の位格なる神様が創造主神様でいらっしゃることを証しします[9]。聖徒たちは第3の位格なる神様を通して、第2の位格なる神様がご復活になったこと、罪と死にお打ち勝ちになったこと、戒めをお守りになったことを証しします[10]。聖徒たちは第3の位格なる神様を通して、第2の位格なる神様が約束されたメシヤでいらっしゃることを証しします[11]

 第2の位格なる神様がどのような御言葉をなさり、どのような行動をなさるかを被造物たちが確認します[12]。第2の位格なる神様が戒めをお守りになり、死にお打ち勝ちになるのを被造物たちが確認します[13]。もし第2の位格なる神様が被造物とおなりにならなかったならば、被造物たちは神様がどのような御方でいらっしゃるかを知ることはできなかったでしょう[14]。もし被造物たちが神様がどのような御方でいらっしゃるかを知ることができなかったならば、被造物たちは神様を愛することはできなかったでしょう[15]

 もし第2の位格なる神様が被造物としてご親臨なさることを聖書を通して前もってご約束になっていらっしゃらなかったならば[16]、第2の位格なる神様が被造物としてご親臨なさっても、被造物たちは第2の位格なる神様を見分けることはできなかったでしょう[17]。神様に服従する被造物たちだけが永遠に生きます。被造物としてご親臨なさった神様に服従する被造物たちだけが永遠に生きます[18]。もし被造物たちが被造物としてご親臨なさった神様を見分けることができなければ、被造物たちは被造物としてご親臨なさった神様に服従することはできません[19]。したがって、神様は被造物とおなりになる前に、被造物とおなりになる神様を被造物たちが見分けることができるように、ご自身について聖書にまずご記録になります[20]

 神様は、戒めの真実さを悟って初めて自由意志が完成される被造物たちとして、御使いたちと人間たちをご存続させていらっしゃいます[21]。神様は戒めの真実さをご証明なさるために、定められた数の殉教証人たちをお立ちになります。聖徒たちが殉教できるように、聖霊神様は聖徒たちの肉体の中にご親臨なさいます[22]。聖徒たちが聖霊神様を祀ることができるように、第2の位格なる神様は十字架で血をお流しになります[23]。第2の位格なる神様の血によって聖徒たちが罪を赦されることができるように、第2の位格なる神様はメシヤとしてご親臨なさいます[24]

 人々がメシヤを見分けることができるように、神様は人々に聖書を下されます[25]。聖書が神様が人々におっしゃるものであると人々が知ることができるように、神様はイスラエル国家をお立ちになります[26]。被造物たちは神様がイスラエルに何をご要求になるか[27]、神様がイスラエルをどのようにお扱いになるかを見ます[28]。被造物たちはイスラエルを通して、神様が被造物たちに何をご要求になるかを知るようになります[29]。被造物たちはイスラエルを通して、神様が被造物たちをどのようにお扱いになるかを悟ります[30]。イスラエル国家をお立ちになるために、神様はアブラハムをお選びになります[31]

 神様は人を通して戒めの真実さをご証明なさいます。神様は人を通してお働きになります[32]。神様は聖書を通して人々にご自身の御心をお知らせになります[33]。神様は聖書に前もってご記録になったとおりにご行動になります[34]。神様は人を通して人を神様のもとへとお導きになります[35]。したがって、「人」が隣人に伝えなければなりません[36]。神様は聖書を通して人を神様のもとへとお導きになります[37]。したがって、「聖書」を隣人に伝えなければなりません[38]。「人」が「聖書」を伝えなければならないのです[39]。隣人たちが神様に服従するように、人が神様の御言葉を隣人たちに伝えなければなりません[40]。したがって、人は神様の御言葉を証しする証人となります[41]

 人々は証人を通して神様の御言葉をいただきます。神様の御言葉をいただいた人もまた、証人となります。証人となった人を通して、他の人々が証人となります[42]。証人たちを通して、人々はメシヤの血によって新しい契約を結びます[43]。新しい契約を結ぶ人々に、聖霊神様がご親臨なさいます[44]。聖霊神様を祀った人々が、死ぬまで隣人を愛します[45]。聖霊神様を通して、人々は殉教します[46]。定められた数の殉教証人たちが復活変化すると、戒めの真実さは証明されます[47]。戒めの真実さが証明されると、被造物たちから犯罪の可能性が消滅されます[48]。被造物たちから犯罪の可能性が消滅されると、創造が完成されます[49]

 アダムは罪を犯しました。神様は女の子孫をご約束になりました。女の子孫はメシヤでいらっしゃいます。メシヤがご親臨なさり、サタンの頭をご粉砕になります[50]。メシヤはアダムを罪の奴隷からご解放なさいます[51]。メシヤはアダムを再びパラダイスにお導きになります[52]

 ご約束になったとおりにメシヤがご親臨なさいました[53]。第2の位格なる神様がメシヤとしてご親臨なさいました[54]。メシヤは十字架をお負いになり、サタンの頭をご粉砕になりました[55]。至聖所を覆う垂れ幕は裂かれました[56]。罪の赦しが成就しました。今や聖徒はメシヤの血を力として至聖所に入ることができます[57]。正確に言えば、聖徒が至聖所となることができます。

