私が事件を知ってからもずっと、取調べは続いた・・・


ヒロシの体調はそれに比例するかのように悪化度を増していった。


取調べの状況から、向こうが何を知ろうとしているのか、全貌が何なのかを聞き出したくて、ヒロシに毎日取調べの時の質問をしていた。


一言発する毎に辛そうに顔をしかめる。

思い出したくないのか、必要以上は言わない。


アオイ:「ねぇ?今後の為に、ちゃんと記録に残しておかないと・・・聞かれた事とかちゃんとメモしていこうよ?ね?」


ヒロシ:「・・・・わかった・・・・」


この会話も何度しただろうか・・・

「わかった」とは言うが、一度もメモを残したことがない。

私が質問して、それに答えたのをメモするのみなのだ。


しかも、順を追って説明しないから、誤解が生じたりもする。

文章を見せてもチラっと見るだけ・・・

後日、「警察みたいな人に、こんな事言われるのって許せない!」と言うと、

「え、そんな事は言われてないよ」というヒロシ。

2日前に言ったじゃん。確認したでしょ??

「あれは、そういう意味じゃなかったよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・


だったらその時に訂正しろ!!


ヒロシは取調べを受けてから、取調べ以外は、内科に通うくらいで、特に外出していない。

もちろん仕事もしていない。


私は仕事から帰ってきたら、ヒロシの状況を纏めたり家事したり法律の勉強したり・・・

空回りかもしれないが、何でもいいから少しでも役に立つかもしれないと思ったことは何でもやった。


でも、ヒロシは・・・・家に居るときは、ひたすらゲームに没頭していた・・・・・


そんな彼を見ていると、イライラし情けなく無性に腹が立ってきたりもするのだ。

私のキツイ性格が災いして、喧嘩したことも多々あった。

ヒロシの下痢は相変わらず治らない。

それどころか、一点をじっと見つめるようになり、とっさに簡単な言葉も出てこなくなった。

そして、何度も同じことを繰り返し言い、さっき自分が言ったことを忘れているのだ。

ヒロシ:「あれ?オレさっきも言ったっけ?」

アオイ:「うん・・・聞いたの3度目だよ。」

ヒロシ:「そうだったか?ごめんごめん・・・」

アオイ:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


こんなヒロシを見ると正直悲しかった。


私がキツイから追い込んだのかな・・・

でも,普通これくらい質問したり一所懸命なるよね?家族なら・・・

私の言い方のせい??


そう思う反面・・・


無実の罪を着せようとしている、警察みたいなところへ私の恨みは集中した。

なんせ、私はヒロシを信じるしかないのだ。

疑いの気持ちもいっぱいあるが、私が尋問しても無罪を主張している。

ヒロシが「やっていない」という以上、信じなければいけないのかもしれない・・・


そして・・・


ヒロシの異変は続いた。

同じ物をずーーーっと食べつづけたり、相変わらずの言語障害。


アオイ:「ねぇ、心療内科受診して見たら?」


ヒロシ:「なにそれ?」


アオイ:「言語障害とかさ・・・精神的な所から来てるのかもよ?」


ヒロシ:「明日行ってみる」


・・・・・・・・・・・・・・・・


・・そして、診断結果は・・・・・・・・・・・・適応障害・抑うつ病・・・・だった。


SDS検査(うつ病の検査)で、通常50-60以上でうつと診断されるところ、


69という数値を出したらしい・・・


そして、要自宅療養の診断書が出た。


そのお陰で取調べに行かなくても良い・・・だって・・・任意なんだもの。


・・・だけど、これからがうつ病と警察みたいなものとの戦いが続くのだった・・・

次の日もヒロシは警察みたいなところへ行った。もちろん任意だ。

今回は連行されなかった様だった。

素人考えでは、任意を断れば、強制になってしまうのではないかと不安になってしまう。


この時は知らなかった。

この警察みたいなところは、逮捕権がないのだということを・・・


この日からヒロシは腹痛を訴え始めた。


ヒロシ:「お腹が痛いのでトイレに行かせてください」


取調べ人A:「下剤でも飲んでるんじゃないだろうな!!!」


ヒロシ:「飲んでません!」


おいおい・・・嘘でトイレに行くなら下剤わざわざ飲まないと思うんだけど・・・


ピーピーで力が抜けた状態で取調べなんかに挑んだら、ソワソワして弱気になって逆に不利になりそうってことくらい普通考えるでしょ??


