もう、この1カ月くらい

ピークはここ2週間。




息子氏の、荒れ期間が続いていて



私も 息子も とても苦しい日々を送っていた。



何もやる気にならない 何もおもしろくない

何もうまくいかない 何もうまくできない

憂鬱 不安 恐怖 焦り 無気力 自己否定 失望





こんな自分が嫌 


「もう、僕は、僕を、やめたい。」




この言葉を、わずか8歳の子が口にした。




その想いは 彼には「絶対させたくなかった想い」。


私が、ずっと、抱えてきた想い。





自責して、絶望した。とても、とても、つらい時間だった。




もう、なんのエネルギーも残っていなかったし

万策尽きて


「あがくことを、やめた」。


どうにもならないことをなんとかしようとすることに降参し、諦め、

自分1人でやってやろうということを手放し、


任せられるところへ任せ 彼の流れに任せることにした。

私は、見守ることにした。自分に集中した。






何か特別したわけじゃない


しこたま泣いて 叫んで 怒り、暴れ

責めて、後悔して、謝って、燃え尽きたら


降参して 諦めて 観念して 手放して 任せて

見守って 自分に集中して過ごした





気づいたら、「ポーン」と

彼はスランプを抜け出した。


嵐が過ぎ去り、穏やかになった空のように。



同時に、急成長していた。

やるべきことをし、やりたいことをし、

積極的、精力的。気力と自信が戻って、溢れていた。





……………振り返ると、それは、乳歯が抜けた日からのことだった。



抜けそうで抜けない歯が長いことずっとあって

無理やり抜くことはせず、(出来ず)

自然に任せていた。

その間は本人もずっとむず痒く、スッキリしない日々で



今思えば、それは彼の精神的な様子と、時期も感覚もリンクしていたなぁと思う。



(宇宙も、人間の体も、本当に、不思議だ。)






"成長や大きな変化の前の嵐"



おそらく、それが道理で、誰もが何度も通る道。



3年前の私だったら 肩の力を抜くなんてことは1ミリもできなかったと思う

任せる、委ねる、見守るなんて選択、しなかったと思う。



3歩進んで、2歩下がって、

「1歩ずつ」。成長してきた3年なんだと思った。




息子にも、私にも、支えてくれたみんなにも

「よく頑張ったね。ありがとう。」