 メシヤがお流しになった血の中に、聖霊神様がご親臨なさいます[58]。聖霊神様は聖徒の肉体にご親臨なさいます[59]。聖徒の肉体が神様を祀ると、聖徒の肉体が神殿となります[60]。神様は聖徒をご支配になるので、今聖徒は天でいます[61]。神様はこの事実を聖書を通して私たちにお知らせになってくださいます[62]

 聖霊神様は悔い改めた聖徒にご親臨なさいます[63]。聖霊神様は聖徒が罪に打ち勝つようになさいます[64]。聖霊神様は肉の欲望に打ち勝つようになさいます[65]。聖徒が罪に打ち勝つので、戒めの真実さが証明されます[66]。聖霊神様は五旬節にご親臨なさいます[67]。五旬節から今まで、聖霊神様は前の雨としてご親臨なさっていらっしゃいます[68]。五旬節が終わる頃に、聖霊神様は後の雨としてまでもご親臨なさいます[69]。ラッパの祭りが始まる頃に、聖霊神様は後の雨としてまでもご親臨なさいます[70]

 聖霊神様を通して、第2の位格なる神様は眠った者の初穂とおなりになりました[71]。前の雨としてご親臨なさった聖霊神様を通して、聖徒たちは御霊の初穂をいただいている者たちとなりました[72]。聖霊神様は前の雨としてご親臨なさって、種に芽をお出させなさいます。今やもう農業がほとんど終わりました。今や収穫の時が近づきました。聖霊神様は後の雨としてまでもご親臨なさって、実をお熟させなさいます。聖霊神様は後の雨としてまでもご親臨なさって、人々の中から贖われた初穂たちをお結ばせなさいます[73]

 戒めを守った3つの初穂たちを通して、戒めの真実さが証明されます[74]。眠った者の初穂でいらっしゃる第2の位格なる神様と、御霊の初穂をいただいている弟子たちと、人々の中から贖われた初穂たちを通して、戒めの真実さが証明されます[75]。間もなく人々の中から贖われた初穂たちが出ます。彼らは144000人です。初穂たちの定められた数がすべて満ちると、第1の復活が起こります[76]。殉教証人たちの定められた数がすべて満ちると、第1の復活が起こります[77]。殉教証人たちが罪と死に打ち勝って復活変化すると、戒めの真実さが証明されます[78]

 旧約時代の聖徒たちもまたメシヤを信じました[79]。新約時代の聖徒たちは、ご親臨なさったメシヤを信じることによって戒めを守ります[80]。旧約時代の聖徒たちは、ご親臨なさるメシヤを信じることによって戒めを守りました[81]。旧約時代の聖徒たちもまた、十字架の血を頼って罪を赦されました[82]。旧約時代の聖徒たちもまた、メシヤを信じて罪に打ち勝ちました[83]。ただし、彼らはメシヤの模型と影を通して神様のもとへと進んだに過ぎません[84]。私たちは実際のメシヤを通して神様のもとへと進みます[85]。私たちは肉体に実際に聖霊神様を祀ります[86]。旧約時代の殉教証人たちもまた第1の復活にあずかることになります[87]


[1] ヘブ4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。

[2] 使徒2:24 しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。

[3] コロ2:14 いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。

 コロ2:15 神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。

[4] ロマ8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト․イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

[5] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[6] ヨハネ8:54 イエスは答えられた。「わたしがもし自分自身に栄光を帰するなら、わたしの栄光はむなしいものです。わたしに栄光を与える方は、わたしの父です。この方のことを、あなたがたは『私たちの神である。』と言っています。

 ヨハネ8:55 けれどもあなたがたはこの方を知ってはいません。しかし、わたしは知っています。もしわたしがこの方を知らないと言うなら、わたしはあなたがたと同様に偽り者となるでしょう。しかし、わたしはこの方を知っており、そのみことばを守っています。

 ヨハネ8:56 あなたがたの父アブラハムは、わたしの日を見ることを思って大いに喜びました。彼はそれを見て、喜んだのです。」

 ヨハネ8:57 そこで、ユダヤ人たちはイエスに向かって言った。「あなたはまだ五十歳になっていないのにアブラハムを見たのですか。」

 ヨハネ8:58 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのです。」

[7] 使徒5:30 私たちの先祖の神は、あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、よみがえらせたのです。

 使徒5:31 そして神は、イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。

 使徒5:32 私たちはそのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊もそのことの証人です。」

[8] 使徒2:31 それで後のことを予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない。』と語ったのです。

 使徒2:32 神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。

[9] ヘブ10:28 だれでもモ-セの律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。

 ヘブ10:29 まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。

[10] 使徒10:39 私たちは、イエスがユダヤ人の地とエルサレムとで行なわれたすべてのことの証人です。人人はこの方を木にかけて殺しました。

 使徒10:40 しかし、神はこのイエスを三日目によみがえらせ、現われさせてくださいました。

 使徒10:41 しかし、それはすべての人人にではなく、神によって前もって選ばれた証人である私たちにです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられて後、ごいっしょに食事をしました。

