ルカ15:1 さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って來た。
ルカ15:2 すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」
ルカ15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
ルカ15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
ルカ15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、
ルカ15:6 帰って來て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。
ルカ15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。
ルカ15:22 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って來て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
ルカ15:23 そして肥えた子牛を引いて來てほふりなさい。食べて祝おうではないか。
ルカ15:24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。
ルカ15:25 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って來て家に近づくと、音樂や踊りの音が聞こえて來た。それで、
ルカ15:26 しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、
ルカ15:27 しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』
ルカ15:28 すると、兄はおこって、家にはいろうともしなかった。それで、父が出て來て、いろいろなだめてみた。
ルカ15:29 しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと樂しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。
ルカ15:30 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って來たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』
ルカ15:31 父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。
ルカ15:32 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って來たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、樂しんで喜ぶのは当然ではないか。』」
人の中に迷子にならない羊はありません[1]。ただ自分が道に迷ったことに気付いた羊と道に迷ったことに気付かない羊だけあるだけです[2]。被造物中に迷子にならない羊はありません。自由意志が完成されなければ、いつでも犯罪できるからです。犯罪の可能性をそのまま抱いている被造物は、いつかは必ず罪を犯すことになります。自由意志が完成されなければ、御使いでも結局罪を犯すことになります。御使いはやがて道に迷う羊です。ですから広く見るなら、御使いも道に迷った羊です。
自分が道に迷ったことを悟ることができない羊99匹は天の喜びになりません。しかし、自分が道に迷ったことを悟り、神様に帰ってきた羊1匹は天の喜びになります。この1匹がサタンの王国を壊す武器になるからです[3]。
神様からご覧になって、取税人も罪人であり、パリサイ人も罪人です[4]。悔い改めた罪人たちは第2の位格なる神様のもとに進み寄ります。しかし、パリサイ人たちと律法学者たちは第2の位格なる神様のもとに進み寄りません[5]。自分たちが罪人であることを認めないからです[6]。罪人は危険な状態にあります。しかし、自分が罪人であることを悟らない罪人は、もっと危険な状態にあります[7]。道に迷った羊は危険な状態にあります。しかし、自分が道に迷ったことを悟らない羊は、もっと危険な状態にあります[8]。立ち返って悔い改めること自体が不可能だからです[9]。しかも、罪を悟らせるために下された律法を利用して自分の罪を隠すことまでするならば[10]、死ぬ寸前です。
第2の位格なる神様は放蕩息子の兄を例に挙げてパリサイ人たちの罪をお照らしになってくださいます。取税人たちの罪が神様を離れた罪であるならば、パリサイ人たちの罪は自分たちを義しいと思う罪です。パリサイ人たちが自分たちを義しいと思う理由は、自分たちが律法を守っていると考えているからです。パリサイ人たちが自分たちが律法を守っていると考える理由は、律法の真の意味を知らないからです[11]。律法を下された御方がご親臨なさり、律法の真の意味をお教えになります[12]。
律法の真の意味は愛です[13]。律法は愛の表現様式です。愛すれば律法を守るようになります[14]。律法を破れば罰をいただく理由も、愛さなかったからです[15]。律法を破れば罰をいただく理由は、これからは愛するためです[16]。律法は愛さない罪を裁きます[17]。律法から愛が抜け落ちる時、裁きだけが残ります[18]。律法から愛が抜け落ちる時、律法は罪を隠す手段に転落します[19]。愛を反射する律法は命の木の実です[20]。しかし、律法から愛が抜け落ちる時、律法は善悪の知識の木の実となります[21]。善悪の知識の木の実は、私たちが神様の御座について隣人を裁いても、私たち自身は死ぬことはないだろうと錯覚させます[22]。
放蕩息子の兄は自分が父の命令を守っていると考えていました。放蕩息子の兄は自分が義しいと考えていました。自分を義しいと思うので、彼は弟を裁きます。自分を義しいと思うので、彼は立ち返って悔い改めようとしません。もし彼がその状態のままでとどまるならば、彼の自由意志は完成されません。彼が依然として犯罪の可能性を抱えているので、いつか彼は必ず罪を犯します。放蕩息子だけが善悪の知識の木の実を食べたのではなく、放蕩息子の兄もまた善悪の知識の木の実を食べたのです[23]。
被造物は放蕩息子であったのが[24]、放蕩息子の兄になり[25]、その後に神様の形として完成されます[26]。獣のような人生を送っていた無法者が悔い改めて[27]、律法で隣人を裁くようになり[28]、その後に神様の形として完成されます[29]。法を無視する無法者も死に、法で隣人を裁く者も死にます。ただ、法で愛を反射する神様の形だけが生き残ります[30]。放蕩息子の兄のような心が、もしかしたら御使いたちにもあるのではないでしょうか?神様は人間だけでなく、御使いをもお待ちになっていらっしゃるのではないでしょうか?相続権と関連して、放蕩息子の兄が御使いたちを象徴するという見方もあるかもしれませんし、堕落した御使いたちを象徴するという見方もあるかもしれません。
ダニ7:13 私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って來られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。
ダニ7:14 この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。
マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
ヨハネ3:35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。
ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。
ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。
ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。
