
(シャリン)
木製ドアの向こうに鈴の音が聞こえた。
(ん?)
ソファで紅茶を喫していた相手の顔が、かすかな怪訝に揺れた。
私はゆとりの笑顔で告げた。
ドアの向こうに私の後宮があるの。食事を待っているペットが催促しているわ。私たちの今夜のお娯しみにはお名残惜しいけど、『The midnight bell』が鳴っているから……。
相手がそれに肯いて立ち上がると、襟のあいた白いシャツから、いま浴びたばかりのシャワーのシャボンにゲランの香水が匂った。
ふたりでエントランスのロビーまで歩き、私はドアに手を伸ばす相手の背にかぶさるようにして、耳朶のうしろに軽く別れのキスをし、甘い言葉をささやいた。
サロンから木製のドアを開けると、思った通り(シャンシャン)と鈴の音を鳴らし、スーが堪えきれないかの様子で私の膝のあたりにまとわりついた。見上げる瞳がキラキラと、すがりつきたい一心のようで、愛しさが突き上げる。のどをくすぐると、スーは嬉しそうに(くーんくーん)となく。
(やはりカラーの鈴はいいアイデアだった)
私はつぶやく。
ある夜ベッドの中で、プレゼントされた小さなパッケージのリボンをなにげに捨てようとして、私は(いいこと)を思いついた。小物入れのトレイから根付けの鈴をとって、そのリボンに通し、私はスーを呼んだ。
「スーちゃん、おまえに手作りの首輪をしてあげよう」
「このかわいい鈴は、音もほら、おまえのように甘く私をいざなう」
「呼べば飛んでくるおまえが、これでますますかわいくなる」
ひとことひとこと語りかけながら、ベッドの高さから私を見上げているスーの首に、ピンクのリボンでできたカラーをつけてやる。スーは尾を振るようにして全身で喜びをあらわした。
首まわりにゆとりがある首飾りをネックレスというのに対し、窮屈な首輪はカラーと呼ぶ。だから、スーのカラーの間に指を入れて引っ張ると(ガホガホ)と苦しげにあえぐ。苦悶する顔を見下ろすのも悪くない。
私の白い歯をスーは見たのだろうか。頭の毛をつかんで躯の底に潜りこませた。(チャリン)と鈴が鳴り、ミルクを舐め啜るような音が始まった。息張ると(アワアワ)(グゥオ)の喘鳴と(リンリン)の鈴、躯の底が鳴る。苦しいのか、首が細かく震えているようだ。私はこころ踊って、さらに力を入れて圧した。
(ゼイゼイ)(エーンエーン)(シャンシャンシャン)
音が次第に高調して、突然止まる。私は躯が浮いたように感じて、力が抜けた。スーは気を失った。
☆
そちらの後宮……いえ、正確にはその前にある表御殿で接待していただくのも楽しいのですが、私のこじゃれた山荘もそれなりではないでしょうか、と相手は言っていた。窓のすぐ下から瞬いている都会の見慣れた夜景に目をやって、呼吸をひとつ置く。
やはり高雅な方の趣味は違います、と招待を謝して、私はいつも通りに相手を招き入れた。
ふたりの間でいくつかのビジネスの打ち合わせを済ませ、ケータリングされた夜食を食べる。デジェスティフのグラスをとって、相手のすわるソファのそばに行き、そのままカーペットにゆっくりと腰を降ろす。
目の前に膝がある。
私は鈴の音があまり好きではないのです、と言われた。故有りげに木製のドアをチラと見て、微かに眉根を寄せる。私は気づかないふうを装って、膝に手をかける。私を見下ろすその顔は魅惑的だ。少しずつ表情が変化していく風情も。
いえ、本当にお嫌いですか? ほら、鈴が鳴っています……いま、私のカラーの鈴が。あなたの腕に力が込められるたびに。
(シャリン)