
“はきちがえる”ということばがあります。
「わたしってヘンでしょ?」
しばらく前の世の中が泡泡していたころ、
踊りながらの私の台詞に、
「はきちがえちゃいけない。ヘンとバカは違うんだよ」
と、笑顔でカレが返してくれました。そして私は、
「わたしってバカでしょ?」
と言い直したのでした。
でも、はきちがえていました。
辞書を見ていたらこうなっていました。
◎はきちがえる(履き違える)
1:他人の履物を間違えて履く。
2:物事の意味を取り違える。考え違いをする。勘違いをする。
私は“吐き違える”だと思っていました。
「意見を吐く」とかいうように、口を開いてことばを語ること。
はきちがえるとは「ことばの言い間違い」のこと、
と思っていたのです。
そういえば、反応が異なっていましたね。
「わたしってヘンでしょ?」には
「そうかな」といった反応だったのですが、
「わたしってバカでしょ?」には
「そんなことはないよ」と言われていたのです。
昔のカレが言いたかったのは、
きっと私が“ヘン”なのではなく“バカ”だってことだけ
(失礼しちゃう! 今さら言っても後の祭りだけど……)。
つまり、「私ってバカでしょ?」は
口にしてはいけなかったのです。
意味の取り違えとなるとコトによっては重大です。
「自由と放縦」「個人主義と利己主義」といった命題が浮かびます。
反対概念ならば「自由と専制」であり
「個人主義と全体主義」となります。
はきちがえるのは「同じようなものと思われがちだが
まったく違う」という対立概念なのです。
“情けは人のためならず”の場合もそうです。
「情けをかけるのは本人のためにならないから突き放す」という
近ごろ一般的になっている解釈は、
本来の「人の世はめぐるものだから、人に情けをかけるのも
結局は自分のためなのだ。どんなときでも
人には親切にしなければいけないのだ」とはまったく違います。
それは“靴を履き間違える”程度のこととは思われません。
履物の間違いは、下駄とか草履といった和風のものだったなら、
よくあることです。
これは大したことはありません、それこそウッカリミスでしょう。
対立し、争うものの比喩にしては、どうかと思われます。
洋風の靴となると、はたして他人のものと間違えるか?
とも思いますが、いずれにせよ厳しい対立とまでなるでしょうか?
そこで“穿き違える”のほうが
むしろ言葉の重さからは近いと思いました。
他人の下着と履き違えるかよ! と思います。
これはウッカリ程度では考えられません。
冗談ではない事態です。
もっとも、先の“情けは人のためならず”ではありませんが、
無意識とも思えない未必の故意のはきちがえが、
最近では増えてきているように見受けられます。
これらのことは、男女逆転のそれの穿き違えかもしれません。
“意識的”そのものなのですから。