ヨハネ5:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
ヨハネ5:25 まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が來ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。
ヨハネ5:26 それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。
ヨハネ5:27 また、父はさばきを行なう権を子に与えられました。子は人の子だからです。
ヨハネ5:28 このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て來る時が來ます。
ヨハネ5:29 善を行なった者は、よみがえっていのちを受け、悪を行なった者は、よみがえってさばきを受けるのです。
エフェ1:20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、
エフェ1:21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に來る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。
エフェ1:22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。
ヘブ2:6 むしろ、ある個所で、ある人がこうあかししています。「人間が何者だというので、これをみこころに留められるのでしょう。人の子が何者だというので、これを顧みられるのでしょう。
ヘブ2:7 あなたは、彼を、御使いよりも、しばらくの間、低いものとし、彼に栄光と轝れの冠を与え、
ヘブ2:8 万物をその足の下に従わせられました。」万物を彼に従わせたとき、神は、彼に従わないものを何一つ残されなかったのです。それなのに、今でもなお、私たちはすべてのものが人間に従わせられているのを見てはいません。
ヘブ2:9 ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と轝れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
ヘブ10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、
ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。
創2:3 神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。
1コリ15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。
1コリ15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。
1コリ15:53 朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。
1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
1コリ15:27 「彼は万物をその足の下に従わせた。」からです。ところで、万物が従わせられた、と言うとき、万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。
1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。
黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
神様と隣人を命よりも愛する聖徒たちが殉教します[31]。殉教証人たちの定められた数が満ちると、第7のラッパが鳴り響きます[32]。第7のラッパが鳴り響くと、第1の復活が起こります[33]。罪の下にある者は、死に打ち勝つことはできません。死に打ち勝ったならば、戒めを守ったのです[34]。命よりも神様と隣人を愛したならば、戒めを守ったのです[35]。殉教証人たちの復活変化によって、戒めの真実さが証明されます[36]。
王は敵を裁きます[37]。第2の位格なる神様は王でいらっしゃいます[38]。第2の位格なる神様は敵をお裁きなさいます。祭司は罪を贖います。第2の位格なる神様は大祭司でいらっしゃいます[39]。第2の位格なる神様はご自身の血で人間たちをお贖いなさいます[40]。第2の位格なる神様は第1の位格なる神様と人間の間の仲介者でいらっしゃいます[41]。王として第2の位格なる神様が犯罪者たちをお裁きなさる時、大祭司として第2の位格なる神様は悔い改める人間たちを罪からお救い出しになります[42]。
第2の位格なる神様は人間として、人間を第1の位格なる神様にお結びつけになります[43]。第2の位格なる神様は被造物として、被造物たちを第1の位格なる神様にお結びつけになります[44]。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、御使いたちと人間たちから犯罪の可能性が消滅されます[45]。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、時空間から罪が消滅されます。第2の位格なる神様がお流しになった血によって、第1の位格なる神様と被造物たちが和解することになります。したがって、第2の位格なる神様は人間のための仲介者でもいらっしゃいますが、すべての被造物たちのための仲介者でもいらっしゃいます[46]。
第2の位格なる神様は被造物たちの第1の者でいらっしゃいます[47]。時空間をご支配になる第2の位格なる神様は一切のものの頭でいらっしゃいます[48]。教会は第2の位格なる神様の体です。第2の位格なる神様は教会を通して時空間から罪をご消滅させなさいます。教会は助け手として、第2の位格なる神様が創造をご完成なさるのを助けます[49]。第2の位格なる神様は王である祭司たちを通して、後の世をご支配になります[50]。第2の位格なる神様は花嫁、すなわち教会を通して1000年王国をご支配になります[51]。
第2の位格なる神様の支配は、聖霊神様を通して今も部分的に実現されています[52]。聖霊神様は第2の位格なる神様の御名によって聖徒の肉体の中にご親臨なさいます[53]。第2の位格なる神様の御名をお持ちの聖霊神様を聖徒が祀ります[54]。したがって、聖霊神様を通して第2の位格なる神様の支配が聖徒に実現されます[55]。聖徒が神様の国となると、聖徒がいる領域に神様の国が拡張されます[56]。聖徒たち、すなわち教会を通して第2の位格なる神様の支配、すなわち神様の国が実現されます[57]。
2025年現在、まだ時空間全体が第2の位格なる神様に服従していません。サタンと彼に同調する犯罪者たちは依然として第2の位格なる神様に逆らっています。ハデスは依然としてサタンの噓っぱちの群れの暴圧の下で苦しんでいます[58]。第2の位格なる神様はまだサタンの噓っぱちの群れをお裁きなさいません。定められた殉教証人たちの数がすべて満ちた後に、第2の位格なる神様は裁きをご執行になります[59]。定められた初穂たちの数がすべて満ちた後に、第2の位格なる神様は再びご親臨なさいます。第7のラッパが鳴り響き、第1の復活が起こった後に、第2の位格なる神様は大贖罪をお成しになります[60]。
サタンは戒めを廃止させようとします。サタンは戒めでご支配になる神様を御座から引きずり降ろそうとします。サタンは神様が被造物たちが守ることのできない戒めを被造物たちにご強制になると主張します[61]。戒めの真実さが証明されると、サタンの嘘が暴露されます。戒めの真実さが証明されると、戒めを守れとお命じになる神様の愛と公義が完全に現れます。戒めの真実さが証明されると、被造物たちはもはや神様を誤解しません[62]。
