ワタクシはごく凡庸な人間ですが、人に「ふつう」でないことで少なからず注意されます。
たとえば、飲み会でのこんな一言。
「ふつう女子がお酌するもんでしょ!気がきかない」
…女子って。
人間はじめてほぼ半世紀、常々オノレを中年と表記しているけれど、実は初老(=概ね40代)を名乗ることすら憚られる、敦盛だって舞えちゃう年頃のワタクシに女子って…
いや違う。
酒なんて、各自のペースで好きなように手酌ででも飲めば良いものじゃん。どいつもこいつも好き好き飲んだくれている中で、なにゆへ、女性だけに人のペースに目を光らせながら給仕しろと仰るのか。
「お酌してあげてる私」という自己満足の押し付けをあなたがなさるのは勝手ですが、その肯定のために女性全員に同調を促すのはいかがなものかと。
そもそも、歴史や伝統や慣習を重んじるのか正義で“ふつう”というなら、(日本限定ですが)酒とは、武将が部下に戦場での働きを労って下賜するものだったと記憶しているので、尚更ワタクシ如きが酌をするのはおこがましいと思うのですが。
なんて反論してもお互い面倒なだけなので、テキトーに酌をするか、飲み物を取りに行くふりをして席を外すかしますが、こういう“ふつう”との遭遇にすっかり疲れ果てています。
更年期かしら。
さておき、自分の考えを“ふつう”だと思っている人が他人に受入れを要求する“ふつう”は、なにかと厄介です。
それが“ふつう”である根拠を人に説明する気が、しばしば全くないからです。
なぜなら、その人曰く「自分の言ってることは“ふつう”」だから。
困ったもんだな。
そもそも“ふつう”というのもは、たいへん曖昧な概念です。
一例を挙げますと。
たしか2013年の統計データだったと記憶していますが、成人一人当たりの平均貯蓄額が700万円だったか1000万円だったかという、今噂の総務省の調査結果がありまして。
うええ⁉そんなねえよ‼
うええ⁉そんな少ないヤツいんの‼
いろいろご意見ございましょう。
もう、この時点で“ふつう”がいかに人それぞれなのか伺い知れる訳ですが、そこはちょっと横に置いて話を進めたいと思います。
「20歳から毎月コツコツ1万円貯金して70歳で600万円。ソレ以上の額を大半の人が持っている」
総務省のデータが示しているのは、実はそういうことではないのです。
このデータの分布を見てみると、平均値は確かにその辺なんですが、中央値はおよそ100万円、最頻値は「貯蓄なし」です。
人数を基準にして、両端から数えてちょうど真ん中へんが“ふつう”なら「“ふつう”の貯蓄額は100万円」
最も多くの人が集まるところが“ふつう”なら「“ふつう”の人は貯蓄なんかねぇ!」
全員の持っているお金を集めて人数で頭割りすると「“ふつう”700万円ぐらい持ってるっしょ」
となるわけです。
どれも正しいけれど、どれかだけを見て自分は“ふつう”だ、“ふつう”でないんだ、と単純に振り分けるのは、あまり意味がないのではないかと考える次第です。
統計データですらこんな感じの“ふつう”ですが、人のいう“ふつう”は「自分の主観をさも最大公約数のように騙る」という、人の影に隠れて投げてくる石みたいなものなので、やたら気に病むより、相手の言い分に聞くべきところがあるかどうかをゆっくり考えて、どうでもよければスルーすればいいと思います。
いいですか。すぐにその場で判断しなくてもいいですからね。
あんまり言われると「やっぱり自分は“ふつう”じゃないのか」と気に病むこともありましょうが、人間なんて、そうそう“ふつう”の人間の発想を飛び超えた存在になれるようなシロモノではないのですよ。