それでも延々15時間近くの取調べがあった。


次の日も腹痛を訴えていたが、10時間ほどの取調べがなされた。


取調べ人A:「なんで、ここにお前の名前があるんだ!?これはお前の字だろ!?」


ヒロシ:「わかりません・・・」


おいヒロシ!!しゃきっとしろ!しゃきっと!!!

もちろん、取調べの様子なんてリアルタイムに聞いたわけじゃないけれど、帰ってからのヒロシの話ではこんな調子らしい・・・


同じ職場の人は、「ヒロシの字じゃない」って言ってくれてるんだよ??

なのに、なんであんたは自分の字かそうじゃないのか・・・わかんないんだよ!!!


数日、長時間の取調べが続いた。


腹痛は内科に行っても「感冒性の腹痛」との診断。

しかも、かなり強い薬を処方してもらっても改善されないのだ。


だけど、そんなヒロシを引っ張り出し、取調べのあと、待ち合わせをして決起大会をした。

駅の近くにあるちょっとお洒落なダイニングバー。

私もヒロシもお酒好きだ。

好きだと言っても、美味しく楽しむ程度。


きっとたっぷり絞られて、気持ちが凹んでいるだろうし、

いつまで続くのか分からない不安。


それを少しでも楽に出来れば・・・そう思った。


やった事は自白して罪は償わなければいけない。

やはり、夫を信じたい。

そして、無実の罪を着せられたくない。

その為には戦わなきゃ。

違う・知らない・わからないを通すだけでは、きっと疑いは晴れない。


少し辛口の白ワインがグラスに流れ込んだとき・・・


「真実はきっと見える・・・」  そう思った。 



・・・と言っても、警察での取調べではない。


いきなり帰ってきた途端、『身柄請書』を書かされた私は、何がなんだか・・さっぱり理解できていない。

たっぷり絞られたらしく、すっかり魂の抜けたヒロシを見ていると、少し可哀相にもなるが、事情を聞くことにした。


(詳細を書くと、事件概要がわかってしまうため、差し障りのない範囲で書いています。)


アオイ:「どうして・・・そんなことしたの?」


ヒロシ:「オレじゃない・・・全然知らないんだよ・・・」


アオイ:「じゃ、なんで疑われているの?」


さっき、知らないおっさんCが説明したが、その説明には不可解な部分があった。

今回の事件はヒロシの業務中に起こった事らしい。

しかし、知らないおっさんCが話した業務フローは実際とは少し異なっている。

業務フローも確認していないようなヤツが捜査してるのか??・・・不安だ・・・


ヒロシ:「書類にオレの名前があったから・・・」


アオイ:「それだけ?」


ヒロシ:「うん」


どうやら、数日前から取調べは受けていたらしい。


「なぜ、ここにあなたの名前があるのですか?」

「あなたが、一番良く知っていますよね?この理由を」


そういう質問を延々と繰り返されていたようだ。


しかし、身に覚えの無いことだし、すぐに開放されるものだと信じていた。

それが、ここ数日の連日の取調べと、疲労も溜まっていたため、


「じゃぁ、それで良いですよ!!」と言ってしまったのだ。


お陰で、警察みたいなものの都合が良いように調書を取られてしまったらしい。

しかも、それにサイン押印してしまったのだ。


(・・・・バカ・・・)


そして、今回容疑者の可能性大として、連行され、帰宅は身柄引受人が必要という状態となってしまったのだ。


アオイ:「本当に知らないの??やってないの???」


ヒロシは今まで女性関連にしても、お金に関しても私を裏切ってきた。

いや・・・嘘は決して言っていない。・・・黙っていたのだ。

聞いても真実は話してくれなかった。黙ったっきりなのだ。


女関係にしても、やっと半年かけて傷が癒えてきたところだったのだ。

それが、今回の事件。


(この時は、この事件だけでも大事だと思っていたが・・・その後、更に大変な事態になろうとは思ってもみなかった・・・)


本当に信じて良いのか???


