お久しぶりです。
今は、中米ホンジュラスに来ております。

ま、旅ブログ、サボっていますがお許しください。

今日は短いです。"なう"にしておけ、と怒られるかも知れません。
写真もありません。でも、言っておかなければ・・・。

統計の中にはあまり聞くことの無い"10万人殺人率"と言うものがあります。
その名の通り、10万人に対して殺人で死亡する割合です。
日本、0.83人/10万人。多いのか、少ないのかよくわかりません。
今いるホンジュラス、78人/10万人・・・。世界一でした。

という事で、78÷0.83≒94。日本のほうが94倍ここよりも安全なようです。
ま、日本で殺人に会う機会も少ないのでここでも少ないのかな、とは思いますが。

ちなみに、今の本拠地ボリビアは8.9人/10万人。
8.9÷0.83=10.72
78÷8.9=8.87

なるほど、日本は安全と言うことがわかったデーターでした。
お出かけの際の参考に。

10万人殺人死亡率

今日は日本料理を食べに行きましたが、店の入り口にはショットガンを持った警備員。
違和感はありましたが、美味しくお寿司をいただきました。支払10,000円。
ま、警備員もたちますわ。

ちなみにGDP(一人当たりの国内総生産)は
日本 約US$43,000
ホンジュラス 約US$1,900
ボリビア 約US$1,900
43,000÷1,900=22.6
日本の国はその他2カ国よりも経済的に22.6倍裕福、と言う数字的な結果です。
226,000円の飯を食った人間を襲いたくなる気持ちは、わからないでも無いか・・・。

GDP(通常レート) CIA発表なので文句は無しw

と言うことです。
ま、旅ブログですな。
海外に行ったら、派手にお金を使わず、現地の生活を楽しむ、と言うことです。
アホな日本人、同じ日本人ですが襲いたくなりますw

お気をつけ下さい。。。
ためになりますね、このブログ。

では、おやすみなさい。
このところ、引用が多かったので真面目に旅ブログ。
いや、旅で来ているのではありませんが・・・。

何を載せようと考えましたがいきなりボリビア。
空の写真はありません。都会の写真。
楽しかったな、と思い出してしまいました。
今住んでいるところは、後日。比べものにならないくらいの田舎ですw

はい、写真。


まずは首都LaPaz
$Hideの独り言-首都LaPaz
世界一標高の高い首都。
海抜4000mくらいです、多分。
空港に降りると高山病にかかります。
ま、試練の始まり。

$Hideの独り言-LaPazの部屋-1
これでUS$50.
日本のホテルには泊まれません。

$Hideの独り言-LaPazの部屋-2
通常2ベットルーム。
2泊する時は1日目とは違うベットで寝る迷惑な客です。


次。ここの前に8ヶ月住んだCochabamba。
ボリビア第3の都市。美人多しw
$Hideの独り言-Cochabambaの夕暮れ
住処からの夕焼け。
ん~都会だw

$Hideの独り言-部屋からの眺め
同じく住処。
プール付で月の家賃はUS$400.
日本で部屋は借りられません。
ちなみに4部屋120㎡w

$Hideの独り言-雪も降ります
標高3000m…。
雪も降ります。
ま、ボリビアの中では下界です。


次。今住んでるところから車で3時間。
最寄の空港のある都市、Sucure。
$Hideの独り言-Sucureの教会?
観光案内ならこういう写真かw 
多分教会ですw

$Hideの独り言-カーニバル
カーニバル。
寒いのでリオのようには・・・。

$Hideの独り言-水かけ・・・
気温10℃の中で水かけ・・・。
バカですw 
でも、みんなこの日を楽しみにしているので・・・。

$Hideの独り言-カーニバルの観光客
観光客にも容赦なし。
近所のガキを傭兵ととして雇い、防御w

と、こんな感じです。
ん~これは楽だw

やっと旅ブログになりましたとさ。
めでたし、めでたし。

飛ばしすぎると写真が無くなる・・・。
今日は山登りに疲れました。
ということで、サボりブログ。

海外にいると、こういうこともあります。
備忘録、この出来事は、一生忘れる事とは無いと思います。
ベトナム、近いようで遠い国です。

以下、引用

題目:いろいろありました。。。

日は遡って2009年5月6日。PM4:30

父親が"くも膜下出血"で倒れたと言う妻からの国際電話。事態は深刻と言うことで急遽帰国が決定。昏睡状態に加えて瞳孔が開いているとのことで手術の有無は未定。手術無し=死。死と言う単語を冷静に受け入れようとした自分に驚く。冷静を装い現場を一周。時間が無いのに何をしているのやら…。

国内線・国際線の飛行機のチケットを購入するも飛行場まで240km。車での出発は早く見積もってもPM5:30。国内線の飛行機の出発はPM8:50。それを逃せば次の日の同時刻まで飛行機は無し。3時間半で240km。平均時速70kmの死のドライブの始まり。運転手も事の重大さにビビル。そして涙目で一言"俺には無理…"

"ま、乗れなくても責めないよ。明日まで待てば飛行機には乗れるのだから気長に行こうや"の一言で彼も決心。その段階で残り3時間を切る。車の中で手術決行を聞く。空港近くまで辿り着くも時刻は既にPM8:30。発券カウンターに絶対に着くから飛行機を待たせてくれと無理やり電話で頼み込む。空港の返事は"話しは聞いている。少々遅れても大丈夫。ま、事故しないように着てください"との返事に涙目。無事空港到着。ロビーには人がいない。みんな搭乗を開始しているところに滑り込む。運転手が"俺たちは運がいい。だから親父さんもついているはず"に、感謝の意味も込めて握手。携帯の使えない飛行機の中では特に不安が募る。


2009/5/7AM0:10

無事、関西空港行きの飛行機に乗り込む。
これから6時間半は泣いても騒いでも音信不通。手術の決行を聞いたせいか、多少気持ちも落ち着く。豚インフルエンザの影響か、マスクをする乗客が目立つ。"そんなに心配なら日本にいればいいのに"などと暢気なことを言っていたのはその後の感染者拡大をそれほど問題視していなかったからか。

2009/5/7AM6:30

関西空港着
水際対策と大騒ぎする割には空港の検疫はザルのように思える。検疫が終わるとマスクを取る若い女性。その行動の意味がよくわからない。外見が大事と言うことか・・・?

