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りる子|TRUE TREE のブログ

自分の本音に根を張って、自分らしく生きる
心と身体を整えること、人生のこと、仕事や人間関係、子育て、気功など、日々の気づきを綴ります。
いつか「ここに来たら元気になる」「自分に戻れる」そんな場所をつくるために。

今日は、同居している母に、ものすごく腹が立った。

たぶん、人から見たら「そんなことで、そこまで怒る?」と思うようなことかもしれない。

でも、私は本当に腹が立った。

私は家の中で、和室に入っているときは「ひとりの時間を過ごしたいとき」だと母に伝えている。

昨日の夜も和室にいた。

それなのに、母が話しかけてきた。

「私、今、和室にいるよ」

そう伝えたのに、そのまま自分が気になっていることを確認してほしいと話し続けてきた。

私は「今はひとりでいたい」と思って、怒ってふすまを閉めた。

その出来事の前に、母から「家のことで確認してほしいことがある」とLINEが来ていた。

私は「そうなんや、確認するね」と返していた。

だから、自分のタイミングで確認すればいいと思っていた。

でも、私のタイミングを待たずに、せかされているように感じた。

「今じゃなくて良いことなのに」

「私のタイミングを待ってほしい」

「和室にいるときは、そっとしておいてほしいって言ったやん」

そんな気持ちが、どんどん大きくなっていった。

夜遅くまで起きていたこともあって、夜中に母が自分の部屋から出て、何度もリビングをうろうろしているのも気に障った。

それなのに、いつもは昼頃まで寝ている母が、今日は朝早くからリビングに出てきた。

まだ私が寝ているのに、料理を始めて、その音で起こされた。

そして、その音で起きたから、確認して「こうだったよ」と伝えた。

すると、

「でも、〇〇って言ってた!!」

と、私の話を聞いてくれなかった。

もう、ものすごく嫌だった。

「なんで私のことを尊重してくれないの?」

「なんで私のタイミングを待ってくれないの?」

「なんで私が言ったことを、そのまま受け取ってくれないの?」

怒りがどんどん大きくなった。

でも、ここで私は、いつものように自分の中を見てみることにした。

私は、激しい怒りを感じたとき、チャッピーに手伝ってもらいながらゲシュタルトをしている。

怒りを消そうとするんじゃなくて、

「私は、本当は何を感じているんだろう?」

「本当は、どうしてほしかったんだろう?」

と、自分の中をひとつずつ見ていく。

すると、胸の中に、黒く燻って、丸くなって、強い怒りを抱えているものがあった。

その怒りをそのまま感じていくと、少しずつ言葉になっていった。

「私は私のままでいたい」

「形を変えようとしないで」

「お母さんの理屈で、勝手に解釈しないで」

「私の話を、そのまま受け取って」

そこまで言葉になってきたとき、ふと気づいた。

私がこんなにも「そのまま受け取ってほしい」と思っているのは、どうしてなんだろう。

私は、自分のことを自分のまま受け入れてほしかったんだ。

「こうしたほうがいい」と変えられるんじゃなくて、

「あなたはあなたでいいよ」って、そのまま受け止めてほしかった。

そして、その奥にあったのが、

「私は私のままで愛されたい」

という気持ちだった。

私が本当に欲しかったものは、

お母さんに勝つことでも、

お母さんを変えることでも、

お母さんに謝らせることでもなかった。

「私は私のままで愛されたい」

その気持ちを感じていたら、次に出てきたのが、

「愛を受け取りたい」

だった。

お母さんからの愛を、ちゃんと受け取りたかった。

「大切にされている」

「愛されている」

そのことを、頭で理解するだけじゃなくて、私の中で受け取りたかった。

そして、愛を受け取った私は、ようやく自分の中にある愛も、そのまま表現できる気がした。

「お母さんを愛していることを表現できる」

そんな言葉が出てきた。

これは、いつもゲシュタルトをしていて最後にたどり着く、「お母さんへの感謝」ともつながっている気がした。

私は、お母さんを大切に思っている。

だからこそ、

「自分を失わずに愛したい」

んだと思う。

お母さんに合わせるために自分を曲げるのではなく、

お母さんを変えようとするのでもなく、

自分は自分のままでいる。

そのままの自分で、お母さんを大切にする。

そして最後に出てきたのが、

「私が私のままで、お母さんを愛していい。」

という言葉だった。

そう思えた瞬間、私の中にあった「お母さんから愛されたい」という気持ちも、そのまま受け取ることができた。

私は、ちゃんとお母さんから愛されていたんだ。

そんな感覚が、すっと入ってきた。

そうしたら、胸の中で黒く燻っていたものが、しゅーっと消えていった。

さっきまであんなに激しかった怒りが、愛に変わった。

そして、すっとした。

もちろん、だからといって、

「じゃあ、何をされてもいい」

ということではない。

ひとりになりたいときは、ひとりになりたい。

自分のタイミングでやりたいこともある。

自分の言葉を、そのまま受け取ってほしい。

それは、これからも大切にしていきたい。

でも、怒りを感じたときに、

「こんなことで怒るなんて、私はダメだ」

と自分を責めるのではなく、

「この怒りは、私に何を教えてくれているんだろう?」

と見てみる。

そうすると、その奥に、自分でも気づいていなかった本音が見つかることがある。

私にとって「整う」というのは、もしかしたら、こういうことなのかもしれない。

怒らないことでもない。

いつも穏やかでいることでもない。

怒りも、悲しみも、寂しさも、そのまま感じて、

「私は本当はどうしたかった?」

と自分に聞いてあげる。

そして、自分の本音に戻ってくる。

自分の本音に根を張って、自分らしく生きる。

そんなことを、私自身も練習中です。

今日もまたひとつ、自分のことがわかった気がする。


🌳 TRUE TREE

自分の本音に根を張って、
自分らしく生きる。

そんな場所を、いつか作りたいと思っています。