私の頭の中はいつも消去法だ。


頭に浮かんでくるものについて掘り下げれば掘り下げるほど、本質が見えてくる。


そうすると、それが自分にとってどんなものなのか分かってくる。


そして、それを頭の中のどこに置くかを考える。



一般的なオフィスデスクに例えると、こうだ。


「大きな夢」や「家族への愛」や「大切な思い出」などは机の右側上段、鍵のついた引き出しに入れておく。


これは滅多に開けない。



次に、「ささやかな目標」や「恋愛」や「苦い経験」を真ん中の引き出しにしまってある。


思い出したとき、思い出したいときに開けている。



「その日に起こったこと」や「知ったこと」や「気付いたこと」は詳しく考えたいからひとまず目の前の薄い引き出しに入れておく。


これは暇があれば開けてみる。



そして、一番どっさり詰まっているのが右側下段の大きな引き出し。


ここには「憎悪」や「物欲」や「媚」や「嫉妬」や「嘘」や「見栄」やらの俗的な嫌らしいものが詰まってる。


私の消去法で必要ないとされたものだ。


頭の中にごみ箱はない。だから仕方なく引き出しにいれていた。



しかしあるとき気付いた。私が一番頻繁に開けているのは、この引き出しだ。



私はいつの間にか、毎日のようにその中身のことについて考えていた。


何故なら私は人間の中で暮らす人間だからだ。不思議なことではない。


人間には、この引き出しの中のものが溢れてる。自分もそうではないだろうか?



私は自分のそれを見逃さないために、戒めるために、毎日この引き出しを開け、


「くだらない自論」や「他愛もない出来事」と一緒に詰まったガラクタの山を眺めている。


必要ないと思っていたものは、机の端っこ、一番身近なところに常に在った。



それなら、これは消去法とは呼べない。


捨てたと思って忘れてしまえば、いつかまたうっかり手に取ってしまうかもしれない。


必要ないと決めたことを忘れないように、そこにしまって眺めておこう。


頭の中を “削る” というより、“研ぐ” というイメージでやっていこう。