父が亡くなって今日で2年になりました。

未だに父の話が出ると、楽しい話も嬉しい話も涙が滲んでしまいますぐすん

生活面では大きく変化がありました。私と母は家を出て、新しい地での生活を始めました。

生前父が望んだことを一つ叶えようと…。

祖父の焼き物の作品を皆に見ていただきたい…。その願いを叶えるべく、小さな展示スペースを作り、祖父と父の作品を展示しています。

 

そしてこの夏、あるチャレンジをしました…。

陶芸を仕事としていた父の最後の仕事、それはかわいい孫たちの茶碗を作ることでした。

ロクロに向かっては大小様々な茶碗をいくつも造っており、私たち家族もその完成を見守っていましたが、残念ながら未完のままとなっていました。成形までは出来ていたのですが、素焼き、本焼きがされておらず、使える状態ではなかったのです。きっと父も気掛かりだったのではないでしょうか。

父の手伝いをしていた母の記憶を頼りに、素焼きを終え、姪っ子も夏休みとなり、家族皆で茶碗に模様を描き、本焼きの日を迎えました。

母も窯のことは父に任せっきりだったということで、これまで父が残してきたノートを確認しながら、私と弟が中心となって窯焚きをしました。火の加減などはこれまで経験がないので母に聞きながら、こんな感じだったかも…?なんて曖昧ですが…。ちゃんと手伝いしてこなかったことが悔やまれます。

窯出しの日、ドキドキしながら窯を開けてみると綺麗に焼けていて一安心(母が一番心配していました)。きっと父がちゃんと焼ける様に見守ってくれてたんでしょうね。

父が生きた証を得た気がします。

最近はこの茶碗でご飯を食べています。

 

今回、全ての茶碗を焼いたわけではなく、少しだけ残しています。

まだ幼い姪っ子たち。下の子は字とも絵とも言えない柄になってしまっているので、大きくなってちゃんと描ける様になった時にお祖父ちゃんとのコラボをしてもらえれば嬉しいなと。

その時に上手く焼けるかは分かりませんが…、いや、その時にもちゃんと焼ける様に研究しないといけませんね。

父が亡くなりました。
早くも1ヶ月が過ぎ、初めての月命日を迎えました。

今年3月、数日前より微熱が続いていたそうですが、当時は新型コロナの流行拡大の恐れがあり、高齢者は2日以上の発熱で専用ダイヤルに連絡し指示を仰ぐ様言われていました。未だ県内に感染者が出ていない状況で、外出もほとんどしていなかった為、新型コロナの可能性は無いと思いながらも、受診を躊躇っていた様に思います。受診した時には直ぐに入院となりました。

そもそも2年前、癌を患い手術を受けた際に、5年生存率は20%と言われ、残された時間は長くはないのだと覚悟しましたが、その後の経過は良く、再発も無く過ごしていました。これから沢山の思い出を作ろうと言いながら、特別な事は僅かしかできていませんでした。

胆管炎。幸い癌の再発はなく、抗生剤の点滴で10日程の入院でした。入院と同時に面会制限となり、家族以外の面会が出来なくなりました。実は退院時に微熱があったそうですが、1日も早く家に帰りたいと、少し強引に退院した様です。
退院から4日後の再診時には状態が悪化し、即時の入院を勧められましたが、その日は孫達が家に来ることになっており、どうしても帰ると駄々をこね、翌日に入院しました。

当初は1月ほどの入院と聞いており、孫達の面会もあったので父も大人しく治療を受けていました。入院から3週間程経った時、完全面会禁止となり、洗濯等の荷物の受け渡しも看護師に預ける等家族も自由に面会することができなくなりました。幸い職員の私は荷物受け渡しを自分でする事を許され、父に会う事ができました。
一月が過ぎ、もうすぐ二月になろうとする頃、父が家に帰ると言い出しました。治療続けていても良くなったり悪くなったりを繰り返しており、自由に面会も出来ないという状況に我慢が出来なくなってきました。先生の話では状況は厳しいが治らない病気では無い、今帰れば2、3日持たないと聞かされ、家族皆、父を説得し治療を続ける選択をしました。今思えば、父はこの頃には治らないと分かっていたのかも知れません。「死んでも良いから動けるうちに帰りたい」この言葉が今でも家族皆心に残っています。

