このお話は、尾張ギャラリーに出展させていただいた作品です。

藍屋秋斉ルート本編結エンド後の設定となっておりますので、結エンド未攻略の方は閲覧にご注意くださいませ。

勝手ながら、主人公の名前を『奈穂』とさせていただきました。あしからず・・・

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葡萄酒の効能

 

 

 

 

 

 

通り沿いに並ぶ木塀の向こうから、風鈴の音が響いてくる。
つい先刻降った驟雨(※)のせいで立ち込める蒸した空気が、涼やかな音色で僅かに払拭されるのを感じながら、ゆっくりと歩を進めた。
南風を受けて、いつものように半括りに結った髪が揺れる。
陽射しを浴びたうなじに汗がにじみ、微かにひりつく。京のみやこほどではないが、季節の移ろいが緩やかである駿府も、夏はやはり暑い。

 

(……おや)

 

五間ほど先に視線をやった。日に焼けた少年が、兄夫婦の家の玄関と向き合っている。
背負った竹籠には作物がぎっしりと詰められており、重みで少年自身がひっくり返ってしまいそうだ。

 

 

「文之丞、秋斉に用事かい?」

 

 

聞こえた声にはっと振り向いて、一瞬呆けたあと、少年は慌てて背負い籠を下ろす。
そして、そこが通りの真ん中であるにもかかわらず、勢い良く平服した。

 

 

「…ごっ、ご無礼をいたしました…っ!」

 

 

折り畳んだ脚が、傍に置いた籠に当たり、果実がふたつ道端へ転がる。それらを拾い上げ、ほんのり漂う甘い芳香を吸い込んでから苦笑した。

 

 

「いつも言っているだろう。そんなに畏まる必要はないんだよ」

 

 

将軍という重い鎧は疾うに脱いだというのに。いまだ、幕臣や彼らの子は俺の前で膝を折る。
もっと、親しみを込めて、“けいきさん”と気軽に呼んで欲しいのに。

 

 

「これは甜瓜かな」

 

 

聞くと、文之丞は少し恥ずかしそうにではあれど、俺の目をまっすぐに見てこたえた。

 

 

「はい。今年の瓜は甘いと、弥吉のお父上が申しておりましたゆえ、皆さんに食べていただきたいと思い、お持ちしたのです」
「そうか。それは秋斉も奈穂もきっと喜ぶよ」

 

 

はにかむ少年の頬には、うっすらと泥の跡が残っていた。
小学所で学んだあと、身を寄せる農家の畑仕事を手伝うのが、この子の日課だ。
幕臣の中には、分宿している農家から田畑を借り受け、身を立てる者も多い。
文之丞に限らず、秋斉の教え子たちは時折こんなふうに収穫した作物を持ってくる。
先頃ようやくあいつと祝言をあげた奈穂が、それを丁寧に調理して食卓に並べているのだが、もちろん俺もその恩恵を幾度となく受けているという訳だ。
ひとり屋敷で済ませる食事より、奈穂が作る料理を三人で食べるほうが美味しいに決まっている。

 

 

「それにしても秋斉はなかなか帰ってこないねえ」
「小学所の講義のあと、どこかへ寄られているのでしょうか」
「お前達にはまっすぐ帰りなさいと口を酸っぱくして言ってる本人が寄り道とはいただけない。俺から厳しく言っておくよ」
「へえ、厳しく」
「そう、厳しく。お灸を据えてやら、ない、と…………?」

 

 

あっ、と気付いた時にはもうすでに、ひややかな微笑が俺の頬を撫でていた。

 

 

「冷気!冷気を感じるよ秋斉!」
「こない暑い日にはそれくらいでちょうどええやろ」
「ほら、見て!文之丞もお前の笑顔に凍えてしまってるじゃないか」
「何を言うてはるのやら。ああ、文之丞。瓜を持ってきてくれはったんやね。おおきに、ありがとう」

 

 

なにこの眼差しの温度差。
教え子には結局甘いんだよねこいつは。

 

 

「いいえ、まだまだ畑にたくさん実っているので、もらっていただけると助かります」

 

 

くすぐったそうに笑って、文之丞は深く一礼する。

 

 

「では、私はこれで失礼いたします」
「奈穂には会うていかへんの?」
「家の手伝いがまだ残っております。そろそろ戻らなければ」

 

 

足早に帰っていくその背中を見届けて、秋斉が玄関の引き戸を開けた。
しんと静まり返った土間を抜け、勝手口からぐるりと軒下を通り、庭の井戸へ向かった。庭には青葉が生い茂り、夏の匂いが満ちている。
隅に植わっている李の木に、今年ようやく実が生った。
李は良い、暑さにも寒さにも強い木だ。果実は瑞々しく、今夏奈穂が作ってくれた「じゃむ」は大層美味かった。

