待望の次女誕生音譜


次女tarutoが生まれたのはちょうど1年前

長女のanzuは早産でしたが、tarutoは予定日4日前の念願の正期産チョキ

とってもお天気の良い朝に、『キャー』っと元気な産声を上げて、2,700gで誕生しました。


けれど、tarutoの妊娠中もいろんな事があり、『よくもったな~』と感心してしまうほどでしたあせる

tarutoの時は早産になる1歩手前→切迫早産で、妊娠25週から35週まで2か月半の長い入院生活を経験しましたダウン入院生活は2か月半ずっと24時間の点滴とベッド上安静・・・あまりの入院生活の長さに、ホームシックになったり、胃潰瘍になって血を吐いたりもしましたガーン


そんな苦労!?のかいもあってか、35週で無事退院病院

『もういつ生まれてもいいよ~今日から急に動くし、ウチに帰る途中で破水するかもよ~』なんて先生から言われて、ウホウホ気分で家に帰りました音譜

・・・が1日たっても2日たっても、生まれず汗健診に行けば先生に『アレッ、まだ陣痛こない??おかしいねぇ。もう生まれそうだけどね・・・年内には生まれるよ!!』と言われ、

そろそろか~と期待していてもなかなか生まれず・・・結局年越しも自宅で過ごしました。

こうなったら『早く生まれてくれー』の思いですしょぼん


そしてついに!!陣痛がやってきたのは予定日4日前の夜中3時頃お月様なんとなく違和感を感じて目覚め、ダンナを起こして病院へ連絡携帯看護師さんたちも、長いこと入院していたのでみんな知り合いみたいになって『ついにきた!?よしっ、支度してゆっくりおいで』なんて言われて、のんびり支度していると、どんどん間隔が狭まり、自宅を出る頃には10分間隔にあせるバタバタと病院へ入り直接分娩台にDASH!4時36分、誕生しましたラブラブ・・・痛みを感じて目が覚めてから、なんと1時間半のスピード出産、そして超安産チョキラッキーでした。でも周りの人はみんな「車の中で生まれなくって良かったね・・・」と。同感ですあせる


そんなハプニングもありながら、tarutoは無事にこの世に生まれてきました。

anzu同様、tarutoももしかしたら流産や早産で生まれてこれなかったかもしれない命です。

私の子宮はあまり妊娠には向いてないのかもしれません・・・が、

こうして誕生した2人の子供たちに、妊娠&出産のすばらしさや大変さ、そして命の尊さを教えられ、本当に子供らには感謝感謝ですラブラブ!


と思いながらも、日々2人のチビの育児は戦争のようですが、

それが幸せというものなんでしょうね!!これからも育児頑張りま~すチョキ





2003年、anzu誕生音譜


我が家に長女(anzu)が誕生したのは、2003年11月のことでした。

予定日は2004年2月ガーンなんと3か月も早い、妊娠26週の早産でした。

体重はわずか892g、小さな小さな赤ちゃんの誕生に自分自身ビックリでした汗

保育器に入ったanzuを始めて見たとき、テレビでしか見たことのない未熟児ちゃんが

そこにいて、あまりの小ささに『この子は死んでしまうの??』と涙しました。

早産の理由は不明ながら、自分自身を責め、ただただ『ごめんね、ごめんね』と思うばかり。

小児科の先生から、『今夜がやまです。』と言われ、それはまるでテレビのドラマの世界のようでした。




  これが生まれてすぐのanzuです星

  

  ←この手は私。決して私の手が大きいのではありませんあせる






 

おサルのようなanzuも、幸い大きな問題もなく保育器でスクスクと成長し、

NICU(新生児集中治療室)の中でも1番のオチビだったanzuは、それはそれは先生や

看護師さんたちにかわいがってもらいながら、3か月のNICU生活を過ごし、退院してきました。


そんなanzuも、もう3歳ラブラブ今では未熟児だったことも忘れてしまうほど、すっかりと魔の3歳児になり、毎日が戦争のよう・・・生意気な女の子に成長していますグッド!



でも私たち夫婦は、命は尊いって事を、小さく小さく生まれたanzuから教わり、

きっとこの子はこう生まれるべくして生まれてきたんだと、そして神様は、anzuを含め私たち家族が、みんなで支えあい、いろんな困難を乗り越えられると思って、anzuをこの世に送り出したんだって、今ではそう思うのです。


これが私の初めての出産体験ですニコニコ

次は第2子誕生ビックリマークこれまたいろんなハプニングがありました。