 使徒10:42 イエスは私たちに命じて、このイエスこそ生きている者と死んだ者とのさばき主として、神によって定められた方であることを人人に宣べ伝え、そのあかしをするように、言われたのです。

 使徒10:43 イエスについては、預言者たちもみな、この方を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられる、とあかししています。」

[11] ルカ24:44 さて、そこでイエスは言われた。「わたしがまだあなたがたといっしょにいたころ、あなたがたに話したことばはこうです。わたしについてモ-セの律法と預言者と詩篇とに書いてあることは、必ず全部成就するということでした。」

 ルカ24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、

 ルカ24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、

 ルカ24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人人に宣べ伝えられる。

 ルカ24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。

[12] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

 1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―

[13] 2テモ1:10 それが今、私たちの救い主キリスト․イエスの現われによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。

[14] 代下2:6 天も、天の天も主をお入れできないのに、いったいだれが主のために宮を建てる力を持っているというのでしょうか。また、主のために宮を建てるというこの私は、いったい何者でしょう。ただ主の前に香をたくためだけの者です。

[15] ロマ10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

 ロマ10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人人の足は、なんとりっぱでしょう。」

[16] イザ35:5 そのとき、盲人の目は開かれ、耳しいた者の耳はあけられる。

  イザ61:1 神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、

[17] ガラ3:19 では、律法とは何でしょうか。それは約束をお受けになった、この子孫が來られるときまで、違反を示すためにつけ加えられたもので、御使いたちを通して仲介者の手で定められたのです。

[18] ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。

 ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

[19] ヨハネ1:9 すべての人を照らすそのまことの光が世に來ようとしていた。

 ヨハネ1:10 この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。

 ヨハネ1:11 この方はご自分のくにに來られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

[20] ヨハネ5:39 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。

 ヨハネ5:40 それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに來ようとはしません。

[21] エフェ3:9 また、万物を創造された神の中に世世隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。

 エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリスト․イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[22] 使徒20:23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。

 使徒20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

[23] 使徒2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス__キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

[24] ルカ22:20 食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。

[25] ヨハネ10:35 もし、神のことばを受けた人人を、神と呼んだとすれば、聖書は廃棄されるものではないから、

[26] 1コリ10:5 にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。

 1コリ10:6 これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。

[27] 出19:5 今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国国の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。

 出19:6 あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエル人にあなたの語るべきことばである。」

[28] 代下36:14 そのうえ、祭司長全員と民も、異邦の民の、忌みきらうべきすべてのならわしをまねて、不信に不信を重ね、主がエルサレムで聖別された主の宮を汚した。

 代下36:15 彼らの父祖の神、主は、彼らのもとに、使者たちを遣わし、早くからしきりに使いを遣わされた。それは、ご自分の民と、ご自分の御住まいをあわれまれたからである。

 代下36:16 ところが、彼らは神の使者たちを笑いものにし、そのみことばを侮り、その預言者たちをばかにしたので、ついに、主の激しい憤りが、その民に対して積み重ねられ、もはや、いやされることがないまでになった。

[29] ミカ6:6 私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。

 ミカ6:7 主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。

 ミカ6:8 主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。

[30] ロマ10:21 またイスラエルについては、こう言っています。「不従順で反抗する民に対して、わたしは一日中、手を差し伸べた。」

[31] ガラ3:7 ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。

 ガラ3:8 聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、「あなたによってすべての国民が祝福される。」と前もって福音を告げたのです。

 ガラ3:9 そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。

[32] 使徒10:3 ある日の午後三時ごろ、幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。御使いは彼のところに來て、「コルネリオ。」と呼んだ。

 使徒10:4 彼は、御使いを見つめていると、恐ろしくなって、「主よ。何でしょうか。」と答えた。すると御使いはこう言った。「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています。

 使徒10:5 さあ今、ヨッパに人をやって、シモンとう人を招きなさい。彼の名はペテロとも呼ばれています。

[33] ロマ3:1 では、ユダヤ人のすぐれたところは、いったい何ですか。割礼にどんな益があるのですか。

 ロマ3:2 それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは神のいろいろなおことばをゆだねられています。

[34] イザ55:10 雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。

 イザ55:11 そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては來ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。

[35] 1コリ4:15 たといあなたがたに、キリストにある養育係が一万人あろうとも、父は多くあるはずがありません。この私が福音によって、キリスト․イエスにあって、あなたがたを生んだのです。

 1コリ4:16 ですから、私はあなたがたに勧めます。どうか、私にならう者となってください。

[36] 出4:10 モ-セは主に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。」

 出4:11 主は彼に仰せられた。「だれが人に口をつけたのか。だれがおしにしたり、耳しいにしたり、あるいは、目をあけたり、盲目にしたりするのか。それはこのわたし、主ではないか。

 出4:12 さあ行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」

 出4:13 すると申し上げた。「ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください。」

[37] 2テモ3:14 けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、

 2テモ3:15 また、幼いころから聖書に親しんで來たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト․イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