ふたりで住むには広すぎる、という秋斉の声に耳を傾けながらも、半ば強引に二人をこの屋敷へ越させた。
夫婦になったのだから、じきに子が生まれるだろう。子供には広い住処が相応しい。幼子というものは、元気に走り回るものだ。
彼らの子が、新しく生まれなおしたこの国で、身分に左右されずのびのびと育ってくれることを願ってやまない。

 

 

「秋斉」
「なんや」
「文之丞は良い子だね」
「…へえ、そうやな」
「明るく、礼儀正しく、思いやりがある。すすんで勉学に励み、しっかり者の親思い。将来が楽しみだ」
「教育をきちんと受けた子は、必ず国の宝になる。結城はんもそう言うてはりましたな」

 

 

楕円の瓜を二つ水桶に入れて、そろそろと井戸の中へと下ろした。
瓜は冷えていた方が奈穂も嬉しいだろう。思い描いた彼女の綻ぶ顔は、初めて会ったあの頃と変わらず、俺を和やかな心地にしてくれる。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

文之丞から受け取った竹籠の中には、甜瓜の他に掌ほどの大きさの茄子が入っていた。
夏の夕餉には焼いた茄子が重宝する。暑さで消耗した体に、つるりとのど越しのよい食事はありがたい。
ここのところ奈穂は料理抄を愛読しているようで、季節に合った、そして特に俺の好みそうな品が日々卓上に並ぶ。
好きなものを毎日いっぱい作る、と、頬を染めていたあの日の微笑みに思いを馳せた。

文之丞の竹籠は明日、小学所の授業が終わった後に返そう。お礼として干菓子をいくつか持たせようか。

 

 

「ねえ、奈穂の姿が見えないようだけど」

 

 

瓜を井戸に浸し終え、勝手口から土間に戻ると、慶喜が居間へと視線を向けた。

 

 

「出掛ける前は縁側で繕いもんをしとったんやけどな」
「ふうん…ここに居ないなら、まだ続けてるのかな」

 

 

ふと、居間の鴨居をくぐる慶喜の手に見慣れない形の風呂敷包みを認め、思わず尋ねる。

 

 

「それは何や」

 

 

まるで人が着物を着ているような包み方だ。利休色の紬に、淡黄の裏地が中ほどで帯のごとく結び目を作っていた。

 

 

「ああ、これ?女中に頼んだけど、うまくできないようだったから、自分で包んだんだ。なかなかよくできてるだろう?」

 

 

そういえば、こいつは昔から器用だった。少しでも興が湧けば近習よりも先に覚え、挙句指南までしていたものだ。

 

 

「中身は開けてからのお楽しみ、ってことで。それよりも…奈穂~、縁側にいるのかい?」

 

 

縁側から返事はかえって来ない。
代わりに、慶喜がくすりと穏やかに笑い、手招きをする。
応えて障子戸の陰から覗き込んでみると。

 

 

「…寝てるね」
「…寝とるな」

 

 

側柱に凭れて、奈穂は眠っていた。そばに置かれた針山には、糸を残した縫針が刺してある。
どうやら繕い物を終えたあと、そのまま寝入ってしまったようだ。

 

 

「ゆうべ遅くまで寺子屋へ来る子らの着物を直しとったし、少し疲れとるのかもしれへん」
「なら、このまま少し寝かせてあげよう。寝不足は身体によくない」
「ところであんさんは一体何をしに来はったんや」
「用事がないと来ちゃいけないのかい。別に二人の邪魔をしにきたわけじゃないのに」

 

 

そっけない言葉とは裏腹に、慶喜が気の向くまま此処を訪れたり、日々趣味に駆け回る姿を見るのは素直に嬉しかった。
いまあいつが生きるのは、政(まつりごと)から遠く離れた場所だ。二心を揶揄する綽名(あだな)を囁かれたりなどしないし、自分の身代わりに謀臣が命を散らすこともない。
最近は、帰農した幕臣と、牧之原に茶園を拓こうと画策しているらしい。
そのうち、この土地で採れた茶を皆が嗜むようになるんやろうかと呟いたら、奈穂が笑みながら言った。
静岡は、お茶の名産地なんですよ、と。

 

 

「じゃあ、先に二人で開けていようか。奈穂には起きてから振舞うからさ」
「さっきの包みのことどすか」
「うん。面白いものを譲ってもらってね」

 

 

包みの結び目を解けば、中から覗いたものは、丸みを帯びた細い瓶子だった。

 