点滴をしながらも毎日病棟内を散歩していましたが、ある日を境に散歩は元より立ち上がる事も難しくなっていきました。
仕事帰り、父から承諾書にサインが欲しいと呼び出され、病室を訪ねました。先生からどの様に説明されたかは分かりませんが、治療を受けることで死亡する事もある…と言う様なことを言っていました。私が署名をしていると、肩を震わせており、父が泣いているのがわかりました。こうした説明も父一人で聞かなければならなかった状況がとても恨めしい。

毎日出る食事をスマホで写しては、退院したらあれが食べたい、これが食べたいと言っていましたが、入院から4ヶ月の頃には次第に味覚障害が出始め、食事が摂れなくなってきました。話す声にも張りがなく、何を言っているのか分からない事もありました。

もうすぐ入院から5ヶ月になろうとする頃、先生からお話があると言う事で、事前に家族で話をしました。私が見ている状況からして良い話では無いだろうと想像できる事、その場合、どうするべきか…。家族総意で父を連れて帰るという結論に達しました。
先生との面談がある日、父が吐血したと連絡がありました。直ぐに病室を尋ねると、看護師さんがひっきりなしに部屋を出入りし、処置がされていました。私が訪ねてからも1回吐血があり、不安でいっぱいでした。
その後先生から説明がありましたが、想像していた通りで、これ以上良くなる事は無いと言うことでした。

それから数日、家族で交代しながら父の付き添いをしたのち、自宅へ退院しました。
ストレッチャーでの帰宅。孫も含め皆で父を迎えました。孫二人が父の手を握り、父もそれに応えるように二人の顔をじっと見ていました。

私は仕事を休み、訪問看護、訪問診療を利用しながら、主に母と私で父の介護をしました。慣れない介護で父にとっては辛い事もあったかも知れませんが、私も母も無理せず、自分達に出来る事をしようと努めました。土日も含め、毎日看護師さんの訪問がある事は心強く、また母も私も一人じゃ無いと励ましながら介護を続けました。退院から5日。家族皆の呼びかけの中、静かに息を引き取りました。

コロナの事が無ければ面会も自由に出来ただろうし、父も精神的にもう少し頑張れただろうし、家に連れて帰るという選択はしなかったかもしれません。
自己満足だと言われるかも知れませんが、家族皆、家に連れて帰って良かったと思っています。
きっと今も多くの方がコロナ禍で病気に苦しみ、家族を心配しているいると思います。1日も早くコロナが終息する事を祈っています。

前回のブログでは増えるものについて書きましたが、今回は

歳をとるたびに減るものです。

 

歳をとるたび減るもの…初体験

 

日々の生活の中で、私達は多くのことを経験してきました。

子供の頃は毎日のようにあった初体験も、この歳になるとそうそう無いですよね。

 

そんな初体験を、60代も半ばを迎えた母が今年2度も体験しました!ウインク

 

まずは1回目の体験。

 

 

以前このブログでも体験のギフトが当たった事を書きましたが、そのギフトを利用してエステを体験してきました。

母にとってはこれがエステの初体験。

美顔器を買ってみたり、雑誌を眺めて研究したりと、たぶん若い頃から美容には興味があったと思われるのですが、エステに関しては未経験でした。

当日は施術前のアンケートでも饒舌で、嬉しそうな雰囲気が存分に感じられウシシ更には、施術中あまりに気持ちよかったんでしょう、寝息が聞こえてきましたぐぅぐぅ

元々は他の体験を考えていたのですが、母が喜んんでくれたのでエステを選んで良かったです。

 

