この話は、当初あまり興味を持てなかったのだが、何回か見ていると段々あらゆる要素が含まれていることに気づいてきた。客観的に見ると、この話は特捜刑事以外に共感できるキャラクターがいない。つまりは皆が悪なのである。三億円を奪った犯人はその行為自体悪と言えるが、結局は不幸のうちに死んでしまう。それを追いかけていた老刑事も、長い年月をかけてようやくつかみかけた証拠が偽装だと知り、愕然としてまた死ぬ。この刑事は以前殺人犯を射殺し、その子を償いとして預かったが、義理でも親としての義務を怠りその子もまた不幸にしてしまう。その子が家出し、父親のように慕ったのが三億円犯人である。しかし、犯人は奪った三億円を隠すため自ら幼児誘拐の疑いで刑務所に入る。三億円犯人が最も隠れやすい場所が刑務所という大胆な発想を思いついたからである。ところが、出所したころには三億円を隠した場所がマンションの下になってしまっていて犯人は愕然とする。成長した刑事の子は、自分の相手をしてくれなかった義理の親の刑事に復讐とばかり三億円の一部の偽札を作り、自分の親をからかうばかりかそれを利用して三億円犯人を探させる。本編では語られていないが、探させた本当の理由は自分を世話してくれた人に会いたいというよりむしろ、三億円を手に入れたい下心があったと思われる。そのフィアンセは偽札を作る。そして亡くなった老刑事の同僚は、三億円事件などどうでもいいように昼間から勤務中なのに酒を飲む。犯人の死に際に立ち合い、そこで昔の情熱を思い出すが犯人かどうか自白が取れぬまま犯人は死ぬ。そして、私らが追っていたのはあんなものなのか、なぜこんなに遮二無二になっていたのか、あの頃が花だった、我々にとっても、犯人にとっても、とぼやく。長い文になってしまったが、このあたりは後々の傑作『太鼓を打つ刑事!』につながるテーマである。我々が抱いている夢や後悔などは、時間とともに姿かたちが変わってしまう。だから、昔にこだわるということ自体が、結果的には非常に虚しいのである。あの頃の憎しみの対象は天使のようになり、あの頃の憧れの対象は醜いものになっているのかもしれない。