 

「勝殿……ああ、今は安芳と名乗っているんだっけ。この間訪ねてきてね。まあ、彼はちょくちょくこっちへ来るんだけど」
「それは知っとる。こっそりここへ寄らはって、あんさんがなかなか会うてくれへんてぶつぶつ言うとった」
「放っといてくれていいのにねえ。律儀にあれこれ情勢を報告しにきてくれるもんだから、ちょっと面倒で。この間も会わなくて済むように放鷹に出かけてたら、女中にこの洋酒を預けて帰ったんだって」

 

 

かりかりと怒り口調で唇を尖らすあの江戸気質の宰相も、近頃白髪がずいぶん増えた。
聞けば、新政府に仕官したがらず任ぜられた役職を悉(ことごと)く辞しているらしい。

 

 

「おおかたフランス公使あたりから贈られたんだろう。置いていったものはありがたくいただこうと思ってさ」

 

 

麻紐をほどき、瓶子の口にあてがわれていた固くごわつく紙を取り去ると、何やら栓のようなものが注ぎ口に詰められている。
素手ではとても抜けそうにない。どうするんだこれは。

 

 

「こうやって栓を抜くらしい」

 

 

慶喜は腰の煙草入れから鞘のついた洋式の小刀を取り出し、瓶子の栓に突き刺した。
刃ごと回していくと、栓が徐々に持ちあがり、すぽんと抜けた。

 

 

「…見事やな」
「だろ?勝くんが開け方を伝えないまま帰っちゃってさ、仕方ないから渋沢に聞いたよ」

 

 

欧羅巴では、透明な切子の器で飲むんだって。
慶喜はそう言うが、そんなものここにあるわけがない。

 

 

「湯呑ならありますえ」
「…なんだか茶をすするみたいでちょっと…」
「あとは猪口しかあらへん」
「まだそっちのほうがいいな」

 

 

水屋箪笥の引き戸を開けて、白磁の猪口を二つ取り出した。
瓶子の口から注がれる血のような酒が、白い酒器を赤く濡らす。

 

 

「こない明るい時分から飲んでええんやろか…」
「たまにはいいさ、誰が咎めるわけじゃなし」

 

 

口元へ近づけた猪口から、葡萄の匂いがたちのぼる。
そうか、これは果実を使った酒なのか。この血色は葡萄が染め上げたものなんだな。

 

 

「“わいん”って言うんだけど、これからはこういう洋酒も、諸国との交易で国中に広まっていくだろうね」
「……思うたよりおいしおすな」
「うん。猪口なんかで飲んでると、あっという間に酔いが回りそうだ」

 

 

そう言いながらも、慶喜はするすると猪口の“わいん”を飲み干していく。

 

 

「何を言うてますのや。汁椀の蓋で酒をあおって三賢候に喧嘩吹っ掛けとったお人が」
「はは、そんなこともあったねえ」

 

 

まったく呑気なものだ。混沌とした政情の中心に居た張本人が、人ごとのように笑っている。

 

 

「冬の話を聞いたら少し涼しくなったよ」
「あれはもう春やったやないか」
「そうだっけ?よく覚えてるね」
「酔うて動けんようになったあんさんを誰が運んだと思うてますの」

 

 

立春を過ぎたとはいえ、それは名ばかりの凍える春の夜。
中川宮の邸へ早駕籠を舁かせれば、待っていたのは、一見酔いつぶれたようでいて、目を閉じていながら鋭い殺気を放つ、弟だった。
動けば敵を増やし、動かねば謗りを受け、身を削り奔走していたあの日々。
遠い昔のことのように感じる。幕府が瓦解してからまだ数年と経っていないのに。
人の覚えというものは実に都合良く出来ている。

 

 

「これからは、つぶれても秋斉が迎えにこなくて済むように、呑みたいときはここへ来よう」
「男に酌をする趣味はあらへん」
「心配しないで。奈穂にしてもらうから」
「人の妻に酌をさせる気かいな」

 

 

そんなことで妬くなよ。と、慶喜は可笑しそうに笑う。
夫婦になったのだから、存分に妬かせてくれと、俺は思う。

 

 

「普段の晩酌だって、奈穂が付き合ってくれるんだろう?」

 

 

唐突に聞かれ、猪口を持つ手が止まった。

 

 

「ふたりで飲んだことはあらへんな」

 

 

奈穂が酒を口にしているのを見たのは、祝言での三々九度が二度目で、三度目は未だない。

 

 

「酔わされてたまるか、って思ってるんじゃない?」

 

 

