2005年1月10日

 直接読んでいないので恐縮なのですが、宇野千代は初めて化粧した
時の自分の美しさに驚き、自ら「世にも美しい娘の顔」と書き、当時結
婚しなかった理由について「私は、この、自分の、人の眼には別嬪と見
える顔が‥‥化粧の顔であることを、片時も忘れてはいなかった。いつ、
この誤魔化しが見破られるかと思うと、その怖ろしさに、そんな所へ嫁
に行く気など、夢にもないのであった。」と書いているそうです。

 この話によって、person(=人間)の語源はラテン語のpersona(ペ
ルソナ=仮面)であり、人間は何らかの仮面(=何らかの人間像)を選
びとって、それを自分としているのだという考え方を思い出しました。

 そして多くの場合、本人自身が自分とは自分が選びとった仮面である
ことについて無自覚であるか、忘れ去ってしまっているのに対し、宇野
千代は、化粧のことだけの話しにしつつ、その人間像全体が、実は本人
が演出したものであることを、その文章によってほのめかしているので
はないかという思いにもさせられたのでした。