どうも海猫です。
ご覧いただきありがとうございます。
ここ数日は、旦那が私の入院中にお試しで見始めた
U-NEXTの無料期間の終わりが迫っているので
私は旦那の留守中から
『それSnow Manにやらせて下さい』の過去回を
必死こいて消化しておりました。
全部はさすがに無理だったけど、楽しんだよありがとう旦那よ!!
さて、またちょっとシリアスな話に戻りますが。
ODした後、目を覚ました時は、体も軽いのですぐに退院したいと思ったのですが
それは間違いで、薬によるダメージが大きかったらしくって
体に力が入らないための脱力感=軽い感じだったようです。
実際のところ、トイレに行けるようになった時も
現実は点滴も繋がれたまま、スタンドを押して歩き、
ベッドとトイレを往復する以外動けないまま。
5日目あたりでリハビリを開始しましょう、とスタッフの方がやって来ました。
リハビリと言っても、段の上り下り、廊下を歩く、ただそれだけ。
しかも点滴スタンドは離せないまま。
ちょっと動いただけでおしまいで、ベッドに戻ると
また酸素を吸入するチューブを鼻に装着。
そんな状態だったので、自分でも思っていた以上に、薬が残っているのだなと…
点滴が外せないのも、そのあたりが理由だったようです。
6日目に担当の先生が来るからと言われていたのだけど
やっと来たと思ったら
「明日、精神科の先生来るからね」と一言だけで
秒で去りやがった。
診察は?せえへんのかい?と思ったよ…
まあ…専門の先生来るなら…そっちの方が話が…通るのかなあ…?
と不安にもなったりしました。
で、翌日やってきたのは、私が15年お世話になっているKS病院の先生でした。
名前は知っていたけど、初めて見るお顔で、自己紹介してちょっと言い淀んだ感じで
「どうしてお薬いっぱい飲んだの?」と聞いてきました。
「…死にたかったから」
「なんで?」
「……」言いたくありませんでした。
初対面の先生ですから、そうぽろぽろと白状できるものでもありません。
ふむ、と手元の書類を確かめて「泉先生が主治医なんだね」と
KS病院の泉先生の名前を指でなぞりました。
(注・もちろん、このブログに登場する人々の名前は全て仮名です)
「そうか、死にたかったのね…」
それ以上は聞き出せないと思ったのか、先生はあっさりと引き上げて行きました。
実は数日後に、KS病院の泉先生の診察の予約がしてあって
先生に話す時が、旦那にODの理由を打ち明けることができるかと思ってました。
それまでは、怖くて言えませんでした。
そして、12月11日にKS病院に転院と決まりました。
退院どころか、いつ戻れるかわからない状態になったのです。
理由としては「希死念慮がまだある」と認められたからでした。
泉先生にはちゃんと話そう…でなきゃ何も解決しない、と思いつつ
それが怖くてたまりませんでした。
転院は車椅子に乗って移動することになりました。
大きな介護タクシー(ほぼバス)に乗ってKS病院に着くと、
旦那が駐車場にハグを連れて来てくれました。
「ハグー!」
思わず笑顔になる私でした。
ハグは真っ直ぐこちらへ走ってきて、
「おかーさーん!」と…思ったら
「おねーさーん!」と介護タクシーのお姉さんに向かってわふわふしました。
うん、そういう奴だよ、ハグは。
見慣れた病院の待合も、車椅子から見上げると景色が違っていました。
「おやおやおやー」と向こうから声をかけて来たのは、泉先生でした。
「どうしたんだい、その格好は」と言われ、黙るしかなかったので
答えないでいると、先生は車椅子の脇にしゃがんで
「大変だったみたいだね、診察室で話を聞こうか」
と、普段あまり使われない内科の診察室に私たちを誘導しました。
戸を閉めて席に着きながら、先生は
「ODしたってことしか聞いてないから、びっくりしたよー」と。
ちょっと緊張感のない喋り方をする先生です。
でも泉先生には、以前から少し話していた、私の『問題』がODの原因だと
わかったようで、穏やかに「ゲーム?課金したの?」と尋ねました。
黙ったまま頷く私。
「いくら?」
ためらったけど、両手でパーをふたつ出し、Vサインを出しました。
旦那が小さく「12万」と言いました。
「随分課金したね」
「…だから、もう死のうと思って」
「アナタの命12万円なのかい!?」
先生が驚きの声をあげました。
期待通りのリアクション。先生なら、まずい空気を飛ばしてくれると思ってました。
ただ、旦那の反応は怖かった。
「…今度課金したら、離婚だって言われていたから」
そうなのだ。
課金したら離婚、と何度か言われていたのに、課金してしまった。
過去にはもっと課金したこともあったけど、もうこんなにしないと思ってたのに
またムキになってしまって、12万なんてお金、持ってないのに…
泉先生は「愛してるんだね」と言って、その通りだったんだけど、
恥ずかしくなりました。
「これはもう入院だね。依存症病棟入る?去年もそんな話したよね?」
これ以降の話は、私ではなく先生と旦那の話し合いになり、
「希死念慮もあるようだし、アナタ自責の念が強すぎる」
と睨まれました。
そうして、3ヶ月の入院がその場で決まり、私は家に戻ることもできないまま
車椅子を押されて依存症病棟へ向かいました。
エレベーターを待つ間、私が肘掛けに置いている手を
旦那が指先でちょいちょい、と弄りました。
斜めに顔をあげると、旦那が(マスクをしててもわかるくらい)
とても優しい笑顔を向けていました。
許してくれるのかな。怒らないのかな。
泣きたくなりました。
そんな訳で、私の依存症病棟ライフが幕を開けたのです。
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