一度目の酒は彼女をひどく傷つけた。
別れを選ぼうとしたのは俺の独りよがりで、幸せどころか光のない未来を奈穂に強いようとしていた。

 

 

「あの大喧嘩はよかった。秋斉の捻くれた情が、奈穂のおかげでだいぶ矯正された」

 

 

怒って涙する奈穂の紅潮した顔が脳裏をよぎる。
思えば、恐れず真っ直ぐぶつかってくる素直な彼女の恋情に俺が敵ったことなどないのだ。

 

 

「…あん子にはもう一生勝てへん」
「はは、やっぱり頑固が移った。自業自得だ」

 

 

もう何杯目かわからない紅い酒を飲みながら、慶喜がからからと笑う。

 

 

「これは祝い酒にしよう」
「何がめでたいんや」
「奈穂の尻に敷かれてる秋斉が、幸せそうですごくめでたい」
「……せめて夫婦円満と言ってくれ」

 

 

掲げた酒器の中でゆれる赤い水面を、傾き始めた陽が照らす。

 

 

「こういう時、欧州ではこうするんだって」

 

 

白磁の猪口が、こつんと鳴った。

 

 

「……乾杯」

 

 


*

 

 


なんだろう、この状況は。

縫い物をしてたら、縁側でうとうとしてしまって。
目が覚めたら、秋斉さんが卓袱台に突っ伏して眠ってる。
手元に置かれているのはお猪口。それも二つ。ということは、誰かとお酒を飲んでたのかな?

 

 

「こんな昼間から?」

 

 

あ、でも私だってさっきまで昼だというのにぐうぐう寝てたから、人のこと言えないか。

 

 

「ん?これは…」

 

 

彼のそばに、お酒の瓶がある。なんだか見覚えのある形の瓶。

 

 

「…ワインだ」

 

 

冷蔵庫でこっそり冷やしてあった赤ワイン。
覚えてる。お母さんの好きだったお酒だ。
懐かしくなって手に取ってみると、ラベルに書かれているのはもちろんアルファベットの羅列。
フランス語なんて読めない。でも数字なら私にも理解できる。

 

 

「1863」

 

 

“辛い時はいくらでもわてを頼り”

 

 

「……泣いた数だけ、女は綺麗になるし、強うなる」

 

 

私はまだ幼い子供で。
泣き所を作ってくれた彼の抱擁に胸を高鳴らせていた。

……もちろん今でも、ちょっと触れただけで、どきどきしてしまうけど。

あの頃の秋斉さんなら、こんなふうに無防備な寝顔を晒すなんて考えられない。
でも、今の彼は、厳しくも優しい寺子屋の先生で、私にとってただ一人の旦那様だ。

 

 

「…綺麗な寝顔」

 

 

少し癖のある黒髪をかきあげると、伏せた瞼から長い睫毛がすらりと伸びていた。
悔しい。もうアラフォーのくせに。なんでこんなに肌がすべすべなの。

 

 

「酔っぱらって寝ちゃうなんて」

 

 

私に心を許してくれている証拠、だと思っても、いいかな…?

 

 

「秋斉さーん、もう夜ですよー」

 

 

嘘。まだ夕方です。そろそろ夕餉の支度をしなくては。

 

 

「このまま寝たら身体痛くなっちゃいますから、せめて寝間に行って…」

 

 

(もちろん起こすために)頬をやさしくつまんだその時、彼がぱちっと目を開けた。

 

 

「はにひへはうほ」(何してはるの)
「い…いつから起きてたんですか」
「『せんはっぴゃくろくじゅうさん』のあたりから」

 

 

それってけっこう最初から……!

 

 

「このワイン、どうしたんですか?」
「慶喜が持って来たんや。知り合いから譲ってもらったんやて」

 

 

こめかみを抑えて、身を起こした秋斉さんが小声でつぶやく。
そうそう、ワインは飲みすぎると頭が痛くなるってお母さんも言ってた。

 

 

「そうや、さっき文之丞が甜瓜と茄子を持ってきてくれはったよ。瓜は井戸で冷やしてあるさかい」
「わ!甜瓜ってメロンみたいでおいしいですよね」
「めろん?」
「あ、えと、瓜の仲間です…(150年後の)。甜瓜、秋斉さんも食べますよね?いま切ってきますねっ」

 

 

立ち上がりかけた私の腕を、秋斉さんがぐいっと引いたりするから。
私はまた彼の傍にすとんと腰を下ろしてしまった。

 

 

「寝間に連れていってくれるんやないの?」
「えっ」

 

 

立てないほど酔っぱらってるんですか…!?

