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公式塾長のブログ

学習塾特命係

これは以前にも書いたかもしれない。一般に日本の結婚式で使われていた「愛の讃歌」。この曲を結婚式で使う人は今はもういないだろう。そもそも結婚式というものが少なくなっている御時世である。この曲は日本で越路吹雪が歌ったことで、永遠の愛を誓うという結婚式ならではの曲になったが、この永遠の愛というものは、言葉ではかっこいいが現実にはまずあり得ない。永遠の愛という言葉を綺麗に考えて普遍的な愛ということにフィーチャーしたのが越路吹雪バージョンである。さて、この曲はフランスの歌手エディットピアフが歌ったものが初である。これはこの映画を見ればわかるように、ピアフ自体が熱愛した感情を歌い上げて作られたものだが、それは不倫の愛である。そしてピアフ自身の満足を歌った利己的な歌である。ピアフ自身それが不倫の愛であろうと、自分の人生の支えとなればそれでよく、永遠の愛はこの映画のように相手が墜落事故で亡くなってしまったため文字通り永遠の愛になってしまった。フランスにおける愛というものは、日本が考えているような美しいものではない(日本人も美しいとは考えていないかもしれない)。他者を含めた全人類の愛など考えられるはずがない。変に嘘打っている日本よりも、ダイレクトに私だけのものと歌っているフランス人の方が人間らしいかもしれない。だから結婚式でこの曲を流せば、その夫婦は私は不倫していますと白状しているようなもので、相手は事故で死ぬことになる。もちろんこれはフランス語の歌詞で流せばということだが。曲だけそのままで、歌詞は日本語というのであれば文句はないのだが。久々にこの映画を見ると、「愛の讃歌」登場シーンはロングカットだということに気づいた。いわゆる一発撮りである。カットがない。俳優はNGを出せない。この世界に入り込んでいないといけない。そして「愛の讃歌」はこの映画最大の悲しみ、クライマックスといえるシーンで歌われる。そこに至るマリオン・コティヤールの演技はまさに圧巻のひとことである。