戒めの真実さが証明されると、敵たちは第2の位格なる神様の足台になります。殉教証人たち、すなわち神様の子どもたち[63]、すなわち神様の形たち[64]、すなわち花嫁は、第1の復活を通して敵たちを第2の位格なる神様の足台にならせます[65]。戒めの真実さが証明されると、第2の位格なる神様は御使いの天をお贖いなさいます[66]。第2の位格なる神様が御使いの天をお贖いなさっている間、地には7つの災害が注がれます[67]。御使いの天をお贖いなさった後、第2の位格なる神様はハデスをお贖いなさいます[68]。第2の位格なる神様は地に至るまでご親臨なさり、犯罪者たちをお裁きなさいます[69]。ハデスをお贖いなさった後、第2の位格なる神様はアザゼルサタンを荒野底知れぬ所に[70]お閉じ込めになります[71]。
サタンの噓っぱちの群れをお閉じ込めになった後[72]、第2の位格なる神様は以前の天と以前の地をお燃やしなさって、新しい天と新しい地をお造りになります[73]。新しい天と新しい地は1000年王国です。1000年王国は殉教証人たちに下される報いの期間です[74]。1000年が過ぎて報いがすべて下された後には、殉教証人たちも一般の聖徒たちも、皆平等になるようです。100年にも満たない人生を植え、1000年の栄光として刈り取るのです[75]。
1000年王国が終わると、第2の位格なる神様は大きな白い御座の裁きをお開きになります[76]。大きな白い御座の裁きの時に、第2の位格なる神様は罪の下にあるものをすべて火の池でお燃やしなさいます。第2の位格なる神様は犯罪者たちと、罪の報酬である死と、犯罪者たちが閉じ込められたハデスまでも火の池でお燃やしなさいます[77]。時空間から罪と関係のあるものは、すべて消滅されます。時空間には神様と隣人を愛する被造物たちだけが残ることになります。被造物とおなりになった第2の位格なる神様の御業は、この時に終わります[78]。
第2の位格なる神様は被造物とおなりになり、十字架をお負いになります。第2の位格なる神様が「イエス」という御名をご相続になったことを[79]、復活を通して[80]時空間に公式にご確定になります[81]。第2の位格なる神様は時空間から罪をご消滅させなさいます。第2の位格なる神様の十字架を通して、時空間は完成されます。
第2の位格なる神様は完成された時空間を第1の位格なる神様にお渡しになります[82]。第1の位格なる神様が時空間のすべてとおなりになります[83]。第2の位格なる神様が第1の位格なる神様に時空間をお渡しになった後に、第2の位格なる神様はおそらく再び第1の位格なる神様と同等におなりになると推測します。しかし、永遠無限(常常永遠)においては、第2の位格なる神様は第1の位格なる神様と常に同等でいらっしゃいます[84]。第2の位格なる神様は時空間の中でだけご自身を被造物としてお現しになります[85]。神様は時空間の中にのみ存在する私たちに[86]、私たちが理解できる方法で[87]ご自身をお現しになります[88]。
[1] ロマ3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人人に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
ロマ3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
[2] ロマ7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが來たときに、罪が生き、私は死にました。
ロマ7:10 それで私には、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが、わかりました。
[3] 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」
使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。
[4] マタイ23:2 こう言われた。「律法学者、パリサイ人たちは、モ-セの座を占めています。
マタイ23:3 ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。
マタイ23:4 また、彼らは重い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとはしません。
マタイ23:5 彼らのしていることはみな、人に見せるためです。経札の幅を広くしたり、衣のふさを長くしたりするのもそうです。
マタイ23:6 また、宴会の上座や会堂の上席が大好きで、
マタイ23:7 広場であいさつされたり、人から先生と呼ばれたりすることが好きです。
マタイ23:8 しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはいけません。あなたがたの教師はただひとりしかなく、あなたがたはみな兄弟だからです。
[5] ルカ11:52 忌まわしいものだ。律法の専門家たち。あなたがたは、知識のかぎを持ち去り、自分もはいらず、はいろうとする人人をも妨げたのです。」
ルカ11:53 イエスがそこを出て行かれると、律法学者、パリサイ人たちのイエスに対する激しい敵対と、いろいろのことについてのしつこい質問攻めとが始まった。
ルカ11:54 彼らは、イエスの口から出ることに、言いがかりをつけようと、ひそかに計った。
[6] ルカ18:10 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。
ルカ18:11 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人人のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。
ルカ18:12 私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』
[7] ロマ10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。
ロマ10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。
[8] イザ29:11 そこで、あなたがたにとっては、すべての幻が、封じられた書物のことばのようになった。これを、読み書きのできる人に渡して、「どうぞ、これを読んでください。」と言っても、「これは、封じられているから読めない。」と言い、
イザ29:12 また、その書物を、読み書きのできない人に渡して、「どうぞ、これを読んでください。」と言っても、「私は、読み書きができない。」と答えよう。
イザ29:13 そこで主は仰せられた。「この民は口先で近づき、くちびるでわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない。
イザ29:14 それゆえ、見よ、わたしはこの民に再び不思議なこと、驚き怪しむべきことをする。この民の知恵ある者の知恵は滅び、悟りある者の悟りは隠される。」
[9] イザ1:11 「あなたがたの多くのいけにえは、わたしに何になろう。」と、主は仰せられる。「わたしは、雄羊の全焼のいけにえや、肥えた家畜の脂肪に飽きた。雄牛、子羊、雄やぎの血も喜ばない。
イザ1:12 あなたがたは、わたしに会いに出て來るが、だれが、わたしの庭を踏みつけよ、とあなたがたに求めたのか。
イザ1:13 もう、むなしいささげ物を携えて來るな。香の煙―それもわたしの忌みきらうもの。新月の祭りと安息日―会合の召集、不義と、きよめの集会、これにわたしは耐えられない。
[10] 創3:7 このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。
[11] ホセ4:6 わたしの民は知識がないので滅ぼされる。あなたが知識を退けたので、わたしはあなたを退けて、わたしの祭司としない。あなたは神のおしえを忘れたので、わたしもまた、あなたの子らを忘れよう。
[12] マタイ5:43 『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
マタイ5:44 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
[13] ロマ13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。
