バイトの帰り道、原田さんとの会話を思い出していた。
(今はまだそんな気になれそうにないな)

夏休みの時に僕は中学まで住んでいた町に遊びに来ていた。

一週間友人の家に転がりみこり、毎日友人達と遊んでいたのだが、丸一日誰も遊ぶ相手がいなくな暇になってしまった。

仕方がないので、一人で通っていた中学を訪れてみた。
昔お世話(虐待?)になった剣道部の顧問の顔でも見に行こうと思ったからだ。

三年生の時に担任でもあった「こっつぁん」と呼ばれていたその人は見た目だけでなく、中身も鬼だった。

しかし、厳しいだけでなく、面倒見もよく、ほんとによくしてくれた。

訪ねると練習中であったが、歓迎してくれ、懐かしがってくれた。

後輩たちの練習を見ながら、こっつぁんと話ていると、道場に人が入ってきた。

その姿を見て僕はぼう然とした。

「あれー? 何でこんなとこおんの?めちゃめちゃ久しぶりやねー。東京にいったんやったなかったけ」

同じ部活で、三年間好きだった、森下だった。

気持ちを伝えないまま、僕は引っ越した。彼女には彼氏がいたのだ。

ずっと気にはなっていたが、行動を起こす勇気はなく、時々思い出していた。我ながらチキンだと思う。

彼女は当時よりも大人びてはいたが、変わっていなかった。

そして僕の彼女を好きという気持ちも変わっていないことをに気付いた。
「聞いてる?」

はっとして
「聞いてるよ。そっちこそ何してんだよ。」

自分でも緊張しているのが判るん

「近くを通りかかったから、先生の顔を見に来ただけ」


その後僕等はファミレスで二時間程話をしたこと。

たわいもない話で、昔話や誰が今どうしてるなどだったが、僕は未だに彼女が好きである事を自覚するには十分だった。


そして東京に戻った僕は、彼女に手紙を出した。
直接伝える事も、もちろん考えたが、そこまでの度胸のない僕は、結局手紙にした。

どんな事を書いたかもう忘れてしまったが、何度も書き直し、出すまでにも何度もポストの前に立ち尽くした事ははっきりと覚えている。




しかし、彼女からの返事は未だにない。

もう1ヶ月が過ぎているが、何もない。

その時点で、答えは解っているのだが、ひょっとしたらと考えてしまう女々しい僕であった。

そんなわけで今のところ彼女を作る努力などする気になれなかった。
バイトを始めて二週間がたった。
単純な仕事なので、すぐに慣れ、だいぶ余裕も出てきたらせいか、周りがよく見えるようになってきた。
女の子が多いせいか、よくある話で、幾つかのグループの存在が見えてきた。
全部で5つの存在が確認出来た。グループ同士でシフトを合わせているためか、バイトに入るたびに、女の子達ががらりと変わっているのだ。
男の方も明確ではないが、仲のいいグループとそうでないグループがあり、休憩時間時間でそういった関係が見えてきた。
休憩室には幾つかテーブルがあり、グループごとに分かれているのだが、グループによって男が入ったり、まったく近づかないグループが在るのだ。
僕はというと、正直面倒なので、一人で席について、たまたま同じテーブルに座った人と話す問いった感じだ。
今日は社員の赤野さんと休憩がかぶり、話していると、赤野一派が後から増えてきた。このグループは他とは違い、社員がいるせいか、レジだけでなく、青果などの他部署のひともいるのが特徴だった。
「もう慣れた?」
青果のバイトの原田さんから質問され、
「だいたい慣れましたよ。たまに野菜の種類を間違えるくらいです。」
野菜にはバーコードがついておらず、パネルに野菜のボタンがそれぞれあるのだが、種類が多く、時々間違って入力してしまった。小松菜とほうれん草を間違えたり、中国産と日本産を間違えたり、リンゴの種類を間違えるといったようなことがあった。
「そのうち覚えるよ。俺も最初の頃間違えて並べてたよ」
2つ上のいかにも元ヤンチックな原田さんが笑いながら励ましてくれた。
「ところで彼女出来たか?」
会う度にこの人は同じ質問をしてくる。
「一昨日も同じ事聞いてきましたね。そんなにすぐに出来る訳ないじゃないですか」
「何やってんだよ。レジなんてよりどりみどりじゃないか」
確かにそうだ。あれだけ女の子がいるのだ。可愛い子も何人かいた。
「あんだけ居ればどれか引っかかるだろ」
(いや、そんな事してたらバイトしづらくなるだろ)
心の中でツッコミながら
「原田さんもそうやって今の彼女捕まえたんですか?」
「あら、そうだったの?私は手当たり次第の何人目だったの?」
黙って聞いてた赤野さんがジロリと原田さんを睨み付けた。2人は付き合っているのだ
「お前何ちゅう事をいうんだ」
原田さんが僕に文句を言っていたが、
「休憩終わりなんで、戻ります」
無視して席を離れた。原田さんはまだ何か言っていたが、赤野さんに尋問されていた。