[38] ヘブ1:1 神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、

[39] マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

 マタイ28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

[40] 使徒14:12 そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼んだ。

 使徒14:13 すると、町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、雄牛數頭と花飾りを門の前に携えて來て、群衆といっしょに、いけにえをささげようとした。

 使徒14:14 これを聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら、

 使徒14:15 言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。

[41] 使徒1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

[42] 2テモ2:2 多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。

[43] 2コリ3:6 神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。

[44] ヘブ8:8 しかし、神は、それに欠けがあるとして、こう言われたのです。「主が、言われる。見よ。日が來る。わたしが、イスラエルの家やユダの家と新しい契約を結ぶ日が。

 ヘブ8:9 それは、わたしが彼らの先祖たちの手を引いて、彼らをエジプトの地から導き出した日に彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らがわたしの契約を守り通さないので、わたしも、彼らを顧みなかったと、主は言われる。

 ヘブ8:10 それらの日の後、わたしが、イスラエルの家と結ぶ契約は、これであると、主が言われる。わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

[45] 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」

 使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。

[46] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[47] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[48] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[49] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[50] 1ヨハ3:8 罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。

[51] ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。

 ヨハネ8:35 奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。

 ヨハネ8:36 ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。

[52] 黙21:1 また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。

 黙21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って來るのを見た。

[53] ガラ4:4 しかし定めの時が來たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。

 ガラ4:5 これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。

[54] マタイ16:13 さて、ピリポ__カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人人は人の子をだれだと言っていますか。」

 マタイ16:14 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」

 マタイ16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」

 マタイ16:16 シモン․ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

[55] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

 ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

[56] マルコ15:37 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。

 マルコ15:38 神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。

[57] ヘブ10:19 こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。

 ヘブ10:20 イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。

[58] ヨハネ6:54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。

 ヨハネ6:55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。

 ヨハネ6:56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。

 ヨハネ6:57 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。

[59] 1コリ6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

 1コリ6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。

[60] ヨハネ7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

 ヨハネ7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

[61] エフェ2:5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、―あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。―

 エフェ2:6 キリスト․イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。

[62] エフェ3:3 先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私に知らされたのです。

 エフェ3:4 それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよくわかるはずです。

[63] 使徒2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス__キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

[64] 1ヨハ5:18 神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。

[65] ガラ5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

 ガラ5:18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。

[66] 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[67] 使徒2:1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。

 使徒2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。

[68] 申11:14 「わたしは季節にしたがって、あなたがたの地に雨、先の雨と後の雨を与えよう。あなたは、あなたの穀物と新しいぶどう酒と油を集めよう。

[69] ヤコ5:7 こういうわけですから、兄弟たち。主が來られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。

[70] ヨハネ2:7 イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。

 ヨハネ2:8 イエスは彼らに言われた。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」彼らは持って行った。

 ヨハネ2:9 宴会の世話役はぶどう酒になったその水を味わってみた。それがどこから來たのか、知らなかったので、―しかし、水をくんだ手伝いの者たちは知っていた。―彼は、花婿を呼んで、

 ヨハネ2:10 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、人人が十分飲んだころになると、悪いのを出すものだが、あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。」

[71] 1コリ15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

[72] ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

[73] 黙14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。

[74] 出23:14 年に三度、わたしのために祭りを行なわなければならない。

 出23:15 種を入れないパンの祭りを守らなければならない。わたしが命じたとおり、アビブの月の定められた時に、七日間、種を入れないパンを食べなければならない。それは、その月にあなたがエジプトから出たからである。だれも、何も持たずにわたしの前に出てはならない。

 出23:16 また、あなたが畑に種を蒔いて得た勤勞の初穂の刈り入れの祭りと、年の終わりにはあなたの勤勞の実を畑から取り入れる収穫祭を行なわなければならない。

 出23:17 年に三度、男子はみな、あなたの主、主の前に出なければならない。

[75] ヨブ1:8 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」

 ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

 ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

[76] ヘブ11:35 女たちは、死んだ者をよみがえらせていただきました。またほかの人たちは、さらにすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを願わないで拷問を受けました。

 ヘブ11:36 また、ほかの人たちは、あざけられ、むちで打たれ、さらに鎖につながれ、牢に入れられるめに会い、

 ヘブ11:37 また、石で打たれ、試みを受け、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊ややぎの皮を着て歩き回り、乏しくなり、悩まされ、苦しめられ、

[77] 1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。

 1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

[78] 黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」

[79] ヘブ11:13 これらの人人はみな、信仰の人人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。

[80] 使徒2:36 ですから、イスラエルのすべての人人は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」

 使徒2:37 人人はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。」と言った。

[81] コロ2:16 こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。

 コロ2:17 これらは、次に來るものの影であって、本体はキリストにあるのです。

[82] ヘブ9:18 したがって、初めの契約も血なしに成立したのではありません。

 ヘブ9:19 モ-セは、律法に従ってすべての戒めを民全体に語って後、水と赤い色の羊の毛とヒソプとのほかに、子牛とやぎの血を取って、契約の書自体にも民の全体にも注ぎかけ、