ヒロシ:「絶対やってない」


アオイ:「本当に??今まで私のこといっぱい騙してきたよね?」


ヒロシ:「・・・・・」


アオイ:「今までと今回と、どう違ってどう信用すればいいの?」


ヒロシ:「オレはやってないんだよ!!!何も知らないんだよ!!!」


ヒロシそれっきり涙目になって一点を見つめていた。


辛かったんだろうね。

身に覚えの無いこと、「説明しろ」と繰り返されて・・・


私は決して、ヒロシを信じたわけではない。

だけど、本人がやっていないと言う以上、信じるしかないかな・・・と思い始めた。


夫と言えども、他人だ。

ましてや、裏切られた経験があると、ますます信じられなくなる。


もちろん、法を犯すような人ではない。それは確かだ。

人を傷つけるような人でもない。


自分以上に人を大切にする人なのだ。


取調べでは事件の全貌は言わないらしい。


なので、私はもちろん、ヒロシもよくわからないらしい。


ただ、分かっているのは、


ヒロシが名前を使われたらしい・・ということ。


若しくは、ヒロシが何かをしたという可能性が、少しでもあるかもしれないという事・・・


それだけ。

その日は、弟と飲んでいた。

人生の一大事!ってくらい悲壮な声で電話をしてきたからだ。

姉としては放っておけない・・・


この弟、どうにもこうにも両親に心配をかける・・・困ったものだ。


・・・だけど、この時はこれから先、私の方が心配を掛ける事になろうとは思ってもみなかった・・・


夜8時、弟に「みんな心配してるんだから、あまり無理な事しちゃだめよ!」と言い残し、一人帰りの電車に乗り込んだ。


その時、携帯が鳴った。

夫ヒロシからだ。(この時はまだ結婚生活中だったのだ)


アオイ:「もしもし?」

ヒロシ:「今一緒にうちに来る人がいるんだ。何時ごろ帰って来れそう?」

アオイ:「んーー、今電車に乗ったから40分くらいで家に着くよ」

ヒロシ:「そか。わかった。帰ってくるまで近くで待ってるよ・・・じゃあね」

アオイ:「はいはーい」


・・・来る人??

友達なら、別にそのまま家に入ってもらえばいいんじゃない?

腑に落ちないまま、帰宅した。


ん??夫の姿も連れの姿も見当たらない・・


その時また携帯が鳴った・・・


アオイ:「あれ?家に帰ったけど誰も居ないけど・・・何処に居るの??」

ヒロシ:「わかった、今から部屋へ行くから・・」


・・・・2分後・・・


ピーンポーン


夫の後ろにスーツを着た50代くらいの男性2人に60くらいのが一人。
夫は無言で家に入ってきた。


知らないおっさんA:「奥さんですか、これにハンコ押してください」


アオイ:「は??」 宅急便じゃないんだからさ・・・


知らないおっさんA:「ですから、ここに奥さんの名前”アオイ”と生年月日と住所、ここにご主人の名前”ヒロシ”と生年月日・・・この通り書いてハンコ押してください」


アオイ:「ちょっと・・・日本人にハンコ押せって言うからにはそれなりに、理由を説明してもらわないとハンコ押せませんが??」


弟とタラフク飲んでアルコールが回っているので、かなり強気な私・・・


アオイ:「しかも、お宅ら誰??」


知らないおっさんB:「こういうもんです」

警察手帳とはちょっと違う・・・でも”司法警察”って書いてある。


アオイ:「はぁ・・・」


知らないおっさんB:「警察みたいなものです」


・・・みたいなってなんだよ、みたいなって・・・自分の身分くらいちゃんと説明しろ!


知らないおっさんC:「カクカクシカジカ・・中略・・こういう訳で、ご主人を取り調べていましたので、身柄請書を書いていただけますか?」


アオイ:「・・・・」


ここまでくれば、私も理解できる。最初からそう言えよ。

だけど、このカクカクシカジカにおかしい点がいくつかあったが・・・それは今突っ込むべきではないと思い、控えておいた。


そして、素直にサインと押印した。


これが、初めて書いた「身柄請書」(通称:ガラ請け)ってやつだ。


しかし・・・大の大人が3人がかりでないと、説明できないってどういう事なんだろう??

大きなお世話だとは思うが、本当にこの人たちで捜査やっていけるのだろうか・・・と心底不安になった。


馬鹿丁寧な言葉を残し、「警察みたいなもの」と名乗る3人は帰っていった。


ちらりと夫を見ると、一点をじっと見つめ突っ立っている。


今宵は長い取調べになりそうだ・・・


頭から怒鳴りたいのを胸に、聞きだす順序を心の中で整理した・・・


さて、どう料理するかな・・・