(原田さんの言うことも判るんだけどなー)
あれだけいれば、誰かは相手をしてくれるのかもしれないのだが、今の僕はとてもそんな気にはなれなかった。
バイトの初日、事務所を訪ねると、社員の女の人が待ちかまえていた。
「あんたが今日からバイトの人?」
(初対面であんたって失礼な女だな)
2~3歳上ぐらいに見える女はこのモールの社員だった。
「私は赤野。よろしく」
少し緊張していたため
「はあ、よろしくお願いします。」
見た目も無愛想な僕のそっけない返事は、あまりいい印象を与えなかったようだ。

「付いてきて」
それだけ言うとサッサと早足で歩きだした。
少しふっくらした赤野さんの後ろ姿を眺めながら(デカい尻だな)
健全な高校生的な視線を注いでいると
「あんたいくつ?」
振り返りもせずに突然話し掛けてきた。それから赤野さんはひとりでまくし立てるように喋りだした。適当に相槌をしていたが、話が止まらない。(よく喋る人だな)

到着したのは食品レジだった。
「あなたの仕事はレジ打ちと、カゴの整理とかの雑用よ。今日中にレジの操作を覚えてね」
正直、驚いた。品出しとかの仕事かと思っていたので、まさかレジ打ちとは思わなかった。
端っこの使われてないレジで1時間練習し、本番となった。
しかし一人ではなく、2人で入り、教えてもらいながらだ。一緒に入ってくれたのは、年上の女子大生で、口元にホクロのある妙に色っぽい村田さんと言う人だ。
慣れてきて周りを見ると、女の人ばかりだ。
もちろん可愛い人だけではない。どうやら村田さんは当たりのようだ。
(ある意味楽しそうなバイトかな)
仕事は単調だが、環境はかなりいい部類になるだろう。村田さんの話だと、30人くらいの女の子がバイトにいて、シフトを組んでいるそうだ。男は4人しかいないとの事

色々教えてもらっていると、男の人がやって来た。
「新しいバイトか?」
「そうよ、まだ高校生なんだから、優しくしてあげなさいよ」
僕が答えるより先に村田さんが紹介してくれた。男の人は古田といい、2つ上の大学生で正直見た目はショボく、同級生だったらパシリにしてたような印象の人だ。レジには入らず、カゴの整理やレジ袋の補充をしていたようだ。
僕にはあまり感心を示さず、村田さんと喋っていた。客が来たので、去っていったが、その後も何度もちょっかいを出しにきた。
いくら鈍い僕でも流石に感ずいた。
(古田は村田さん狙いか)
慣れない仕事で立ちっぱなしのせいか、思っていたより疲れを感じていたが、疲れよりも色んな意味で楽しめそうなバイトだという期待感で僕の心は弾んでいた。