 ヘブ9:20 「これは神があなたがたに対して立てられた契約の血である。」と言いました。

 ヘブ9:21 また彼は、幕屋と礼拝のすべての器具にも同様に血を注ぎかけました。

 ヘブ9:22 それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。

 ヘブ9:23 ですから、天にあるものにかたどったものは、これらのものによってきよめられる必要がありました。しかし天にあるもの自体は、これよりもさらにすぐれたいけにえで、きよめられなければなりません。

[83] 創22:12 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

 創22:13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶに引っかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

[84] マタイ12:5 また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、律法で読んだことはないのですか。

 マタイ12:6 あなたがたに言いますが、ここに宮より大きな者がいるのです。

[85] ヘブ9:13 もし、やぎと雄牛の血、また雌牛の灰を汚れた人人に注ぎかけると、それが聖めの働きをして肉体をきよいものにするとすれば、

 ヘブ9:14 まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。

 ヘブ9:15 こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約のときの違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。

[86] 2コリ3:3 あなたがたが私たちの奉仕によるキリストの手紙であり、墨によってではなく、生ける神の御霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれたものであることが明らかだからです。

[87] ヘブ11:4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。

 

Ω          アダムが払う代償と神様がお支払いになる代償

神様の懐に抱かれる死と神様に見捨てられる死

イザ53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

イザ53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

1

 親が子供にすべてのゼリーを食べてもよいと許可します[1]。しかし、おいしそうに見える風邪をひかせるゼリーは禁止します[2]。それでも子供はおいしそうに見える風邪をひかせるゼリーを食べます[3]。おいしそうに見えるからです[4]。子供には親の命令は重要ではありません[5]。子供には自分の欲望だけが重要です[6]

 世の中には危険なものがたくさんあります。しかし、子供は知っていることがほとんどありません。子供が危険を避けるためには、子供は必ず親の命令に服従しなければなりません。しかし、子供はなぜ親の命令に服従しなければならないのかを知りません。

 子供はおいしそうに見える風邪をひかせるゼリーを食べて苦しみを経験します[7]。子供はおいしそうに見えるからといって勝手に食べてはいけないという事実を悟ります[8]。子供は親の命令に服従しなければ苦しむという事実を悟ります[9]。親が子供の周りにおいしそうに見える風邪をひかせるゼリーを置いた理由はそのためです[10]

 もし子供がおいしそうに見える風邪をひかせるゼリーを食べないはずであったならば、親は他の方法で子供を教育したでしょう。もし子供が親の命令に服従するはずであったならば、子供の道はもっと容易だったでしょう[11]。神様は十分に耐えられる試みだけをお許しになります[12]。義なる御使いたちは試みに一度打ち勝ちました[13]。義なる御使いたちの自由意志は苦しみなしに完成されます[14]。しかし、アダムは試みに負けました[15]。アダムの自由意志は苦しみを通して完成されます[16]

 おいしそうに見える風邪をひかせるゼリーを通して、子供はおいしい健康ゼリーだけを食べるようになります[17]。善悪の知識の木の実を通して、被造物は命の木の実だけを食べるようになります[18]。善悪の知識の木の実を通して、アダムは永遠の死を避けます[19]。しかし、善悪の知識の木の実を食べて死んだアダムをお生かしになるためには、神様はすべてをお捨てにならなければなりません[20]

2

 弟がある女性をだまして誘拐します。弟はその女性を強姦して殺します。女性の遺体が発見されます。女性の両親は絶望します。王国のすべての民は憤ります。弟を生かすために、兄は自分がその罪を犯したと言います。すべての人々が兄を呪います。弟の代わりに、兄は死にます。弟の代わりに、兄は見捨てられます。しかし、弟も、女性も、女性の両親も、王国の民も、被造物に過ぎません。

 弟の虫がある雌虫をだまして誘拐します。弟の虫はその雌虫を強姦して殺します。雌虫の死骸が発見されます。雌虫の親虫は絶望します。糞の山の上にいるすべての虫たちは憤ります。弟の虫を生かすために、兄の虫は自分がその罪を犯したと言います。すべての虫たちが兄の虫を呪います。弟の虫の代わりに、兄の虫は死にます。弟の虫の代わりに、兄の虫はすべての虫たちに見捨てられます。

 うじ虫に見捨てられることと人に見捨てられることは、違うことです。人に見捨てられることと神様に見捨てられることは、違うことです。被造物に見捨てられることと神様に見捨てられることは違うことです。

3

 罪は神様に対して犯すものです[21]。人に赦されたとしても、罪は消えません[22]。人に見捨てられなくても、神様には見捨てられます[23]。神様に赦されなければ、火の池に投げ込まれます。罪を赦されるためには、神様に赦されなければなりません[24]

 弟の代わりに、兄は被造物に見捨てられました。弟は被造物には見捨てられませんでした。しかし、弟は神様には見捨てられます。弟は死にませんでした。しかし、弟は火の池に投げ込まれます。兄は死にました。しかし、兄もまた、神様に裁かれなければなりません[25]。兄に他の罪があるならば、兄もまた火の池に投げ込まれることになります[26]

