△できないわからない停滞期はどんなことにも起こるのだ、のこと。
会社と自宅の往復のほかに、気軽に会える距離の友達ができて実はちょっとうれしいとか思ったりしている管理人2号です、こんばんは。
なんらか、伝えられることがあったらいいかなぁ。
さて、平成29年まで、しゃちほこ県は再開発が続きます。
地価は値上がりしているし(本当にべらぼうに、というのがわかる業界にいた)、製造業も元気です。
これが続くのかといえば、正直申し上げて続かんでしょう。
だから売れる間に、売ってしまえな感じだと思います。
閉鎖的な地域であるからこそ、それが通用するのかな、とも。
いろいろと嫌気がさして、選べるうちは選んでしまえとばかりに選びかけた瞬間に、運命の女神様とやらがワタクシに微笑みかけてくださったおかげで、ワタクシ、無事に仕事を続けています。
絶対に無駄にならない仕事だから、すごく充実しているし、ほとんどこの一年、毎日毎日必死でくらいついて学んでいます。
とある資料作成時に、どうにもスタンスにずれがあったため、軌道修正の相談の際。
上司に「あなたはそうやって教育されたからそう思えるんだけどね、ほかの人は違うんだよ」
という言葉をかけられました。
教育されてたのかい! という驚愕( ̄□ ̄;)。
うそやろ、詐欺やろ、ちかんあかんおかんなくやろ!と思った関西人ですが何か。←やめれ。
ワタクシが半年もの間(社会人の、30歳の半年って長いんだぞ、10代の比じゃないぞ!)、必死でくらいついて、必死で読み取った結果じゃなく、あれは教育だったのか、と目からうろこがポロリ、なんてかわいいもんじゃなく、脳みそが後頭部から飛び出すかと思いました。←言い方w
が、まぁそういう教育方法もあるのか、とぐっとさまざまもろもろ飲みこんでそう思うことにしました。←すっごく頑張ったが、もしかしたらばれたかもしれない。いや、ばれた。ごめん。笑っといて!
何をどれだけ学べるか、はその人の姿勢にあると思うし、教育者になったからといっていきなり教育できるわけもないし。
日々是学。
少なくとも、業務がどさーーーーーーーーーーーっとあるわけなので、それをありがたいと思います。
一から向き合うっていうのは、相手がだれであれなんであれ、向き合わざるを得なくなった瞬間から、自分がどれだけ「わかったつもり」になってたか、というのが白日の下にさらされてしまうのですね。
そして、向き合う作業に集中できる時間がある、というのはとてもありがたいことなんだなぁと最近本当に思っています。
つまり・・・yes、煮詰まってる now。
こういうこと、10年前にもあったから懐かしいなぁなんて思って笑いながら向き合っております。
10年前はダンスだった。
体を限界まで使って、痛みがあれば安心して。
でもそういうことで解決はきっとしなかったのかもなぁ。
弛緩しなければ、緊張してみなければわからないことがたくさんあるわけで。
結局は、自分次第なんだなと思う。
向き合えば成果があって、次につながっていく。
私はそれを信じるのです。