 

 

「じゃあ…肩につかまってください」
「そんなんしたらあんさんをつぶしてしまう」
「ならどうしたらいいんですか」
「……そうやなあ……ほな、ここで寝よか」
「!?」

 

 

うん、秋斉さん、酔ってる。
だってそうでもないと、こんなところで私を押し倒したり、胸に頬を寄せたりなんてするわけないもの。
酔って頭の中の栓がどれか抜け落ちているに違いない。
恐るべし赤ワインの力…!

 

 

「ふわふわ心地ええなあ。わいん、奈穂はんも飲んでみます?」
「…え…あ、あとでいただきます…」
「そら残念。ほろ酔いのあんさんを見たかったのに」

 

 

冷静なふりをして答えるけれど、秋斉さんの手が私の腰のあたりをゆるゆると撫でたりするから、虚勢はあっという間に崩れ去る。

 

 

「寝るって言ってませんでした……?」
「眠るとは言うてへん」
「な……っ……屁理屈!」
「へえ、わては捻くれとるさかい」

 

 

帯を解かないまま指がおりてきて、あっという間に裾を割ると、内腿の隙間に入り込む。
そんなことされたら……戻れなくなってしまう。外はまだ明るいのに!

 

 

「捻くれもんの夫を持つと苦労しますえ」
「…そんなの、平気です。捻くれてても、ねじまがってても、私はあなたが好きですから」

 

 

こんなことを言ったらきっと、秋斉さんは安堵と意地悪を半分ずつ混ぜたように笑いながら、気の済むまで私を翻弄するんだろう。

 

 

「……あんさんにはかなんな」

 

 

ほら、予想通り。このひとの、少しわかりにくい照れ隠しの仕草は破壊力抜群だ。

 

 

「それはこっちの台詞です。あなたに惚れた私の責任だから」

 

 

これ以上言ってくれるなと、反対の手が単衣の衿に伸びてくる。
両脚を這うようにのぼっていた指も、目貫の帯留めを捉え、緩んだ帯はすぐに抜かれてしまった。
スムーズなのも当たり前だ。着付けが得意な彼は、脱がせるのもお手の物だ。

 

 

「あっ……でも、待って…」
「なんや」
「せめて…水浴びを…っ」

 

 

一応言ってはみたけど。たぶん聞き入れてはもらえないだろうな。

 

 

「わたし、いますごく汗くさいですよ(昼寝してたし)」
「どこが。ええ香りしかせえへんけど」
「それはきっと秋斉さんの鼻がおかしいんです(酔っ払いだから)」
「なら、おかしいまんまでええ」

 

 

襦袢が肌蹴て、むきだしになった肌を、秋斉さんがきつく吸った。

 

 

「ん…っ……あ、雨戸!閉めないと丸見えですよ!」
「誰もおらへんやろ」
「……でも…」
「ええから。このままあんたの旦那に抱かれとき」

 

 

耳元で囁かれて、顔が沸騰したみたいに熱くなる。こうなるともう、抵抗しても無駄だ。

 

 

「お…お手柔らかにおねがいします…」

 

 

夫婦にはなったけど、経験値の差が埋まったわけじゃない。
慣れない私があたふたしている隙に、秋斉さんは夜毎私の身体に自分の味を覚えこませ、ほんの少しの刺激でも欲しがるよう、中毒みたいにしてしまった。
ちょっと油断すると、すぐに溺れて息が継げなくなってしまう。

 

 

「それは、あんさん次第やな」

 

 

そんなふうに言っておきながら、手加減してくれたことなんてないくせに。

 

 

「常々思うとるんや」
「何をですか」
「わてはもう若うない」

 

 

……とてもそうは見えないですけども。(主に肌)

 

 

「せやから、身体が健やかなうちに…」

 

 

希うような眼差しが、私に降り注ぐ。

 

 

「奈穂によく似た子がほしい」

 

 

……やっぱり、今日も手加減ナシだ。
きっと朝まで離してくれない。明日は小学所も寺子屋もお休みだから、下手すると日が高く昇るまで、布団から出られない、かも。
そんなことを思いながら、すでに濃く色づきつつある口づけにすっかり身をまかせてしまっている私も私だ。

 

 

「私は…秋斉さんに似た子がいいです」

「捻くれ者になるかもしれないよ?」
「大丈夫。私がまっすぐ育てます」

 

 

熱の揺蕩う夏の夕暮れ。
嬉しそうに、秋斉さんが笑う。ありがとう、と私を抱きしめる。
出逢ったあの日と同じ、涼しい香りをまとわせて。

 

 

 

 

 

 

 

※驟雨・・・にわか雨、夕立

※甜瓜・・・まくわうり