 殉教証人は人に見捨てられるだけです。殉教証人は被造物に見捨てられるだけです。被造物に見捨てられたとしても、殉教証人は神様の懐に抱かれます[27]。殉教証人が払う代価は土の肉体の命に過ぎません。しかも、どうせ死ぬ命です[28]

 肉体が感じるには、十字架の刑罰は非常に苦しみです。しかし、主イエス様だけが十字架で亡くなられたのではありません。数多くの人々が十字架で死にました。数多くの人々が十字架の苦しみを受けました。しかし、彼らは十字架で命が絶たれただけです。彼らは十字架で被造物に見捨てられる苦しみだけを感じたに過ぎません。しかし、主イエス様は十字架で神様に見捨てられました[29]

 風邪をひかせるゼリーを食べた罪はただなくすことはできません[30]。殉教証人は肉体の死だけを経験すればよいです。しかし、贖いのいけにえは肉体の死だけでなく、見捨てられる死までも経験しなければなりません[31]。同じ死のように見えます。しかし、罪を赦された者の死と罪を赦すための者の死は違います。

 罪を赦された殉教証人は、命だけを捨てればよいです。罪を赦された殉教証人は、被造物たちに見捨てられるだけでよいです[32]。しかし、罪を赦すための贖いのいけにえは、神様にも見捨てられなければなりません[33]。贖いのいけにえは、命も捨て、被造物たちにも見捨てられ、神様にも見捨てられなければなりません。

4

 神様が最初のアダムにご要求になる愛の限界は、魂を捨てることです[34]。最初のアダムは魂を捨てよという戒めをいただきます[35]。最初のアダムは神様を愛して魂を捨てます[36]。最初のアダムは被造物たちに見捨てられます。そして、最初のアダムは神様の懐に抱かれます。

 最後のアダムは神様でいらっしゃいます[37]。最後のアダムは時空間とその中のすべてのものをすべてご存続させていらっしゃいます[38]。最後のアダムは相続主でいらっしゃいます。神様が被造物とおなりになり、時空間をご相続になります[39]。時空間とその中のすべてのものはすべて最後のアダムのものです[40]。したがって、最後のアダムがお許しにならなければ[41]、誰も最後のアダムを殺すことはできません[42]。最後のアダムは罪をお犯しになりません[43]。したがって、最後のアダムは亡くなられることはできません[44]。死もまた最後のアダムの被造物です[45]。ただし、最後のアダムは死にお打ち勝ちになった後に[46]、公式に[47]相続をご確定になります[48]

 最後のアダムは魂をお捨てになる権威をお受けになります[49]。したがって、最後のアダムは亡くなられることができます。しかし、最後のアダムがお受けになった戒めは、土の肉体の命だけを捨てなさいという戒めではありません[50]

 被造物は神様のものです[51]。被造物を殺すか生かすかを、ただ神様だけがご決定になります[52]。被造物をご処分になることができる御方は、ただ神様だけでいらっしゃいます[53]。神様は被造物をご存続させなさいます。神様は被造物に罪を犯すなとお命じになります[54]。被造物が罪を犯せば神様がお殺しになります。

 被造物は神様のものを自分勝手に処分することはできません。被造物は隣人被造物を自分勝手に処分することはできません[55]。被造物は隣人被造物を捨てることはできません。ただ隣人被造物の土の肉体を傷つけることしかできません[56]。被造物をご所有になっていらっしゃる御方はただ神様だけです。神様だけが被造物をお殺しになることができます。神様だけが被造物をお捨てになることができます。

5

 神様は被造物に、魂を捨てるまで神様の戒めを守れとお命じになります[57]。そして、ご自ら魂を捨てるまで神様の戒めを守る模範をお示しになります[58]。最後のアダムの模範に従い、殉教証人たちは魂を捨てるまで神様の戒めを守ります[59]。殉教証人の体は死にます。殉教証人は被造物たちに見捨てられます。

 正しい人のために命を捨てる者たちもいます[60]。神様を本当に愛する者にとっては、神様のために命を捨てることはそれほど難しいことではないかもしれません[61]。最後のアダムにとっては、神様のために命を捨てることはそれほど難しいことではないかもしれません[62]。最後のアダムにとっては、十字架で肉体の苦しみをお受けになることはそれほど難しいことではないかもしれません[63]

 神様は被造物に、魂を捨てるまで神様の戒めを守れとお命じになります。しかし、神様が被造物にご要求になる基準と、神様がご自身にご要求になる基準は異なります。神様は被造物に、肉体の命を捨てる程度までだけをご要求になります[64]。しかし、神様はご自身に、すべてを捨てる程度までをご要求になります[65]。第2の位格なる神様はご自身に、第1の位格なる神様から断ち切られる程度までをご要求になります[66]。第1の位格なる神様はご自身に、第2の位格なる神様をお断ち切りになる程度までをご要求になります[67]

 第2の位格なる神様は、最初のアダムの罪を代わりにお被りになります[68]。第2の位格なる神様は、最初のアダムがいただくべき呪いを代わりにお受けになります。第2の位格なる神様は、最初のアダムの代わりに第1の位格なる神様に見捨てられます。第2の位格なる神様は、最初のアダムの代わりに第1の位格なる神様から断ち切られます。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、最初のアダムは罪を赦されます[69]

