「あぁ」
大勢の人々でごった返す市場の中に、その場にそぐわない、独特の雰囲気を漂わせる2人組がいた。
長身の男性は一見優男風に見えるが、左眼の上を通る、額から頬にかけての一筋の古傷と左腕の機械化義手が、彼の生き抜いてきた環境の苛烈さを物語っている。
男の名は、ネモ。
彼が潜水艦アルゴノート号を駆り、たった1人で帝国と連邦という巨大勢力に戦いを挑む『絶海の侵略者』であることを知るのは、ごく少数の者に限られている。
その彼の傍にある蒼い髮の少女の名は、ノア。
古代人が創り上げた『方舟』の端末だった少女はネモと出会い、救われ、自由を得た。
運命的な出会いと戦いを経て共にある2人の絆は深く固く……
「待て、それはダメだ」
「『インフィニティX』は美味しいのです。それに、たこ焼きだけでなく、どんな料理にも使えるのです」
「しかし……」
「ネモ、好き嫌いはダメなのです」
少女はネモの意見をにべもなく却下し、『インフィニティX』の徳用瓶を買い物カゴに放り込んでいく。
「…………」
……2人の絆は深く固い……はずである。
「ネモ・カノープス⁉︎」
驚愕するような声にネモが振り返れば、そこにいたのは帝国海軍の制服を身に付けた青年だった。
「シン・シャークか……奇遇だな」
「こんにちは、なのです。シンさん、マナさん」
ノアがペコリと頭をさげる。シンと呼ばれた青年の後ろには、こちらも軍服姿の少女が控えていたが、マナと呼ばれた彼女はいつものように、値踏みするような視線をネモに向けている。かつてシンが艦長を務めるドレッドノート号を手玉に取った謎の潜水艦……ネモがその関係者であるのでは、という確信に近い疑念はまだ晴らされていない。
「こんなところで何をしている?」
「買い物だ……見てわからないか?」
シンが突きつけてきた矛先を、ネモは涼しい顔でさらりと躱す。
「おまえこそ、こんなところで散歩でもしているのか? 軍人というのは意外と暇なのだな」
「僕がここにいるのは、任務だ」
「ほう……そうか。それは失礼したな。ならば仕事の邪魔をするわけにはいかないな。行くぞ、ノア」
そう言って背中を向けるネモの肩を、シンは力強く掴んだ。
「……なんの真似だ?」
「数日前、この島の沖合で帝国海軍と連邦の潜水艦が交戦し……双方が沈んだ」
機密情報であることは承知の上で、シンは低い声でネモに耳打ちする。
「相討ちか……で、それがどうした?」
「生存者の証言では相討ちなどではなかったそうだ。どうも圧倒的な攻撃力を誇る第三勢力が突然現れ、そいつに沈められたらしい」
「だからなんだ」
「その調査でこの島に来たらおまえがいた……これは偶然か?」
「偶然だな。濡れ衣を着せられるのは迷惑だ」
シンの手を振り払い、歩き出そうとしたネモの耳に「カチリ」という小さな音が届いた。見ると、マナがその可憐な容姿に似合わない無骨な拳銃をネモに向けていた。撃鉄はすでに起きている。
「この島は帝国領です。あなたには軍の尋問に答える義務があります。あなた方を容疑者として逮捕、連行することも可能なのですよ!」
まっすぐな視線と口調は、彼女の生真面目さと優秀さを物語っている。銃口に震えはなく、いざとなれば眉ひとつ動かさずに発砲するだろう……ネモはそう判断してため息をついた。この人ごみの中で発砲されたら周囲にどれほどの被害がでることか。
「……それも覚悟の上か、厄介な女だな」
ネモはため息をついて両手を挙げる。
「分かった、好きにするがいい。尋問でも拷問でも受けてやろう」
「そんなことをして口を割る男じゃないだろう、お前は。中尉も銃を下ろして」
シンが笑いながら指示すると、マナは素直に従った。
「ネモ、勝負をしないか? 以前のポーカーと条件は同じだ」
以前、2人はあるパーティの余興としてポーカーで勝負をしたことがある。その時から、挑まれた勝負を断らないネモの秘めた『熱さ』をシンは見抜いていた。
「敗者は勝者の言うことをきく……か。いいだろう、俺としても前回の雪辱を果たさなければならないからな。で、方法は?」
問われたシンは、背後の薄汚れた雑居ビルを親指で差した。
「あれでどうだ?」
ビルに掲げられた『麻雀』の看板を見上げて、ネモは頷いた。
「……いいだろう。ちょうど4人揃っているし、な」
内部でガラガラと牌をかき混ぜる『ルーン自動雀卓』を前にして、ノアが目を輝かせる。
「すごいのです……ネモ、ノアはこれが欲しいのです」
「そのうちな……それでシン、ルールは?」
「普通のアリアリルールでいいだろう。5回戦のトータル順位にかかわらず、僕とお前のスコアで勝負を決めよう」
「了解だ」
「艦長、私とノアさんはどういたしましょう?」
ノアと同じく、興味津々で雀卓に見入っていたマナが顔を上げる。技術将校だけに、こういった見知らぬ機械には関心を寄せずにいられないらしい。
「僕たちの勝負にかかわらず、自由に打ってくれればいいよ」
「了解しました」
「ノアも分かったのです。マナさん、よろしくお願いしますなのです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、前代未聞の勝負が始まった。
「リーチ」
東一局、起家のシンが早速攻勢に出た。まだ5巡目という早いリーチである。
「早いな」
「覚悟しろ、ネモ。これがお前を喰い殺す鮫の顎……」
「親のリーチではしかたがありませんね。ロンです。タンヤオドラ2……5200です」
シンの言葉を遮って牌を倒したのはマナだった。三色崩れの仮テンだが、親のリーチを安手で蹴るのは定石である。
「う……マナ中尉……」
点数は高くないが、いきなり親を落とされたシンからすれば少なくない痛手である。
「何か?」
「い、いや、なんでもない。続けよう」
東二局はマナが軽くツモあがり、続く東三局、今度はネモが攻めに出た。
白、中を続けざまに鳴かれた卓上に緊張が走る。発がまだ一枚も見えていないのだ。小三元どころか、役満の大三元まである……!
「こいつは……!」
「どうした、シン。顔色が悪いぞ」
親の役満は48000点。振り込めば一気にトビだ。シンは余裕の笑みを浮かべるネモを睨みつけた。そして……
「ロン」
数巡後、その声が静かに響いた。
(╭☞•́⍛•̀)╭☞続く
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