11月に入り、5年ぶりに運転免許の更新をしてきました。
自宅から車で30分ほどの運転免許試験場。
私が生まれ育った街の近くでもあります。
今住んでいる場所に比べて、高層階のマンションや団地、緑の木々、そして急勾配な坂が多い地域。
懐かしさを感じる場所なのに、なぜかそこに近づくにつれて気持ちがザワザワしてきました。
しばらして、その理由に気がつきました。
ああ、5年前にここに来た時は妊娠中やったな。
あの時はまさか流産するとは思ってなかったんだ。
運転免許試験場の無機質な建物も、更新が終わってから立ち寄ったお店も、何もかも5年前と変わっていませんでした。
まるで5年前から時が止まっているように感じました。
何とも説明しにくいのですが、不思議な感覚でした。
ふと、あの子が私の中にいた証がなにも残っていないことに気が付きました。
母子手帳やエコー写真は全て処分してしまった。
生まれてこられないことが確定した時に、手元に置いておくのが辛くなったからです。
水子供養みたいなこともしていない。
何をしたらいいかも分からないし、人の形をしていたかどうかも分からない(と他人には思われるであろう)子に何で供養が必要?と、思われるのがこわかった。
流産を知る数少ない人達も、多分すっかり忘れている。
前回も今回の更新も旦那と一緒に行ったのに、旦那は全然普通のテンションだった。
きっとこの人も忘れているな、と思いました。
そりゃ5年も前やもんな。
いい加減、こんなこと口にしたら、しつこいと思われるよなと思う。
だから絶対口には出さない。
自分の中だけ。
たまに思い出して心の中で手を合わせるだけにしよう。
11月は私にとって苦しい時期です。
流産の記憶と、その時に起きた出来事が鮮明に蘇ってくるのです。
実は11月が苦しい理由はもうひとつあります。
息子が生まれたのも11月。
初めての出産が難産で、しかも思い描いていたような自然なお産ではなかった。
正産期の出産だし健康上大きな問題はなかったけど、生まれてすぐ小さなトラブルや心配事が続いた息子。
私は罪悪感や焦りを感じ、余裕のない子育てのスタートを切りました。
入院中は泣いてばかりで、不安定なお母さんだと思われてただろうと思います。
退院してすぐ助産師さんから連絡をもらったり、母乳外来で相談に乗ってもらったり。
あの時支えてくれた人たちがいなかったら、産後うつになっていただろうなぁと思います。
初めての育児で不安だらけだった記憶と、流産の辛い記憶。
この二つが同時に押し寄せてくる。
11月は何年経ってもしんどいです。
秋から冬の空気に変わり始めるこの時期は、色々考えさせられます。