2002年6月3日
古井由吉「忿翁」を読み終えました。
芥川賞受賞作「杳子」を読んだものの、その後は関心もなかった
古井由吉を再び読み始めたのは「仮往生伝試文」からで、その後は
ずっと読み続けています。
相当な緊張感を維持していないと、現実と非現実の区別がつかな
くなってしまうような難解な小説ですが、その結果生み出される何か
頼りない、しかしなつかしさもある、不思議な世界に引き込まれ、 ま
た描かれる場面が私が散歩する世田谷の馬事公苑及びその周辺で
しばしばあることに気づき、さらに古井が高校の先輩であったことに
も気づいて、読み続けてきたのでした。
さて、「忿翁」の後半部において「本格の問診」という表現に出くわし、
普通は「本格的な問診」というところをこのように書いているのは、 古
井が「……的」という表現を意識して避けているのではないかという気
がして、「忿翁」全体を点検してみました。
「……的」という表現はただ1ヶ所、「性的」というのがあるだけでした。
「現実的」「全体的」「社会的」「抜本的」「理論的」などという言葉がち
ょっと新聞を見ただけでも頻発されている状態ですが、「……的」という
言葉は「的」を付けることにより「的」を付けない場合に比べて意味をあ
いまいにする効果がある言葉であり、その乱発は「的」をはずせない書
き手の精神のゆるみを表わすとも考えられ、言葉を使って世界を構築
する小説家がそのような表現を意識して避けるというのもありうることな
のではないでしょうか。