 罪を赦され、最初のアダムは神様のために魂を捨てます。しかし、最初のアダムは肉体の命が絶たれるだけです。命が絶たれた後、最初のアダムは神様の懐に抱かれます。同じ死のように見えます。しかし、結果は正反対です。命が絶たれると同時に最初のアダムは神様の懐に抱かれ[70]、最後のアダムは第1の位格なる神様から断ち切られます[71]

 


[1] 創2:16 神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

[2] 創2:17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」

[3] 箴9:13 愚かな女は、騒がしく、わきまえがなく、何も知らない。

 箴9:14 彼女は自分の家の戸口にすわり、町の高い所にある座にすわり、

 箴9:15 まっすぐに歩いて行く往來の人を招いて言う。

 箴9:16 「わきまえのない者はだれでもここに來なさい。」と。また思慮に欠けた者に向かって、彼女は言う。

 箴9:17 「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい。」と。

[4] 創3:6 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

[5] 王上21:3 ナボテはアハブに言った。「主によって、私には、ありえないことです。私の先祖のゆずりの地をあなたに与えるとは。」

 王上21:4 アハブは不きげんになり、激しく怒りながら、自分の家にはいった。イズレエル人ナボテが彼に、「私の先祖のゆずりの地をあなたに譲れません。」と言ったからである。彼は寝台に横になり、顔をそむけて食事もしようとはしなかった。

 王上21:5 彼の妻イゼベルは彼のもとにはいって來て言った。「あなたはどうしてそんなに不きげんで、食事もなさらないのですか。」

[6] 王上21:11 そこで、その町の人人、つまり、その町に住んでいる長老たちとおもだった人人は、イゼベルが彼らに言いつけたとおり、彼女が手紙に書き送ったとおりを行なった。

 王上21:12 彼らは断食を布告し、ナボテを民の前に引き出してすわらせた。

 王上21:13 そこに、ふたりのよこしまな者がはいって來て、彼の前にすわった。よこしまな者たちは民の前で、ナボテが神と王をのろった、と言って証言した。そこで人人は彼を町の外に引き出し、石打ちにして殺した。

 王上21:14 こうして、彼らはイゼベルに、「ナボテは石打ちにされて殺された。」と言ってよこした。

[7] 創5:29 彼はその子をノアと名づけて言った。「主がこの地をのろわれたゆえに、私たちは働き、この手で苦勞しているが、この私たちに、この子は慰めを与えてくれるであろう。」

[8] 詩119:71 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。

[9] 王上8:46 彼らがあなたに対して罪を犯したため―罪を犯さない人間はひとりもいないのですから―あなたが彼らに対して怒られ、彼らを敵に渡し、彼らが、遠い、あるいは近い敵国に捕虜として捕われていった場合、

 王上8:47 彼らが捕われていった地で、みずから反省して悔い改め、捕われていった地で、あなたに願い、『私たちは罪を犯しました。悪を行なって、咎ある者となりました。』と言って、

 王上8:48 捕われていった敵国で、心を尽くし、精神を尽くして、あなたに立ち返り、あなたが彼らの先祖に与えられた彼らの地、あなたが選ばれたこの町、私が御名のために建てたこの宮のほうに向いて、あなたに祈るなら、

[10] 申8:2 あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。

 申8:3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。

[11] イザ48:18 あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。

[12] 1コリ10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

  2ペト1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行なっていれば、つまずくことなど決してありません。

 2ペト1:11 このようにあなたがたは、私たちの主であり救い主であるイエス.キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられるのです。

[13] ユダ1:9 御使いのかしらミカエルは、モ-セのからだについて、悪魔と論じ、言い争ったとき、あえて相手をののしり、さばくようなことはせず、「主があなたを戒めてくださるように。」と言いました。

[14] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

[15] ヤコ1:13 だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。

 ヤコ1:14 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。

 ヤコ1:15 欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。

[16] ヨハネ12:25 自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。

  使徒14:22 弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」と言った。

[17] ルカ15:16 彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

 ルカ15:17 しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。

 ルカ15:18 立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

 ルカ15:19 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』

[18] 代下7:14 わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。

[19] ガラ3:24 こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。

[20] エフェ5:2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

[21] 創1:1 初めに、神が天と地を創造した。

[22] ヨブ41:11 だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。

[23] ネヘ9:6 「ただ、あなただけが主です。あなたは天と、天の天と、その万象、地とその上のすべてのもの、海とその中のすべてのものを造り、そのすべてを生かしておられます。そして、天の軍勢はあなたを伏し拝んでおります。

[24] ロマ14:10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。

 ロマ14:11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」

 ロマ14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

[25] コヘ12:13 結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

 コヘ12:14 神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。

[26] ヤコ2:10 律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。

 ヤコ2:11 なぜなら、「姦淫してはならない。」と言われた方は、「殺してはならない。」とも言われたからです。そこで、姦淫しなくても人殺しをすれば、あなたは律法の違反者となったのです。