ロマ13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。
ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。
[14] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。
[15] マラ3:5 「わたしは、さばきのため、あなたがたのところに近づく。わたしは、ためらうことなく証人となり、呪術者、姦淫を行なう者、偽って誓う者、不正な賃金で雇い人をしいたげ、やもめやみなしごを苦しめる者、在留異国人を押しのけて、わたしを恐れない者たちに、向かう。―万軍の主は仰せられる。―
[16] 申19:18 さばきつかさたちはよく調べたうえで、その証人が偽りの証人であり、自分の同胞に対して偽りの証言をしていたのであれば、
申19:19 あなたがたは、彼がその同胞にしようとたくらんでいたとおりに、彼になし、あなたがたのうちから悪を除き去りなさい。
申19:20 ほかの人人も聞いて恐れ、このような悪を、あなたがたのうちで再び行なわないであろう。
申19:21 あわれみをかけてはならない。いのちにはいのち、目には目、歯には歯、手には手、足には足。
[17] ヤコ2:13 あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。
[18] マタイ7:1 さばいてはいけません。さばかれないためです。
マタイ7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
マタイ7:3 また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
マタイ7:4 兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。
[19] ヨハネ8:39 彼らは答えて言った。「私たちの父はアブラハムです。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。
ヨハネ8:40 ところが今あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに話しているこのわたしを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです。
ヨハネ8:41 あなたがたは、あなたがたの父のわざを行なっています。」彼らは言った。「私たちは不品行によって生まれた者ではありません。私たちにはひとりの父、神があります。」
ヨハネ8:42 イエスは言われた。「神がもしあなたがたの父であるなら、あなたがたはわたしを愛するはずです。なぜなら、わたしは神から出て來てここにいるからです。わたしは自分で來たのではなく、神がわたしを遣わしたのです。
ヨハネ8:43 あなたがたは、なぜわたしの話していることがわからないのでしょう。それは、あなたがたがわたしのことばに耳を傾けることができないからです。
ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。
[20] マタイ19:17 イエスは彼に言われた。「なぜ、良いことについて、わたしに尋ねるのですか。良い方は、ひとりだけです。もし、いのちにはいりたいと思うなら、戒めを守りなさい。」
マタイ19:18 彼は「どの戒めですか。」と言った。そこで、イエスは言われた。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証をしてはならない。
マタイ19:19 父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」
[21] ヨハネ8:4 イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。
ヨハネ8:5 モ-セは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」
ヨハネ8:6 彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。
[22] 創3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」
[23] ガラ6:1 兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。
[24] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、
エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。
エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。
[25] ヤコ4:11 兄弟たち。互いに悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。
ヤコ4:12 律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。
[26] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。
[27] 詩49:20 人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。
[28] ロマ14:10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。
ロマ14:11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」
ロマ14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。
ロマ14:13 ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。
[29] ロマ16:3 キリスト․イエスにあって私の同勞者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。
ロマ16:4 この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。
[30] 使徒7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」
使徒7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。
[31] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。
黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。
[32] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
[33] 黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」
[34] 詩89:48 いったい、生きていて死を見ない者はだれでしょう。だれがおのれ自身を、よみの力から救い出せましょう。セラ
マタイ16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
[35] ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
[36] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス.キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[37] 詩45:5 あなたの矢は鋭い。国国の民はあなたのもとに倒れ、王の敵は気を失う。
詩45:6 神よ。あなたの王座は世世限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。
