
リヤカーの屋台です。なにしろ人に使われるのが嫌で、何でもいいから独立しようという気持ちが強かったのです。やきそば、煮込みおでんの小さな屋台だったので、北風にあおられ2度程倒されました。もちろん中身は全部投げ飛ばされました。涙・・・・
おまけに、火力は練炭でやっていたので、温まるより北風の方が強くて料理に成りませんでした。
(その頃のお客様ごめんなさい。)
やはり屋台は厳しいと
次に始めたのが
車での移動販売です。冬は、ホットドック、やきいも、焼きそば、みそおでん(蒟蒻の田楽)、夏は、ホットドック、煮込みおでん、やきそば、かき氷等です。それがたんぽぽ2号!たんぽぽ1号はちなみに屋台です。たんぽぽの名前の由来は、たんぽぽみたいに、あっちこっちにお店が沢山増えるようにと、決めました。たんぽぽ2号は2件目と言う事と、仮面ライダー2号が流行っていたので決めました。
焼き芋は結構儲かりました。
あの当時、30何年前で100g40円で販売していました。いつものコースに行くと、常連さんがいるので、おまけまで付けてしまうので、100gに換算すると、もっと安く売っていたのです。
よく冬になると、秋田や岩手の人が出稼ぎで、リヤカーの焼きいも屋をやってましたが、100g70円で売っていたようです。
おもしろいのは、町場より農家のほうが売れるのです、「家でも作ってるんだけどね~」と言いながら沢山買ってくれました。家族が多いからです。
リヤカーの後、車で行っても、まったく売れません。リヤカーはゆっくり進むので、お客さんを全部拾って行ってしまうからです。
自分での焼きいもの最高売上げは5万弱だったと思います。
残念ながら屋台の写真はありませんが、たんぽぽ2号の写真がありましたので、載せておきます。