[27] 使徒7:53 あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」

 使徒7:54 人人はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした。

 使徒7:55 しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、

 使徒7:56 こう言った。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」

 使徒7:57 人人は大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到した。

 使徒7:58 そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた。

 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」

 使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。

[28] 創3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」

[29] ルカ22:42 「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」

 ルカ22:43 すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。

 ルカ22:44 イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。

[30] 詩49:7 人は自分の兄弟をも買い戻すことはできない。自分の身のしろ金を神に払うことはできない。

 詩49:8 ―たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない。―

  ゼカ9:11 あなたについても、あなたとの契約の血によって、わたしはあなたの捕われ人を、水のない穴から解き放つ。

[31] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

[32] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人 のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

[33] ヘブ12:24 さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血に近づいています。

  1コリ11:25 夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」

[34] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのち(プシケ魂)を捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

[35] マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思い(プシケ魂)を尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

 マタイ22:38 これがたいせつな第一の戒めです。

[36] 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのち(プシケ魂)を惜しまなかった。

[37] ヘブ1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

[38] 黙5:13 また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」

[39] ヘブ1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。

[40] コロ1:16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

 コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

[41] マタイ26:24 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」

[42] マタイ26:53 それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。

 マタイ26:54 だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」

[43] 2コリ5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

[44] ロマ5:12 そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、瓦瓦それというのも全人類が罪を犯したからです。

[45] ロマ8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に來るものも、力ある者も、

 ロマ8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト․イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

[46] フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

 フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

  1ペト3:22 キリストは天に上り、御使いたち、および、もろもろの権威と権力を従えて、神の右の座におられます。

[47] ヨハネ18:36 イエスは答えられた。「わたしの国はこの世のものではありません。もしこの世のものであったなら、わたしのしもべたちが、わたしをユダヤ人に渡さないように、戦ったことでしょう。しかし、事実、わたしの国はこの世のものではありません。」

 ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言った。「それでは、あなたは王なのですか。」イエスは答えられた。「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に來たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。

[48] 黙1:18 生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。

[49] ヨハネ10:17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

 ヨハネ10:18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」

[50] ガラ3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである。」と書いてあるからです。

[51] 詩50:12 わたしはたとい飢えても、あなたに告げない。世界とそれに満ちるものはわたしのものだから。

[52] 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

[53] ダニ5:18 王さま。いと高き神は、あなたの父上ネブカデネザルに、国と偉大さと光栄と権威とをお与えになりました。

 ダニ5:19 神が彼に賜わった偉大さによって、諸民、諸国、諸国語の者たちはことごとく、彼の前に震え、おののきました。彼は思いのままに人を殺し、思いのままに人を生かし、思いのままに人を高め、思いのままに人を低くしました。

[54] ヤコ4:11 兄弟たち。互いに悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。

 ヤコ4:12 律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。

[55] ヨブ31:13 私のしもべや、はしためが、私と争ったとき、もし、私が彼らの言い分をないがしろにしたことがあるなら、

 ヨブ31:14 神が立たれるとき、私はどうすればよいか。また、神がお調べになるとき、何と答えたらよいか。

 ヨブ31:15 私を胎内で造られた方は、彼らをも造られたのではないか。私たちを母の胎内に形造られた方は、ただひとりではないか。

[56] ルカ12:4 そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。

 ルカ12:5 恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。

[57] マタイ16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて來たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて來なさい。

 マタイ16:25 いのち(プシケ魂)を救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのち(プシケ魂)を失う者は、それを見いだすのです。

[58] イザ53:12 それゆえ、わたしは、多くの人人を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのち(ネフェシュ魂)を死に明け渡し、そむいた人たちとともに數えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。

[59] 1ペト2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

 1ペト2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

 1ペト2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

[60] ロマ5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。

[61] 使徒20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

[62] マタイ5:43 『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。

 マタイ5:44 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

[63] マタイ16:21 その時から、イエス.キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

 マタイ16:22 するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」

 マタイ16:23 しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」

[64] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

[65] イザ53:10 しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。

 イザ53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。

[66] マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。

[67] 創22:6 アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。

 創22:7 イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク。」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

[68] ヘブ9:18 したがって、初めの契約も血なしに成立したのではありません。

 ヘブ9:19 モ-セは、律法に従ってすべての戒めを民全体に語って後、水と赤い色の羊の毛とヒソプとのほかに、子牛とやぎの血を取って、契約の書自体にも民の全体にも注ぎかけ、

 ヘブ9:20 「これは神があなたがたに対して立てられた契約の血である。」と言いました。

 ヘブ9:21 また彼は、幕屋と礼拝のすべての器具にも同様に血を注ぎかけました。

 ヘブ9:22 それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。

  ルカ22:20 食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。

[69] エフェ1:7 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。

[70] フィリ1:23 私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。

 フィリ1:24 しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。

[71] サム下18:10 ひとりの男がそれを見て、ヨアブに告げて言った。「今、アブシャロムが樫の木に引っ掛かっているのを見て來ました。」

  サム下18:32 王はクシュ人に言った。「若者アブシャロムは無事か。」クシュ人は答えた。「王さまの敵、あなたに立ち向かって害を加えようとする者はすべて、あの若者のようになりますように。」

 サム下18:33 すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」