半分くらい書き進めた感想文が消えてしまって泣きながら書き直してます。『グラスホッパー』は1年前くらいからオススメされていて、やっと読めたということになります。読んで内容を全てを理解したというよりは、掴みきれてない所もあるような感じですが簡潔に感想をまとめていきたいと思います。

まず物語と直接は関係してませんが、元医者のホームレスと殺し屋 鯨の会話で『オーデュボンの祈り』の優午が出てきましたね。他の作品の登場人物がチラッと出てくるの遊び心があって好きです。

登場人物の名前も動物や植物を連想させるようなものであったり、押し屋 槿(あさがお)の妻(正確には劇団の一員なので妻ではないのですが)の名前がすみれ(菫)みたいな小ネタあって物語の内容以外でも楽しめました。花言葉とかも関係してるのでしょうか。

我ながら括弧()の使い方が下手くそです。

さて、ここから内容についての感想を書いていこうと思いますが、ぶっちゃけると9割型を読み終えた時点では「つまらなくはないけど特別面白いわけではない」が感想でした。そして残りの1割を読んでそれが覆されました。その場面というのが「回送列車はまだ通過している」の所です。というのも元医者のホームレスと殺し屋 鯨との会話で幻覚の話をしていて「信号は見始めの契機、列車は目覚めの合図」と記述されています。見返すと序盤の比与子と会話してるところで鈴木は「この信号いつまで点滅してるんだよ」とちゃんと書いてあります。そう思うと確かに鈴木の亡き妻に対する姿勢?が

「一方的に語りかける」→「声が聞こえた気がした」→「声を聞いた」→「僕を叱咤している」

と確かに徐々に強く幻覚を見ているよう書かれていて感嘆しました。なんか上から目線みたいな書き方ですが全然そういうつもりはないです。何にせよ、列車の幻覚を見ているということは幻覚からの目覚めを意味していているのでしょうか。めでたしです。

それとカミキリムシのシールがなくなった、というのも印象に残りました。鯨や蝉、岩西、土佐犬、柴犬などは死にましたし比与子は飛び込み自殺、寺原社長もスズメバチに毒殺されフロイラインは事実上消滅、住宅地を探しても槿一家(正確には押し屋と劇団)が住んでいた家は見つからず当然本人達もいない。つまり鈴木が過ごした数日間の存在を証明するものは何もなくなったということです。妻は生前、忘れられることを恐れていた、そんな妻を安心させるために考えたのが「指輪を見る度に君を思い出す」という約束でした。鈴木も時が経てば殺し屋達の事やフロイラインの事は忘れていくのでしょうが、亡き妻のことは忘れないというのがロマンチックですね。

押し屋 槿の殺しの理由を鈴木は「飛びバッタ化した人間を元に戻すため」だと考えています。押し屋が実際に手をかけたのは寺原長男のみですが、作中では割と多くの人が死んでいます。彼らは不正を働いた政治家や殺し屋、非合法的な仕事をする人間達で緑のバッタというよりは群集相のバッタです。鈴木も妻の復讐として寺原の長男を殺そうとした訳なので群集相側に分類されるでしょうが、最後には今までのことを一区切りつけて普通に仕事を始めるように書かれています。つまり鈴木は群集相→普通の緑と元に戻ったわけで槿の思惑が叶ったように感じました。まあ、これはこじつけかもしれませんが。