妻実家着
心配そうな顔で出迎える妻。久しぶりの対面にはしゃぐ息子。必死で足にしがみつく娘。"生まれる命もあれば亡くなる命もある"などと言って妻に怒られる。食欲は不思議とあるのは家族に会えたからか。

ふと3日ほど前に、用も無く実家に電話したことを思い出す。
GW中も特に何処へ行くわけでもないと話す母。庭の草取りをしている父と電話を代わるかの問いに、"別に用はないからいいよ"と言ったことを思い出し、後悔。今までの人生で一番の後悔だったような気がする。

大阪発、静岡着
なかなか実感が沸かず、息子と娘と戯れ、旅行気分で新幹線に乗車。
静岡に近づくにつれ胸が苦しくなる。妹の迎えの車に乗り込む。暗い雰囲気が漂い気分が悪い。

2009/5/7PM15:00 

病院着
気丈な母もさすがに私の顔を見るなり涙を隠せなくなったようだ。ICUに入り様子をうかがうがもちろん父からは何の反応もない。生きているようだ、と冷静に見つめる。やっぱり電話に代わっておけばよかったと後悔。この先に話せる機会が無いと感じる。手術は明日。医者から話しを聞けば聞くほど暗い雰囲気になる。発病時に30%は死亡することを考えれば生きているだけでもましなのかも知れないが、この状態であれば、生きていても仕方が無いのではとも思う。

2009/5/8AM9:00

手術開始
待合室には無邪気な息子の笑い声。総勢20名の見送り。相変わらず、うんともすんとも言わない父が手術室に運ばれていく。予定時間は8時間。子供は実家に一時帰宅。何も出来ないのだから家に帰って子供と散歩。近所のおばさんの"お休み?"の問いかけにぼんやりとうなずく。

2009/5/8PM18:00

手術終了
予定よりは1時間長かったものの、終了。そして成功。
医者からの報告を聞く。ビデオを見せられる。そしてこの先10日間での死亡率の高さを聞かされる。また30%の患者さんは亡くなるらしい。生きることの難しさを知らされる。みんなこの状況に耐えているのかと考える。辛い…。本人はもっと辛いのだろうけれど、残された身にもなれと怒りも覚える。

ここから悪夢のような日々。家族崩壊。
あんなに仲のよかった家族がここまで簡単に崩れてしまう物かと感じる。
家庭のある身。身内といえども、自分にも守る物はある。こんな時に仕事に戻るのは、やはり日本人の血が流れているからか・・・。バカ真面目に反吐が出る。

仕事に復帰して・・・

2009/5/25PM21:00(日本時間)

電話にて
一般病棟に移って2日目。リハビリは順調に進んでいるとの報告。頭の管も抜け、点滴の量も激減。箸を使って飯を食べているようだ。話の内容も大分落ち着いてきている。まだ、仕事の話は難しいようだが…。個室から出るのは1週間後か?心配は無いとの元気そうな母の声に気分は落ち着く。


引用ここまで。

その後、1年は一喜一憂の日々。
一度崩れた家族も徐々に絆が戻るが、父の容態は何とも言えず1年が経過。
その後、父も母も無事社会復帰を果たす。。。


2011/5/30PM8:00(日本時間)

メールにて

久しぶり、元気で過ごしていることと思います。こちらも震災から約2か月過ぎて、そろそろ普段の生活に戻さないと日本中が沈没してしまうぞという危機感から、祭りや各種イベントにも復活の兆しが見えてきました。経済の動きはもうしばらく低迷しても、間もなく復興することと思います。喪に服していたような重苦しい雰囲気からも、スポーツや、バラエティ番組のおかげでもう少しで脱出出来そうです。
そして僕は相変わらず川柳をひねりながら読めない先を必死に読んでいます。5月28日毎日新聞本社で川柳仲間の集会があり出席します。これからは仕事はもちろん今までできなかった趣味や、ゴルフにも精を出し、拾った命を大事に楽しんでいこうと思っています。
君も家族のことや将来のことで不安も多いでしょうが、まず自分が人生を楽しむことを1番に考えて頑張ってください。君は皆にできないような大きなチャンスをもらっているわけですから、大きく前向きに飛躍してください。女性たちはとかく目先の生活にこだわっているように見えますが、本当は男以上に自分には出来ないことを軽々とこなしている男らしい男を誇らしく思っているものです。小さい事には拘らずに自信をもって大きく生きてください。                         地震や津波の被害は時間の経過で何とかなりますが、原発の被害は原発の廃止の議論を含めて相当の期間傷跡を残すでしょう。どちらにしても日本経済も、世界経済も大きな転換期に来ています。

今度帰ってきたら、一杯やりながら議論をしよう。もう少し大人になって帰ってきな.では又



備忘録です。日記を読み直したら、書いてみようかなと思いまして。
後悔しないように、やれることはやれる時にやっておこうと思います。
コメントは…いいですw