詩45:7 あなたは義を愛し、悪を憎んだ。それゆえ、神よ。あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまして、あなたにそそがれた。
[38] 黙19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
黙19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。
[39] ヘブ6:20 イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいり、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。
[40] ヘブ9:12 また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。
[41] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。
[42] ルカ7:44 そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。わたしがこの家にはいって來たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、淚でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。
ルカ7:45 あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、わたしがはいって來たときから足に口づけしてやめませんでした。
ルカ7:46 あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。
ルカ7:47 だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」
ルカ7:48 そして女に、「あなたの罪は赦されています。」と言われた。
[43] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。
[44] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、
エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、
[45] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[46] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
[47] コロ1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。
[48] エフェ1:20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、
エフェ1:21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に來る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。
エフェ1:22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。
エフェ1:23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。
[49] 創2:18 その後、神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」
[50] ヘブ2:5 神は、私たちがいま話している後の世を、御使いたちに従わせることはなさらなかったのです。
[51] 黙20:6 この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。
[52] マタイ12:28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに來ているのです。
[53] ヨハネ14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
[54] 1コリ6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。
1コリ6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。
[55] マルコ16:17 信じる人人には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、
マルコ16:18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」
[56] マタイ28:18 イエスは近づいて來て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
マタイ28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
[57] マタイ16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
[58] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
ロマ8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。
ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。
[59] ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。
黙1:16 また、右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のようであった。
黙19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
黙19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。
[60] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
[61] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
[62] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。
黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」
[63] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
[64] 創1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。
創1:27 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。
[65] ヘブ10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、
ヘブ10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。
[66] レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
[67] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
[68] レビ16:18 主の前にある祭壇のところに出て行き、その贖いをする。彼はその雄牛の血と、そのやぎの血を取り、それを祭壇の回りにある角に塗る。
レビ16:19 その残りの血を、その祭壇の上に指で七たび振りかける。彼はそれをきよめ、イスラエル人の汚れからそれを聖別する。
