一晩中 余震が続いていた。
長男と夜中に家に荷物を取りに行くかで
話し合うが
やっぱり 明るくなってから
ということで長男に諭され
朝を待つ。
朝、6時。
娘を体育館に残し
長男と2人徒歩で 自宅へ
町がとんでもない事になっている。
まだ 現実味が無い。
家に入った。
思った程じゃない。
ホッとする。
キャンプ用の寝袋。
防寒着、非常食になりそうな 物。
必死にバックに入れて
帰りは自転車で中学校体育館へ向かう。
途中 母が経営している店の様子を見に。
酷い状況。
必死に体育館に戻ると
みんな荷造りをしていた。
娘が体育館の隅っこで一人途方にくれていた。
どうしたの
と聞くと
分からないけど 原発がヤバいからバスで避難するからって
言ってる…と
しかし 役場職員に確認しても
情報が錯綜し
全く把握出来ていない状況。
自家用車は置いてバスで集団移動と言われ
待つが
五分後には バスは来ないからとにかく自分で逃げろと…
どこへ
とにかく西へと…。
決断。
ガソリン、後三分の一。
もう行くしか無かった
誰とも連絡が取れない今
子供達を守るのは私の決断。
ならば行くしか無い。
西へ西へ逃げた。
あちこち亀裂が入った道をひたすら逃げた。
母親に連絡試みるも全く不通。
取りあえず郡山目指し行く。
母親と連絡取れたら 東京へ向かおうと子供達と話す 。
常葉町にて給油確保。
ガソリンの缶も持ってきていたのでそれも満タンに してもらった。
おじさん。ありがとう
どうしたら良いか分からないまま船引へ
たまたま長男の同級生に会う。
田村市総合体育館に かなり知り合いが避難していると。
母親とも連絡取れない今
動けないと判断。
体育館へ荷物を下ろす。
近くの店に買い物へ
携帯充電器 ラジオ 電気ポット カップラーメン 電池
ケーズデンキの店員さん むちゃくちゃ親切だった。
何とか自分たちの場所を確保した。
そんな時 やっと東京の弟と連絡が 取れた。
母は妹と川俣に非難したとのこと。
夕方 やっと母からの電話が繋がる。
川俣から 福島市のいとこ宅へ向かい
明日、飯坂の叔父宅へ避難すると。
明るくなったら飯坂で合流しようと話す。
朝まで待てばまた大変な事になる。
動くなら今と
夕飯の配給が始まった
体育館を後にする
長男と夜中に家に荷物を取りに行くかで
話し合うが
やっぱり 明るくなってから
ということで長男に諭され
朝を待つ。
朝、6時。
娘を体育館に残し
長男と2人徒歩で 自宅へ
町がとんでもない事になっている。
まだ 現実味が無い。
家に入った。
思った程じゃない。
ホッとする。
キャンプ用の寝袋。
防寒着、非常食になりそうな 物。
必死にバックに入れて
帰りは自転車で中学校体育館へ向かう。
途中 母が経営している店の様子を見に。
酷い状況。
必死に体育館に戻ると
みんな荷造りをしていた。
娘が体育館の隅っこで一人途方にくれていた。
どうしたの
と聞くと
分からないけど 原発がヤバいからバスで避難するからって
言ってる…と
しかし 役場職員に確認しても
情報が錯綜し
全く把握出来ていない状況。
自家用車は置いてバスで集団移動と言われ
待つが
五分後には バスは来ないからとにかく自分で逃げろと…
どこへ
とにかく西へと…。
決断。
ガソリン、後三分の一。
もう行くしか無かった

誰とも連絡が取れない今
子供達を守るのは私の決断。
ならば行くしか無い。
西へ西へ逃げた。
あちこち亀裂が入った道をひたすら逃げた。
母親に連絡試みるも全く不通。
取りあえず郡山目指し行く。
母親と連絡取れたら 東京へ向かおうと子供達と話す 。
常葉町にて給油確保。
ガソリンの缶も持ってきていたのでそれも満タンに してもらった。
おじさん。ありがとう

どうしたら良いか分からないまま船引へ
たまたま長男の同級生に会う。
田村市総合体育館に かなり知り合いが避難していると。
母親とも連絡取れない今
動けないと判断。
体育館へ荷物を下ろす。
近くの店に買い物へ
携帯充電器 ラジオ 電気ポット カップラーメン 電池
ケーズデンキの店員さん むちゃくちゃ親切だった。
何とか自分たちの場所を確保した。
そんな時 やっと東京の弟と連絡が 取れた。
母は妹と川俣に非難したとのこと。
夕方 やっと母からの電話が繋がる。
川俣から 福島市のいとこ宅へ向かい
明日、飯坂の叔父宅へ避難すると。
明るくなったら飯坂で合流しようと話す。
朝まで待てばまた大変な事になる。
動くなら今と
夕飯の配給が始まった
体育館を後にする
と計画していた。

