突然ですが、
あなたなら、死ぬ時どこで死にたいですか?
「自分の住み慣れた家」
もしくは、
「家族に囲まれて」
と答える人が多いのではないでしょうか?
私も、最後は「家で家族に囲まれながら」
最期を迎えたいです。
介護職員初任者研修のカリキュラムの中にも、
終末期についての授業があります。
死にゆく人(終末期)の介護では、
完治に向けての積極的な治療はもう行われません。
痛みの緩和や、
精神的なココロのケア、
心地よく死を迎えられるような身辺整理のサポート
などが中心になってきます。
それを、「終末期ケア」「ターミナルケア」とか呼びますね。
終末期では、「がんばって、治しましょう」
「がんばって、努力して…」なんてことは
もうしない。ってことですね。
終末期とは、大体余命6ヶ月を迎える頃のことをさします。
高齢者の終末期を位置づけるのはなかなか難しいですが、
末期がんや他の疾患の治療段階などから終末期を告げられる人も
少なくありません。
余命6ヶ月…
もうほぼ回復の見込みはありません。
自分がそう告げられたらどうしますか?
1.延命治療を望みますか?
2.もしその病が肺がんとかで、
だけど自分はタバコ死ぬまで吸いたい。それをやめられますか?
3.家族が誰だか分からなくなっても、
管(チューブ)を何本も繋がれて生き延びたいと思いますか?
こんな質問を、終末期で私が授業するときは生徒さん達に聞くんだけど、
これが、「自分」じゃなくって「家族」だったら少し答えが変わるときがあるんです。
自分のときは、no,no,no,
家族のときは、yes,yes,yes
みたいなかんじで。
家族にはスパルタだな~。ってそんな事じゃなくて、
こうなるのって、きっとみんな大切な家族の誰かが死ぬのが寂しいから。
できればずっと一緒にいたいし、長生きしてほしい。
延命すればもしかして奇跡が起こるかもしれない。
そんな想いがこの答えには隠れてると思うんです。
終末期。
私は3年前に母を病院で看取りましたが、
家族として、終末期を経験しました。
母は看護師で、なかなか厳しく激しく育てられましたが(笑)
そんな気丈な母がだんだんと小さくなり、亡くなったんだけど、
お昼なんかは最期まで
病院の看護師さんや私達家族には「ママがんばるから」と
元気なふりをしてみたり、「ああしなさい、こうしなさい」と
口うるさく過ごしてました。
でも夜になるとさ、「ゆうか、家に帰ろう…」って泣くんです。
しばらくすると、
「さっきのうそよ。毎晩泊まってくれてるのにごめんね。えへへ。」
ってごまかすんだけど(笑)
でも帰りたいのが本当だよな~。と思ったし、
でも、帰るにはいろんな手続きが必要で、
それを待てるだけの日にちもなくて、
毎晩「生死」について考えさせられました。
終末期のケアってすごく難しい。
結局は本人の望むようにしてあげたいんだけど、
うまくいかなかったり、家族がまだ「死」について受け入れられなかったり、
結局半分は、取り残される家族の自己満足だったりもする気がしてさ。
受容・傾聴・共感の姿勢で。
頭じゃ分かるけどなかなか出来ないよね。
とまどうのが当たり前だもん。
私が家族として終末期を体験して学んだのは、
「わかんないけど、一生懸命相手の事を考えてみる。」
でした。
なんでもいいから、終末期に生きる目の前の相手と
一生懸命向き合うこと。
失敗しないほうがもちろんいいけど、
相手の望むことはなんだろうって、
今自分に何が出来るだろうって、
考えて行動してみる。
それだけで、相手には何かしら伝わってると思う。
それが安心や心地よさに繋がって、
今まで生きてきた自分って間違いじゃなかったんだって思えたり、
ココロ穏やかに過ごすことができる。
自分の周りにはこんなに自分のことを
一生懸命になって考えてくれる人がいるんだな、幸せだな。って。
私がおばあちゃんになって終末期を迎えることになったとして、
そんな介護士さんになら家族じゃなくても看取ってもらいたいと思うかもな。
どちらにせよ、みんなに愛される自分でありたいですね。
日曜日にこんな話ですいません(汗)
今日もみんなが笑顔あふれる一日になりますように…
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