[69] 黙19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
黙19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ翔まれた。
[70] レビ16:20 彼は聖所と会見の天幕と祭壇との贖いをし終え、先の生きているやぎをささげる。
レビ16:21 アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。
レビ16:22 そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。
[71] 黙20:1 また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って來るのを見た。
黙20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、
黙20:3 底知れぬ所に投げ翔んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。
[72] イザ24:21 その日、主は天では天の大軍を、地では地上の王たちを罰せられる。
イザ24:22 彼らは囚人が地下牢に集められるように集められ、牢獄に閉じ込められ、それから何年かたって後、罰せられる。
[73] 2ペト3:12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。
2ペト3:13 しかし、わたしたちは、神の約束にしたがって、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。
[74] イザ65:17 見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない。
イザ65:18 だから、わたしの創造するものを、いついつまでも樂しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を樂しみとする。
イザ65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を樂しむ。そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。
イザ65:20 そこにはもう、數日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。
イザ65:21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。
イザ65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者は、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。
イザ65:23 彼らはむだに勞することもなく、子を産んで、突然その子が死ぬこともない。彼らは主に祝福された者のすえであり、その子孫たちは彼らとともにいるからだ。
イザ65:24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。
イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。
[75] ロマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。
ロマ8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将來私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。
[76] 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。
黙20:11 また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。
[77] 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
[78] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
[79] マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
[80] ロマ1:3 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、
ロマ1:4 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス。キリストです。
[81] フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
フィリ2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
フィリ2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
フィリ2:11 すべての口が、「イエス.キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。
[82] 1コリ15:24 それから終わりが來ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。
[83] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。(, that God may be all in all.)
[84] 黙22:13 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」
[85] ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。
ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」
ヘブ1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」
詩102:25 あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
詩102:26 これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。
詩102:27 しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。
[86] マタイ11:25 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。
マタイ11:26 そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。
マタイ11:27 すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。
[87] エフェ3:2 あなたがたのためにと私がいただいた、神の恵みによる私の務めについて、あなたがたはすでに聞いたことでしょう。
エフェ3:3 先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私に知らされたのです。
エフェ3:4 それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよくわかるはずです。
[88] ヨハネ14:7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」
ヨハネ14:8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」
ヨハネ14:9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。