続いて2つ目の体験。

これはわたしもまさか初体験だとは思いもしませんでした。

 

この連休、母と買い物に出かけ、百貨店の化粧品コーナーへ行きました。そろそろ口紅が少なくなったので買いたいなと思い、行ったのですが、母も丁度口紅が欲しいと思っていたそうなんです。今使っているものは、以前私が使っていて要らなくなったものらしく、それも筆を使って掻き出さなければならない程使い込んでいるとの事。この機会に一緒に選ぶことにしました。

まずは色見本を手に取っては自分のイメージに近いものを選び、店員さんの意見も参考に2本まで絞りました。

やはり最後は実際に塗ってみなければ分からないので、試させてもらうことに。店員さんにそれぞれ塗ってもらい、お気に入りの1本を買う事ができました。

お店を出てからの母の一言。

 

初めてお店で塗ってもらったから、どうしていいか分からなかったわほっこり

 

どうやらこれまでは試す事なく化粧品を選んでいたよう。だからファンデーションの色も微妙な時があったのねショック

まぁ、ご満足いただけたようで、嬉しそうな母を見ていると私も嬉しくなります。

 

意外や意外、母も私もまだまだ体験してない事がいっぱいあるのかも。

お久しぶりですニコ

 

あまりに久し振りすぎてパスワードを忘れてしまいそうでした。

今年は仕事が忙しく、残業で遅くなる事が多くなりました。それが更新できなかった理由…と言うのは言い訳ですがにやり

 

昨日、友達に会いお叱りを受けました。

 

ち〜ともブログを更新しないんだから!

 

ショック耳が痛い

 

と、言う事で更新します!

 

昨日の美味しい話はまたにして(いつになることやら…ぶー)

最近の私について。

また一つ歳をとり…。体重は1kgどころか○kg増え…。仕事量は増え、運動量は減り…。歳をとると痩せにくくなると言うのを実感しています。

友達はダイエットに励み順調に痩せている様子。なんでも菓子断ちをしたとか。お菓子を食べるためにご飯の量を減らしてる私には無理なダイエットです。

お菓子を減らさずに痩せる方法、どなたか知りませんか?

 

 

すっかり年をまたいでの報告となってしまいました苦笑

 

九州旅行最終日はゆっくり目の出発。

まずは諏訪神社を目指します。

この鳥居のずっとずっと上に本殿があります。

長い階段をひたすら前を向いて登ると、七五三で賑わう境内にたどり着きました。

お参りを終え、登ってきた階段へ向かうと、長崎市内が一望できて眺めは最高!来た甲斐がありました。

 

ちょうどお昼時になったので、昼食を食べることに。

長崎と言えば…ちゃんぽん

福山雅治さんで有名なお店を訪ねたのですが、残念ながらお休みでした。

また今度行く機会があればぜひ食べてみたいですね。

と、言うことで、このお店の近くにあった別のお店でちゃんぽんを頂きました。

これだけでも長崎に来たっ!て感じ。わたし的に感じましたニコニコ

 

昼食を終え、大浦天主堂が近くにあったので行ってみました。

中は撮影ができませんでしたが、印象的な天井に釘付けでした。

 

最後に向かったのは雲仙。

  

雲仙地獄。周囲は硫黄の臭いが漂っていました。

温泉卵もいただいて、九州旅行全目的地を終えました。

この日は祝日ということもあり、雲仙から高速までの道はかなり渋滞。

それでも19時半頃には自宅に無事着くことができ、総走行距離2550kmの旅が終結しました。

 

今回の旅では予定外の出来事があったり、現地で新たに気になるところを見つけたりと、また行ってみたい場所が沢山ありました。今度はゆっくりと訪ねてみたいですね。

 

さすがに2カ月過ぎての旅行記は記憶が怪しくて、最終日に至っては細部を書くことができませんでしたね。反省です苦笑